40.次の機会に
ラストとバイデンが戦闘を開始した頃、アルファたちとロキが衝突する。
ロキは召喚術を行使し、シャドウスケールという悪魔を召喚した。
その能力は、相手の姿や能力をコピーした偽者を生み出す。
つまり、アルファたちが相手にするのは――
「どうかな? 自分自身とのバトル! 初めての体験でしょ?」
「っ、この」
「やってくれるじゃねーか」
「……めんどくさい」
彼女たちはそれぞれに変身したシャドウスケールと交戦する。
アルファは体術での殴り合いを、デルタは剣での鍔迫り合い、シータは魔術の撃ち合いを繰り広げる。
「大人しくしててね? ボクの役目は、そこの姫様を殺すことだから」
「……」
「本当は嫌なんだよ? こんなか弱い女の子を殺すなんて……でも、仕事だからさぁ」
「そう? それにしては随分と楽しそうね」
エリーシュは指摘する。
ロキの笑みを。
嫌だなんて微塵も思っていない。
諧謔を楽しむいやらしい笑顔をロキは浮かべる。
「あ、バレちゃった? 本当は大好きなんだ。君みたいに気の強そうな子をいじめて、泣き叫ぶ姿を見るのが」
「いい趣味をしてるわ」
「褒めてくれてありがとう! お礼にいーっぱい、イジメてあげるよ」
「……」
エリーシュが後ずさる。
その倍はある速度でロキが近づく。
「させません!」
「おっと!」
二人の間を邪魔するように、アルファが地面を蹴り割る。
「邪魔しないでよー、君たちは殺せないんだから大人しく遊んでてほしいなぁ」
「はっ! そんなわけにいくかよ!」
続けてデルタが無数の剣を射出し、ロキは大きく飛び避ける。
その先に、氷の塊が降り注ぐ。
「――氷天」
シータはシャドウスケールとの戦闘と並行して、ロキに魔術を発動させていた。
三人とも戦いに余裕がある。
所詮はコピー、本物よりは劣る。
彼女たちの優位は、無尽蔵の魔力を持つラストがマスターであること。
彼がいる限り、彼女たちに魔力切れはない。
魔力消費を考えることなく全力で戦える彼女たちにとって、その場しのぎの分身は相手にならない。
「あーあ、これじゃ足りないか。だったら三倍だ!」
だが、この相手も普通ではない。
ロキはシャドウスケールを追加し、各三体ずつ変身させた。
「マジかよ」
「数が増えちゃった」
「これは……」
「よーし、これだけいれば十分だよね?」
アルファたちは分身に囲まれる。
エリーシュを助けに行けないように。
だが当然、この程度では止まらない。
彼女たちにはもう一つ、シャドウスケールにはない強みがある。
アルファが叫ぶ。
「シータ!」
「――嵐流」
三人が一か所に集まり、その周囲に竜巻が発生する。
タツマキには無数のナイフが混ざっていて、迫るシャドウスケールたちを切り刻む。
そして竜巻の上は無風。
アルファは上へと高く跳び、ロキの元へ落下する。
「行かせません」
「へぇ、やるね」
彼女たちは姉妹である。
その連携までは、シャドウスケールもコピーできない。
「あーあ、長くなりそうだなぁ」
◇◇◇
「おらおら! もっと力を出しやがれ!」
「くっ、そぉ!」
バイデンと激しい斬り合いを繰り広げる。
俺の刃は僅かだが、バイデンに届くようになっていた。
逆にバイデンの刃も俺に届く。
お互いに実力が拮抗したことで、防御より攻撃に神経を集中していた。
俺には彼女たちと繋がったことで自己治癒能力が備わっている。
軽い傷ならいくら受けても関係ない。
対するバイデンの肉体は、俺の刃が深く通らないほど硬い。
よくて皮膚が避ける程度で、決定打を与えられない。
「楽しいなぁ! 最高の斬り合いだぁ!」
