人生の全てを糧にして、ピッカピカに輝いたシンデレラ
ドアマットヒロインをどうしても書きかったのですが、気がついたらギャグを書いていました。
6300文字ほどありますがお付き合いくださると嬉しいです。
昔々、あるところにシンデレラという娘がいました。
彼女は優しいお母さんと、仕事で家を空けがちではありましたがまあまあ優しいお父さんと幸せに暮らしていました。
ところがお母さんは重い病にかかり死んでしまいました。シンデレラは泣いて泣いて、身体中の水分が全て涙になって死んでしまうのではないかというほど泣き暮らしました。
シンデレラの心配をしたお父さんは、斜め上の解決方法を思いつき、しかも娘に相談しないでそれを実行しました! 新しいお母さんを用意すればいいと考え、勝手に再婚してしまったのです!! おお神よ! ポンコツ親父を救いたまえ!
さらに悪いことに、この新しいお母さんと、彼女の連れ子であるふたりの義理の姉はとても意地の悪いひとたちでした。彼女らはお父さんが殆ど家に帰ってこないのをいいことに、使用人を辞めさせてその代わりにシンデレラをこき使い、虐めたのです。
「シンデレラ! 何よこの料理、不味いじゃない!」
そう言って上の姉がシンデレラにお皿ごと料理を投げつけます。
「シンデレラ! さっさと床を磨きなさい!」
食事が終わると下の姉はバケツに入れた水をシンデレラにバシャリと浴びせました。
「シンデレラ! なんだいその反抗的な目は!」
義母は持っていた扇子でシンデレラの顔を打ちました。
しかも、今までシンデレラのものだった日当たりのよい綺麗な部屋も取り上げられ、ほこり臭い屋根裏部屋で過ごすことになったのです。
「うううっ、お母さん……どうして死んじゃったの……?」
水に濡れ、腫れた頬に涙を流す可哀相なシンデレラ。彼女を慰めるのは屋根裏のネズミたちだけでした。
「ありがとう。優しいのね」
彼女は自分で料理をしていたのでご飯だけは困る事がありませんでした。ネズミたちにも食事を分け与え、彼らと心を通わせる事だけが彼女の生きがいでした。
そんなある夜。シンデレラは夢を見ました。
「ちゅーちゅー」
「あっ、ネズミさん!」
「シンデレラ、元気を出すちゅー」
「そうだちゅー、元気を出せば何でも出来るっちゅー」
「でも元気なんて……あの意地悪なお母様たちが居るんじゃ無理だわ」
毎日の辛い仕打ちに夢の中でも涙をこぼすシンデレラ。しかしネズミたちは説得を続けます。
「シンデレラ、人生に無駄なことなんてひとつも無いちゅー」
「辛い経験も、きっとシンデレラの糧になるちゅー」
「そうなの?」
「屋根裏に置いてあった自己啓発本をかじったから間違いないちゅー」
「かじったの意味が違う気もするけれど……でもそうよね! くよくよするより糧にしたほうが前向きだわ! ありがとうネズミさん! 私、元気を出して頑張るわ!」
「応援するちゅー」
コケコッコ~! と夜明けを告げる鶏の声でシンデレラは目覚めました。
「よし! 人生に無駄なことなんてひとつも無い! 辛い経験もきっと糧になる! ね」
彼女は早速元気いっぱいに朝食の支度を始めます。今まではどんなに頑張って作っても怒られるだけだと暗い気持ちで作っていましたが、どうせなら目一杯美味しい食事を作れるようになろうと前向きにスープを煮込みます。すると。
「あら、今日のスープは悪くないわ」
珍しく機嫌のよかった上の姉に褒められ、シンデレラの心に希望の光がともりました。
(ああ、人生に無駄なことはないって本当だったのね!!)
「いやだ、何をニヤニヤしてるのよ! さっさと掃除をなさい!」
上の姉はすぐ意地悪な顔に戻り、シンデレラに床を雑巾で磨くよう言いつけます。彼女はため息をつきそうになりましたが、これも糧になると思い直し一所懸命に雑巾がけをしました。
(あ、これは真面目にやると太ももとふくらはぎの筋肉に結構クるわね。足が鍛えられて綺麗になるかも!)
