似たもの同士の主人たち
その後、ヴァレリアン公爵家執事ジャンは用事の終わった主人を王城から回収し、無事に館に帰還した。
夕食も済むと使用人たちは集まってその日一日のことを報告し合う。
半分仕事だが、お茶や好きな嗜好品を小さな談話室に持ち寄って話し合うので、半分休憩のようなものだ。
「ねぇ、今日はなんでまた街になんか?」
珈琲を飲みながら不思議そうに切り出したのは、レベッカ付きのメイドのエレーヌだ。
庭園で使用人よりも小汚い格好で土いじりをする若き公爵夫人を摘発し、こんこんとお説教をくらわせるのを自分の使命だと思っている。年齢こそレベッカよりも少し下だが、メイクやドレスアップの腕は確かで、しっかり者だ。
「私は腕が鳴ったからよかったけど。何しろレベッカ様、お召し物やお化粧に本ッ当に執着がないのよ。口紅にもドレスにも興味がない貴族令嬢なんて存在しないと思うわよね? そりゃあ私だってどれもすてきなデザインだと自信があるから勧めているけど、どれでもいいなんて言われたら戸惑うわよ」
隣でクリームのはさまった丸い焼き菓子を食んでいたメイドのローラが、リボンで縛っていたふんわりした髪を少し緩めて、おっとりと言った。
「でもその後、『エレーヌが選んだものならどれも間違いはありませんから』と付け足していらっしゃいましたね」
ローラは屋敷の中の全ての場所の清掃や日用品の発注などの細々したことを取り仕切っている。
レベッカが来てからは、エレーヌと一緒にレベッカの支度をすることも多くなった。
「そうね……あれはずるいなと思ったわ」
「そうなんだよ」
ジャンは同意した。
「あの奥様は人心掌握術でも学んでいたのだろうか?」
「いや、そんなわけないでしょ」
と、エレーヌ。
「これまでの生活を聞いていたら、人心どころか人と会話することすら少なかったご様子よ。この間だって、サラッと『お洋服をいつも清潔にして頂いて、ありがたいのですが……昼間、私がやることがなくなってしまいます。お洗濯は自分でできますし』って……そこでまた公爵夫人とは何なのかについてお説教よ。令嬢は自ら洗濯などいたしません! と言って枕カバーから下着から何から全部ピカピカにしたわよ。私だってこんな話をしなきゃいけないとは思ってなかったわ。まったくあの伯爵家はどうなってるのかしら?」
エレーヌは吐き捨てるように言った。
こう見えて涙もろく情に厚いエレーヌは、伯爵家に対しての憤りをあらわにしていた。
ローラと対照的に、エレーヌはズバズバと言葉を発する。
髪も生まれつきまっすぐのストレートだが、これも彼女の性格と同じだ。
若いのに内面が妙に老成しているローラは、ゆったりした話し方を崩さずに微笑んで言った。
「そうですね。伯爵家には聖女候補の妹がいて、天使のように愛らしいという噂ですよ。レベッカ様のお母上はその妹を『聖女らしく仕上げる』のに苦心惨憺してらっしゃるご様子。伯爵は……どうでしょうか、淑女の噂話にも出てこないくらいなのだから、家のことなんてこれっぽちも興味がないのかもしれないですけどね。だけれど、領地の経営は傾いているようですわ」
今日の天気について話すような穏やかな口ぶりなのに、言っている内容はやけに生々しい。
「ローラ、あなた、いつも思うのだけれどどこでそんなことを仕入れてくるの?」
エレーヌは首を傾げた。
俗世から隔絶しているような雰囲気のローラは何故か情報に通じている。
「知り合いが多いんですの」
と、ローラはにこりと微笑む。
「今日の訪問はシャルル様のご意向だ」
と、ジャンが言う。
「レベッカ様に何か感謝を表明したかったのだろう」
「だからってどうして馬車まで出して街に?」
と、エレーヌ。
「いつものお買い物なら馴染みの業者を屋敷に呼ぶじゃない」
ジャンが言う前に、ローラが口を開いた。
「推測してよろしいですか?」
「出たわ、ローラの推測」
エレーヌの突っ込みも意に介さず、ローラはほわほわと口を動かす。
「それはおそらく、一つはシャルル様がレベッカ様を外出させて差し上げたいと思われたから。そして、もう一つは貴方の差し金ですね、ジャン。レベッカ様がヴァレリアン公爵に嫁ぐという話は社交界でも噂になっています」
ローラはここまで言うともう一口焼き菓子を食べた。
そして続ける。
あくまでもマイペースなメイドなのだ。
「下品な悪女というレベッカ様の貼り付けられたレッテルをはがすために、ジャン、貴方は今日の店を選んだ。あの店は一流で、貴族の客も多い。わざわざたった一着だけドレスを買ってきたのは、レベッカ様が『美麗な淑女』であるという噂を社交界に流すためですね」
ジャンはため息をついて認めた。
「その通りだ。でも、苦労したよ。シャルル様は純粋にレベッカ様を外出させたがっていた。が、あの顔で恋愛経験値ゼロの方だからな……頭に貴族の女性といえば買い物という方程式ができていたのだろう」
「そうですね」
「他の令嬢ならさておき、あのレベッカ様は今のところ服も宝石もご興味がないわよ。私がお止めしても、かたくなに穴のあいた麦わら帽子をご愛用されてるのよ?」
ジャンは、異性への経験値が限りなくゼロに近い、美貌の主人を想って言った。
「御母上と暮らしていた頃くらいじゃないか。シャルル様の女性との外出のイメージは限られているからなあ」
「まずいわね……デートっていう発想にいきつく気配がないわ」
「というかジャン。貴方、外堀を埋めていくつもりですよね~? 馬車にわざわざ乗せたのも、城下の店までわざわざ出向いたのも、貴族御用達のレストランでモーニングを手配したのも、全部レベッカ様がこのまま公爵夫人におさまるように」
「それは邪推しすぎだよ、ローラ。俺はただ、『外出の手配をしろ』と主人に言われたから手配したまでで」
「ちょっと、ほんとのところを言いなさいよ」
エレーヌが言った。
「あんた、レベッカ様をどう思ってるのよ」
「どうも何も、臨時のなりゆきの婚約者ってだけだけど……」
ごまかそうとしたジャンは真剣なエレーヌの真っ直ぐな瞳を見て、諦めて本音を言った。
「分かったよ。いや、正直、このまま本当に……シャルル様の奥様になったらとは、想像はしたさ。初めてなんだよなぁ、シャルル様が貴族の令嬢に対して何か自分から動かれたのは」
「そうね。どっちかっていうと逃げ回っていたものね、今まで」
シャルルとの婚約の希望申出について『有り難いがつつしんでお断りさせて頂く』旨の連絡状を、テンプレートを覚えてしまうほど無数に書いてきた使用人たちは頷きあった。
「まあ、なるようになるんじゃないでしょうか」
と、ローラがしめくくった。
そろそろ、レベッカの風呂の世話を終えたクロエが戻ってくる時間だ。
若手の使用人たちは、めいめい口元についたお菓子のくずを拭って立ち上がった。