41.胸を張れ
第三章!
「これが汚染の原因だったみてーだな」
「そうね」
「……臭い」
三人が湖の源流を眺める。
そこは湧水からなる小さな池があった。
いや、池というには小さすぎるだろうか。
その水たまりから川ができて、湖に至るまでに大きくなる。
湖の綺麗な水も、この源流が綺麗だから守られていた。
その場所に、魔物の死体が山を作っていた。
種類はバラバラ。
森には生息していないはずの魔物もいることから、バイデンたちが殺した魔物をここに捨てていたのだろうと推測できる。
魔物の血肉は、他の生物にとっては毒だ。
特に死んで腐ったものなど、摂取すれば害になるのも必然だ。
「一先ず死体を全部どかしてから燃やそうか」
「わかりました」
「おっし、力仕事は姉上の担当だな!」
「デルタも手伝うのよ」
「……はい」
俺たちは死体の山を移動させる。
燃やしても周りに引火しない場所へせっせと運ぶ。
その傍らで、姫様がぼーっと考え事をしているのが見えた。
俺は彼女に近づく。
「姫様、賊を逃がしてしまって申し訳ありませんでした」
「いいのよ。元々予定になかったことだもの。湖の汚染さえ解決できれば問題ないわ」
「……でも、あいつらは姫様の能力を制御する手掛かりを持っていました」
捕らえることができていれば……。
最低限、何かしらの収穫を得られていれば、姫様の問題を解決できたかもしれない。
戦うことに夢中で忘れてしまっていたことを思い出し、激しく後悔している。
そんな俺を見て、姫様はクスリと笑う。
「私のために落ち込んでくれていたの?」
「あ、いえ、まぁ……」
「ふふっ、本当に優しいわね」
優しい……か。
本当にそうなのだろうか?
俺は自分がわからなくなった。
俺とお前は同類だ。
戦いの最中、バイデンに言われた言葉が頭から離れたない。
彼は戦いを楽しんでいた。
自分の全力を出せる相手を求めていた。
ただ好きで戦っている奴と、俺が……同じ?
「あなたは優しいわ。そこは私が保証してあげる」
「姫様……」
俺の心を見透かした姫様が、優しい笑顔でそう言ってくれた。
おかげで少しだけ心が軽くなる。
「あいつらの目的はなんだったんでしょうか。どうして湖を汚染させたりして……」
「さぁ。結局聞けなかったしわからないわ。もしかすると、街を襲撃するための下準備だったのかもしれないわね」
「下準備……ですか」
「街全体を毒で弱らせてから襲撃する。似たような手口をこれまでにも使っていたわ」
だとしたら恐ろしい限りだ。
あと少し対応が遅れていたら、湖周辺の街は火の海に包まれていただろう。
彼らの戦力は強大だ。
弱った街の一つや二つ、殲滅するなんて造作もない。
目的は略奪、誘拐、洗脳……盗賊らしいそれだろう。
「これで水の汚染は解決される。あなたは街を救ったのよ」
「偶然ですよ」
「それでも救ったことに変わりはないわ。もっとシャキッとしなさい。あなたが落ち込んでいると、あの子たちが悲しむわ」
そう言って姫様の視線は、せっせと働く三姉妹に向けられる。
姫様の言う通りだ。
俺が落ち込んでいる姿を見せれば、彼女たちは心配してくれるだろう。
それは嬉しいことではあるけど、やはり心配はかけたくない。
彼女たちの前ではせめて、頼りになる男でいたい。
そんな欲がある。
「だったら尚更でしょ?」
「……そうですね」
姫様に諭され納得する。
悩むよりまず、今できることしよう。
守れた者を、手に入れた成果をちゃんと喜ぼう。
それができる人間こそ、強い人間だから。
◇◇◇
影は選ばれし者だけを包む。
戦闘中に帰還要請を受けたバイデンとロキは、幻灯団のアジトに戻っていた。
そこは地下に作られた一つの街。
誰も所在を知らない隠れ里である。
「ったく、いいところだったのによ~」
「ボクのほうもですよ。いい感じに追い込んでたんですけどね」
二人は並んで歩きながら、もっとも大きく高い建物に向かう。
「バイデンさん楽しそうでしたね」
「そりゃーな。久しぶりに全力を出せる相手を見つけたんだ。楽しくて仕方ねぇよ」
バイデンは笑みを浮かべる。
子供のように無邪気に、殺人鬼のように狂気に満ちて。
「ラストつったか。あいつは強い。もっと強くなる予感がある。次に会う時が楽しみだぜ」
「ほどほとにしてくださいよ~ 楽しむのに夢中になって、本来の目的を忘れたらいけませんからね」
「そのまえにお前がいるんだろうが! 中々苦戦したみてーだな」
「お恥ずかしながら。あの三体のドールは手ごわかったですから」
「いいなぁ。今度はそいつらもセットで遊んでやろうか」
バイデンの戦闘狂っぷりに、呆れて首を振るロキ。
二人は建物に到着し、薄暗い最奥の部屋へたどり着く。
そこに待っていたのは、暗闇よりも不気味な黒い男だった。
「お呼びかい? ボス」
「バイデン、ロキ」
名を呼ぶ声は低く、冷え切っていた。
よく知る二人ですら背筋が一瞬凍る。
不気味、不穏、そんな言葉が相応しい人物の背中である。
「準備しておけ」
「戦いか?」
「次はどこを狙うんですか?」
「――帝都」
二人の身体に衝撃が走る。
この世界で最も強大な国であり、その本拠地。
人類史上最大国家に。
「ついにか」
「ああ、だがその前に……不安分子は排除しろ」
その視線はロキに向けられていた。
「わかってますよ。なるべく早く、姫を殺します」
「そうしろ。戦いは……一月後だ」