やがて床はピカピカになり、シンデレラの足には心地よい疲労感が残りました。
「うーん! お部屋も身体も気持ちいいわ! どうせなら家じゅう綺麗にしちゃおう!」
彼女はすっかり前向きに掃除に取り組み、大きな窓ガラスを何枚も拭きました。
「はあ~これは腕、肩、背中まで鍛えられるわね~!」
掃除が終わりそうな頃、下の姉が水の入ったバケツを持ち上げます。
「あーら、手が滑ったわ!」
またもバシャリを水をかけられたシンデレラ。しかし彼女はにっこりと笑顔になりました。
「ああ、丁度全身汗まみれだったの! いいクールダウンね」
「なっ……き、気持ち悪い子!」
シンデレラの余裕に下の姉は戸惑い、それ以上の意地悪をせずに逃げていきます。
(うふふ。ネズミさんの言うとおりにしたら、どんどん物事が上手く運んでいくわ!)
シンデレラはお風呂に入って身を清め、たんぱく質多めの晩御飯を作って食べると、疲労感も手伝ってぐっすり眠りました。するとどうでしょう。
「これが……私?」
翌日のシンデレラの身体は嘘のように軽くなっていました。いくら働いても次から次へとエネルギーが溢れてくるかのようです。元々の若さに加え、適度な運動と食事、そしてストレスからの解放と快眠が功を奏しまくったのでしょう。
こうなると益々シンデレラは元気を出しまくります。
「そうだ! 屋根裏部屋も綺麗にしちゃおう!」
シンデレラは居住スペースの屋根裏の窓を開け、新鮮な空気と明るい陽の光を取り込んで掃除をします。部屋はピカピカの清潔になり、ついでにネズミさんもお風呂に入れて綺麗にしてあげました。これでまたひとつ、彼女を取り巻く環境は健康的になった訳です。
それからもシンデレラはすくすくと健康的に育ちました。義母と姉たちの意地悪は続きましたが仕事を押し付けられても全てを肉体の糧として鍛え、精神的な嫌がらせは笑ってスルーしました。屋根裏部屋にあった自己啓発本を読むと「筋肉を鍛えると体内のテストステロンが増え、精神が安定する」と書いてあったのも彼女の心を楽にしたのです。
「シンデレラ! あんたは生意気なんだよ!」
義母が手に持った扇子でシンデレラを叩きます。しかし以前のように頬を張る事は出来ません。シンデレラはすくすくと成長し、かなり義母よりも背が高くなっていた為に頬まで届かなくなっていたからです。仕方なく彼女の豊かな大胸筋を殴り付けます。
しかしパシッと乾いた音を立て、扇子は折れてしまいました。
「なっ、ななな」
青ざめる義母。しかしシンデレラは気にする風もなく、のんびりとこう言います。
「うーん、もうこれくらいのダメージじゃ、筋肉を傷つけて超回復するのも見込めないわねぇ」
鍛えまくった彼女は、今や無敵の鋼の肉体を持つようになっていたのです。今のシンデレラならその気になれば義母も姉たちもひと捻りだったでしょうが、彼女の意識はあくまでも人生の全てを糧にして自分を鍛える方に一直線だったので復讐など頭にありませんでしたし、意地悪な義母たちは頭が残念だったので相変わらずシンデレラに仕事を押し付けたままでした。
そんなある日。お城から舞踏会の招待状が届きました。
王子さまが結婚相手を見つける為に国中の娘全員に招待状を出したのです。姉たちは大喜びして我こそは王子さまのお眼鏡に叶おうと着飾り、念入りに化粧をしています。そこへ声をかけるシンデレラ。
「あの……私も舞踏会に行きたいのだけれど」
「えっ、バカ言わないでシンデレラ」
「そうよ、あんたには無理よ!」
「なぜ? 私にも招待状は来ているんでしょう?」
姉たちはシンデレラに招待状を渡してこう言いました。
「あんたの身体に入るドレスがないのよ!」
健康的に鍛えまくった結果、縦にも横にも伸びてマッチョになってしまったシンデレラの身体では、姉たちのドレスを借りることは出来ません。義母と二人の姉はシンデレラを置いてさっさと舞踏会へ行ってしまいました。
今まで元気に、人生に無駄なことはひとつもないと信じて前向きに生きてきたシンデレラも、流石にこれは心にダメージを負いました。
