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悪女の本懐

レベッカは先日の外出について、その意味を考えていた。

城下町に連れ出されてやたら高級なドレスをあてがわれた。

後で改めて礼を言ったところ、シャルルは「既製品の普段着なのでたいそうなものではないが、喜んでもらえてよかった」と言っていた。が、レベッカの脳裏には盛大に『?』マークが浮かんでいた。ここ公爵家にいたっては『普段着』の基準がおかしい。

これでオーダーメイドの晴れ着を作るとしたなら、目の玉が飛び出るようなことになるのは容易く想像ができる。レベッカは遠い目になって考えた。


それもこれも、おそらくシャルルのあの「礼をしたい」という言葉が全てなのだ。


(私の方がお礼をしなければならないくらいなのに……)


レベッカのいっそ悲惨とも言える実家の境遇に引導を渡してくれたのは、他でもないシャルルだ。

これから平民となる身であれ、一時的にでも公爵夫人として扱い、礼を尽くしてくれている。


ちまたではさんざん嗜虐的ドエスな公爵と陰口を叩かれているが、実際のシャルルはそうではない。礼儀正しく使用人思いの、情の深い人だ。



何事もなく日常が始まったその日、レベッカは公爵家の老執事に声をかけた。


「あの……クレマンさん」

「レベッカ様。いかがされましたかな」

「少し相談があるのですが……シャルル様の愛人の方にご挨拶など必要でしょうか」


平素、感情を顔に出さないことを良しとしているクレマンだが、今回ばかりは絶句した。


レベッカが不思議そうな表情になる。

「あの……?」


クレマンは咳払いをした。

「失礼ですが、再度伺ってよろしいでしょうか? いま何と?」

「シャルル様の愛人です」

「……おそれながら、それは我が主人シャルル様には縁のない言葉でございます」

「えっ? でも、裏庭に愛人のためのお部屋が」

「レベッカ様。このクレマン、これまで半世紀以上働いて参りましたが、あの小部屋にシャルル様が他人を入れたことはございません」


レベッカは首を傾げた。

「ということは、愛人は……」

「存在しない、と思いますが」


(ではあのお部屋は、シャルル様のもの)


ふわふわしたクッションも、フルーツの絵も、きらびやかなスイーツも、どこかの婦人向けのものではなく、シャルルが自ら楽しむためのものだった。

どうやら自分が鞭打たれるような危険性は無さそうだ。

レベッカはほっとした。


クレマンは、紫がかったグレーの瞳をさみしげに瞬かせた。

「ご両親が隠居なされて、公爵という肩書きと、若くして判事という重責を担うシャルル様は心も身体にもご負担をかけておられました。実を言うと……あの部屋はもともと屋敷の裏庭にある物置きでした。私や何人かの使用人が改装したのです。人一倍、美しい物を愛でられることのお好きなシャルル様が、一人になってゆっくりと庭の花々を見ることができるようにと、メイドたちと椅子を置いたのです。その後、色々と部屋の物が増え、いつしかあのお部屋はシャルル様の数少ない癒やしの小部屋となりました」


(なるほど。公爵様が夜な夜な小部屋にこもって娘をいたぶっているという噂はこれが原因なのね)


レベッカは得心した。

そして、人を裁くという職業や、その人並み外れた美貌が災いして、不名誉な噂を立てられているシャルル自身に、今まで持ち得なかった情が生まれていた。


部屋に戻ったレベッカは、夜着の支度をしていたメイドのローラに話しかけた。

「ローラ。シャルル様はどのような物がお好きかしら」

「シャルル様……でございますか。そうですね、庭園のロゼッタの香りはお気に入りでいらっしゃると伺っております。ただ、香水はあまりお好きではないようです」

ちょうどシトロン水を運んできたメイド長のクロエがぷりぷりしながら言った。

「そりゃあ、あれだけ香水臭いご婦人方に囲まれて育ったら嫌いにもなりますよ! 幼い頃のシャルル様はまあお可愛らしくて、天使のようでいらしたから、ご婦人やご令嬢の猛攻撃が大変でございましたから。中には犯罪まがいのことを仕掛けてくる輩もいて、貴族といえども酷い物でしたよ」


レベッカは幼いシャルルの苦難を思った。

今でこそ冷血公爵とそしられるシャルルも、これまでに大変な思いをしてきたのだろう。

そう思えば、猛禽類のように思えた鷹のような男が、小さなひな鳥のようにデフォルメされて脳裏によぎる。


(やはり、礼には礼を尽くすべきだわ)


レベッカは考えながら目を閉じた。


(シャルル様のために)


できることが何か、あるかもしれない。

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