44.ドールの父
最奥には小さな一部屋があった。
宝が置いてあるわけでもなく、家具があるわけでもない。
何もない殺風景な部屋だった。
ただ一点、明らかに気になるものがある。
「怪しいですね」
「絶対なんか隠してるよな」
アルファとデルタが壁の一か所を凝視する。
二人の言う通り、明らかに不自然な箇所があった。
タイルのようなもので作られた部屋の中で、一部だけが白く光っている。
鉱物による光沢ではない。
ここまで距離が近ければ、俺でも感じることができる。
俺はシータに確認する。
「シータ、これって」
「うん。結界だと思うよ。魔術の」
やはりそうかと納得する。
壁の一部だけ、魔術による結界が展開されていた。
もはや疑うまでもなく、何かを隠しているのは間違いないだろう。
デルタがニヤっと笑みを浮かべる。
「よっしゃ、壊しちまおうぜ!」
「そうね」
デルタの意見にアルファが速攻賛成した。
俺が口を挟む暇もなく、デルタは壁に接近し、拳に魔力を凝縮させる。
「はっ!」
そのまま重く鋭い正拳突きを繰り出す。
彼女の拳ならば、硬い岩盤すら砕く威力を持っている。
結界程度なら壊せるだろう。
誰もがそう思っていた。
が、びくともしない。
結界は衝撃を吸収するかのように、ヒビすら入らない。
「――! もう一回!」
続けて反対の拳に魔力を纏わせ、アルファは思いっきり殴る。
明らかに一度目よりも本気の一撃だった。
しかしこれでも結界は無傷だ。
俺も驚く。
「こ、壊れない……?」
「よし、ならオレの番だな!」
アルファが下がり、デルタが前に出る。
彼女は武器錬成の力を行使し、一振りの剣を生成した。
条件を付けることで能力を付与し、結界に向かって上段に構える。
「空間を斬り裂く魔剣だぜ! こいつでどうだ!」
自信たっぷりな表情で、彼女は結界に刃を振り下ろす。
空間を斬り裂く効果は絶大で、一振りしただけで剣は消滅する。
それほど強い力をもった一撃だったということだ。
だからこそ、驚愕する。
「嘘だろ……」
デルタが一番驚いていた。
空間を斬り裂く魔剣、なんでも斬れるはずの一振り。
しかし無傷。
結界は傷一つなく、微動だにしていない。
驚きながら後ずさる。
アルファとデルタが順に失敗して、続くとなれば最後は一人。
「気――」
「ストップ!」
シータが魔術を発動させようとして、慌てて俺が制止する。
「こんな狭い場所で魔術なんて使ったらみんな巻き込まれるぞ!」
「……残念」
試せなくてガッカリするシータ。
俺は彼女の頭を撫でながら慰めて、改めて結界に注目する。
「二人の攻撃でびくともしないなんて……どういう結界なんだ?」
「調べてみる」
シータが結界の近くに移動して、軽く触れる。
どうやら触れるだけなら問題ないらしい。
しばらく待って、シータが答える。
「ただの壁」
「どういう意味だよ」
「防御力が極端に高い結界だと思う」
「そんな、ただ硬いだけの結界に私たちの攻撃が弾かれたの?」
驚くアルファに、シータはこくりと頷き肯定した。
シータ曰く、結界には特別な効果は付与されていないそうだ。
ただの魔術によって生成された障壁でしかない。
純粋に硬く、攻撃を弾く。
物理的な手段での侵入は難しそうだ。
俺はシータに尋ねる。
「解除はできそうか?」
「わからない。時間はすごくかかると思うよ~」
「そうか」
強引に通る方法がない以上、結界の解除を気長に待つしかないか。
何かいい方法が他にはないか。
考えながら結界に触れた。
「……え?」
否、触れられなかった。
俺の手は結界を素通りしている。
アルファとデルタが驚愕する。
「ラスト様?」
「まじかよ! マスターは入れんのか!」
「そう……みたいだ」
拒絶される感覚は一切なく、俺の手はするりと結界を通り抜けられた。
自分でも驚いてしまう。
アルファとデルタも試したけど、二人の手は結界に阻まれた。
最後に姫様も結界に触れる。
その手は結界をするりと抜ける。
「姫様もかよ!」
「みたいね」
「どうなっているの? シータ」
「……わからない。けど、考えられるとしたら……シータたちが、ドールだから?」
入れなかった者、入れた者。
それぞれの共通点をあげるなら、人間かドールかの違い。
確かに明確だ。
だが、そんな理由で結界の出入りを制限できるものなのか?
俺はそこまで魔術や魔導具に詳しくない。
シータの様子を見る限り、簡単にできることでもないようだった。
ならばこのダンジョンを作った主は、少なくとも俺やシータ以上の魔術師であることは間違いない。
「どうしますか?」
「……行ってみるしかないな」
アルファたちは待機し、入れる者だけで中を確認するしかない。
「俺が見てきます。姫様は」
「行くわ」
「ですよねぇ……」
姫様ならそう言うと思った。
理由はたぶん、面白そうだから、だろうか。
口に出す前に姫様はニコリと微笑む。
どうやら正解だったらしい。
「俺から離れないでくださいよ」
「もちろんよ」
「ラスト様」
「行ってくる。三人はここで待機。入口を守っておいてくれ」
「わかりました。お気をつけて」
そうして、俺と姫様は結界を潜る。
難なく全身が通り抜け、白い壁の向こう側を見る。
そこは見慣れぬ空間だった。
謎の装置の数々に、透明なガラスのケースに液体が入っている。
液体の色は緑色で、不気味さすら感じる。
「研究室……かしら?」
「その通りじゃ!」
声が聞こえた。
かすれた男性の声が、部屋全体に響く。
「今の声は……」
「ようこそ諸君、ワシの研究室へ!」
声の出どころは正面にあるガラスケース。
緑色の液体の中に、心臓のような形をした結晶が浮かんでいる。
声は語る。
「ワシの名はアルフレット! 偉大なる天才発明家じゃ!」
「アルフレット……」
その名を俺は知っている。
アルファが目覚めた時に口にした……彼女たちの生みの親だ。
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