「ううっ……」
「ちゅー、ちゅー?」
久しぶりに泣き崩れた彼女をネズミたちが慰めていると、ふわりと不思議な煙や光とともに魔法使いの老女が現れました。
「おやおや、どうしたのかい?」
「ちゅー!?」
「ちゅー、ちゅー!」
ネズミたちは大好きなシンデレラがどんなに可哀想かと説明しました。ネズミの言葉がわかる老女はフムフムと話を聞いて、大変同情しました。
「そりゃあ気の毒に。よし。アタシが助けてあげましょう」
彼女が杖をひとふりすると、あら不思議。マッチョな身体にぴったりフィットするドレスとガラスの靴が現れました。
「そうそう。お城までは遠いから馬車も必要だねえ。そのネズミたちを馬に変えてあげよう」
「それはやめてください。ネズミさんが可哀想だわ。私は走っていきます」
「え、走っ……?」
「丁度いいウォーミングアップになります」
「そ、そうかい。じゃあお付きの者ということにしよう」
老女は杖をふり、ネズミをお付きの姿に変えました。言葉も喋れます。
「この魔法は深夜0時には解けてしまうから、それまでには帰ってくるんだよ」
「まさか! 夜の10時以降は成長ホルモンが分泌される睡眠のゴールデンタイムですから、そんな夜更かしをするわけないわ!」
「そ、そうなの? 詳しいんだねえ」
「屋根裏部屋にあった本のお陰です。魔法使いのおばあさん、ありがとう」
シンデレラはお礼を言うとお城に向かって一目散に走り始めました。ネズミたちも慌てて追いかけます。暫く行くと。
バッキイィィィーン!!
なんとガラスの靴が衝撃に耐えられず割れてしまいました。
「まあ、どうしましょう。おばあさんに謝らなくっちゃ」
「大丈夫よシンデレラ。0時になったら魔法が解けるって言ってたから、これも無くなるわ」
お付きのネズミの言葉にシンデレラは納得しかけますが、割れたガラスを拾い上げます。
「そうかもしれないわね。でもガラスを放置すると危ないからこれは持っていきましょう」
割れた靴をポケットに入れ、再び走り始めたシンデレラ。勿論裸足です。
風を切り裂いて走る姿はまるで猛獣のような迫力がありましたが彼女の顔は希望と汗に輝いていました。
一方そのころ。
お城では舞踏会が既に始まっていました。主役である王子さまは沢山の女性を眺めつつも浮かない顔をしています。
「王子さま、国中の女性を集めました。一人くらい気に入るお嬢さんが居るでしょう?」
大臣の言葉に、王子さまはため息をつきながら答えます。
「いや、どの娘もなぁ……ガリガリの子や、逆に太ってる子ばっかりだろう」
「では、あの娘はどうでしょう」
「顔つきが意地悪だ。あとゴテゴテ着飾ってセンス悪い」
「ではあちらは」
「おしろいを塗りたくって真っ白じゃないか。オバケみたいだ」
そこへ会場の扉が勢いよく開けられます。
「たのもう!!」
「!!」
ハイペースで長距離を走った為にテンションが上がりすぎていたシンデレラは、うっかり道場破りの様なノリで会場に飛び込んでしまいましたが、逆にその元気いっぱいな姿が王子さまの目に留まりました。
魔法使いに用意して貰ったセンスの良いドレスが包むのは、全身運動によりはち切れそうなほどパンプアップした肉体。そこに飛び散る汗が会場のシャンデリアの光を反射し、ピッカピカに輝いています。
「なんと健康的で美しい……!」
「え、王子さま、まさか」
おろおろする大臣を置いて、王子さまはシンデレラへまっすぐに歩み寄りました。
「お嬢さん、僕と踊っていただけますか」
「まあ! 喜んで」
シンデレラはダンスの経験はありませんでしたが、屋根裏部屋にダンス指南の本もあったので簡単なステップはマスターしていました。自慢の肉体はキビキビと動きます。
「キャー! お国イチの大胸筋!」
「キレてるキレてる!」
「背中に虎を飼ってるのかい!?」
お付きのネズミたちが声援を送る中、王子さまは蕩ける様な熱い視線でシンデレラを見つめました。
「こんなに力強いダンスは初めてだよ……君の名前を教えてほしい」
「はい……私は」
ボーン! ボーン! ボーン!
