お出かけ
「起きてくださいませ、レベッカ様」
翌朝、メイドの声で起きたレベッカは、わけもわからず他所行きのワンピースに着替えさせられた。
モスグリーンのシンプルなドレスだが、生地の上質さや仕立ての良さが着た瞬間に分かる。
こんな高級品を着て日常生活を送るのはひやひやするが、なぜかと問う暇もなく、エレーヌはレベッカの頬にクリームを塗り、おしろいを筆でパタパタしだした。
「エレーヌ、今日は何かありましたか?」
こんな朝日が昇って間もない時間帯からいったい何があっただろう。
昨日は特に何も聞かされていなかったけれど、とレベッカは首をひねる。
「何かも何も、待ちに待ったお出かけでございますよ!」
エレーヌは鼻の穴をふくらませて、鬼気迫る勢いでレベッカの身支度を調えた。
結局、朝は水を飲んだだけの体で、レベッカは玄関ホールへ向かった。
もしやこんな姿で平民街に放り出されるのだろうか?
(そうなったらそのときのことね)
腹を括って、玄関へ出ると、外套を着たシャルルがソファに腰掛けて待っていた。ぴかぴか光る革靴と金色の鳥の飾りがついた木製のステッキがひときわ優雅だ。周りに金箔が舞っている幻覚が見える。
「お……はようございます」
驚いて不自然な挨拶になってしまったが、シャルルは平然として言った。
「おはよう。出発しよう」
黒塗の馬車が荘厳な車体を朝日にきらめかせて待っていた。
ジャンが御者の出で立ちで座っている。
馬車は動き出し、レベッカとシャルルは無言で座った。
昨日の無礼について謝ったほうがいいのだろうか。
でも、あえて触れて欲しくないのかもしれない。
おそらくあれは彼の秘密の隠れ家だったのだろう。
色とりどりの生花。
美しい絵。
流行のスイーツ。
あれら全てを公爵が用意させたというのならば。
あの花や絵や菓子を好む誰かがいる、ということだ。
その瞬間、レベッカはピンとひらめいた。
(愛人だわ)
公爵は気まずそうに口を開いた。
「あー……レベッカ嬢。昨日は」
「いいえ。いいえ、シャルル様」
もう何もおっしゃらないで。
とばかりに、思わずレベッカはシャルルに顔を寄せて、囁いた。
「私たちは所詮書類上の婚約です。
とはいえ、本当に申し訳ありませんでした。私が来てしまったばかりに。私のことは気にせずお過ごし下さい」
自分が来てしまったせいで、シャルルは恋人のために準備した部屋でこっそりと逢い引きをするはめになってしまったのだろう。
シャルルは一瞬、ぎこちなく硬直した。
レベッカは安心させるように微笑んだ。
「大丈夫ですわ。私、誰にも言ったりいたしません」
「……ああ」
シャルルはぷいと窓の外を向いてしまった。耳の端が僅かに赤い。何となく微笑ましい物を見たような気がして、レベッカは心があたたかくなった。
馬車は王都に着いた。