バイデンのテンションが上がっている。
それに合わせる様に、攻撃の大胆さや速度が上昇する。
俺も負けじと応戦する。
戦い続けることで、徐々に魔力の最大出力が上がってきている。
最初よりも速く、重い一撃を繰り出せている。
それでも足りない。
届かない。
もどかしい気持ちと、胸の奥が熱くなるのを感じて戸惑う。
「やっぱ戦いはこうじゃなくちゃな。実力が拮抗してこそ楽しめる! なぁ、お前もそう思うだろ?」
「俺は戦いを楽しいなんて思ってない」
鍔迫り合いの中で語り合う。
顔を突き合わせ、殺意をぶつけ合いながら。
「ぬかせ! てめぇは楽しんでんだよ。気づいてねーだけで、そうじゃなきゃ戦いの中で笑うか普通?」
「っ……俺は笑ってなんか」
「笑ってたぞ! とっくに気づいてんだろ? 俺とお前は同類だ! 自分の全力を出せることが楽しくて仕方がない。ただの戦闘狂いだ!」
「一緒にするな!」
互いに攻撃を弾き合う。
距離をとり、一呼吸置く。
「冷めること言うんじゃねーよ。こんな戦い滅多にできねーんだ。素直に楽しめばいいんだよ」
「俺は……楽しむために戦ってるんじゃない。守りたい物のために戦ってるんだ」
「そうかよ。立派だな。だが、理由なんざ後で適当にくっつけられる。大事なのは今だ。この瞬間にこそ、生きてる実感が得られる! さぁ、もっと熱くなろうぜ!」
「――!?」
再び衝突する。
と、意識を集中させたときだった。
バイデンの身体を黒いモヤが覆う。
「……チッ、時間かよ」
「なんだ……?」
「ボスのからの呼び出しだ。ったく、空気読めねー奴だぜ」
バイデンから戦意が消失したのを感じる。
それに合わせるように、俺も刀を下ろした。
向かい合いながらも直感した。
戦いは終わりだと。
「てめぇ、名前は?」
「ラスト」
「ラスト、次に会ったときまたやろう。そん時は余計なこと考えねーで、全力で来い」
そう言い残し、バイデンは黒いモヤに取り込まれて消える。
おそらく転移系の術式だ。
昨日の暗殺者たちを移動させたものと似ている。
第三者、ボスの介入か。
「……次、か」
なんだこの気持ちは……。
生きている。
負けたわけじゃないのに、どうしてこうもやるせない。
戦い足りないと感じているのか?
「同類……」
奴の言葉が脳裏に響く。
俺はまだ、自分のことをよくわかっていないのかもしれない。
◇◇◇
一方、同時刻。
ロキも黒いモヤに掴まっていた。
「あーあ、呼び出しだ~」
「なに?」
「あれって昨日の……」
「転移の術式」
「正解。残念だけどここまでみたいだ。また遊ぼうね~」
黒いモヤがロキを覆う。
半身が呑み込まれて消える前に、エリーシュが尋ねる。
「一つ聞かせて! どうしてあなたの心は読めないの?」
「ん? あーそれはね~ そういう道具を持ってるからだよ」
「道具?」
「これ以上は内緒。知りたいなら、ボクを捕まえてごらん」
ロキはニヤリと笑みを浮かべ、消えて行った。
収穫はなかった。
が、情報は得た。
彼らは持っている。
心を見抜く目を、欺く何かを。
エリーシュの期待が現実のものとなり、彼女の胸を高鳴らせる。
かくして、予期せぬ邂逅は僅かな時間で幕を下ろす。
この出会いは運命か。
全員が予感していた。
いずれまた、対峙する日がくることを。
これにて第二章は完結です!
時間がかかってしまいましたが、読んでくれた方々はありがとうございます。
少しでも楽しんで頂けたでしょうか?
第三章も準備中ですので、お楽しみに!
また再三のお願いで恐縮ですが、この辺りで一度評価☆☆☆☆☆⇒★★★★★を頂けると嬉しいです!