会場の大時計が時を告げ、シンデレラはハッとしました。
「いけない! 私、もう帰らなきゃ」
「え、まだ9時だけど」
「ゴールデンタイムに間に合わなくなっちゃう!! 筋肉を育てる為には大事なの!」
そう言うと急いで帰ろうとするシンデレラ。赤い絨毯を敷いた大階段を慌てて降りた拍子に、ポケットから割れたガラスの靴が転がり落ちます。
「待って!」
「さようなら!!」
シンデレラはまたも風を切り、矢のような速さで走っていきました。
その甲斐あって家には無事に10時より前に辿り着き、シンデレラはお風呂に入ってぐっすり寝る事が出来ました。
暫くたったある日。お城からおふれがでました。
『先日の舞踏会で王子と踊った女性を探している。国中の全ての女性の元に使者をつかわすので、用意した靴に足を入れてみよ。ぴったりあった女性こそ王子の結婚相手になるだろう』
おふれを知った義母と二人の姉は大騒ぎ。頭が残念なので、舞踏会に現れた謎の女性がシンデレラだとは気づいていません。そして無理やりにでも靴に足を嵌めれば自分が結婚相手になれる! と考えたのです。
しかし。
「こ、こんなの無理じゃない!」
「これはサギだわ!」
お城からの使者が持ってきた靴を見るなり、二人の姉たちは悔しがりつつも諦めました。
王子さまは割れたガラスから靴の形を復元させ、同じ大きさのガラスの靴を作らせたのですがそれは姉たちの足よりもかなりサイズが大きかったのです。
「あ、あの……私も試してみていいでしょうか」
後ろからぬっと現れたシンデレラに姉たちは一瞬彼女なら、と思いましたが慌てて「あんたには合わないわよ!」と言います。
というのも。あの日長距離を往復で走るトレーニングを行い、睡眠のゴールデンタイムにはしっかり休養を取れたシンデレラは更に成長して体が大きくなっていたのです。
「いえいえ、是非履いてみてください」
みすぼらしい服を着てはいるものの立派な肉体を持つ彼女を見たお城の使者は靴を履くよう勧めました。彼女がガラスの靴に足を入れると……。
バッリィィィーン!
ガラスの靴は耐えられずに真っ二つに割れてしまいました。呆然とするシンデレラ。大騒ぎする義母と姉たち。
「ぎゃあ!! 割れちゃった!」
「シンデレラ! あんたなんて事を……」
「ど、どうしましょう、王子さまがお怒りになるんじゃ……」
青い顔で涙をポロポロとこぼし、謝罪するシンデレラ。
「ごめんなさい……大事な靴を割ってしまうなんて。流石にこれを戻す方法は屋根裏部屋の本にも書いていないわ」
お城の使者たちはにっこりと笑顔になりました。
「いえ、大丈夫です。顔を上げてくださいお嬢さん」
「……というか、こんな事をできるのは一人しかいません。貴女の肉体を見た時からもうそうだろうと思っていましたが、貴女こそ王子さまが探していたひとでしょう」
「え?」
その瞬間、魔法使いの老女が現れ、杖をひとふり。シンデレラにあの日のドレスを着せました。足元はジャストサイズのガラスの靴がきちんとあります。
「今回は強化ガラスにしておいたから割れないよ」
「ありがとう! おばあさん!!」
義母と姉たちは謎の女性がシンデレラだった事に今頃気づき呆然としますが、シンデレラは彼女達を尻目にお城に向かって走り出しました。それを人間に変身したネズミたちと、お城の使者たちが乗った馬車が追いかけます。
山を越え、森を越えて風を切り猛獣の様に幸せに向かって走るシンデレラ。そのまま王子さまのもとへ駆け抜けます。
「たのもう!!」
その鋼の肉体は汗でピッカピカに輝いていました。
後に、午後10時から午前2時の間に睡眠をとると美容と健康に良い事から「シンデレラタイム」と言われたとかなんとか。
めでたしめでたし。