39.純粋な怪物
吹き飛ばされた俺は、森の中にあった大きな岩にぶつかって転がる。
バラバラと崩れる岩を押しのけ、なんとか起き上がる。
「っ……」
額から血が流れる。
相当な衝撃だったが、幸いなことに負傷は軽かった。
間一髪、武器錬成で盾を作り、魔力操作を防御側に集中できたからだろう。
本当に危なかった。
あと一瞬、ごくわずかに反応が遅れていたら、俺は殺されていた。
「なんなんだあいつは……」
骨は折れていない。
だが、まだ受け止めた腕がしびれている。
これほどの一撃、今まで受けたことがない。
下手をすればアルファ以上の……。
「――! みんなは無事か!」
かなりの距離を吹き飛ばされた。
どうやら攻撃されたのは俺一人だったらしく、周りに誰もいない。
狙いは間違いなく姫様だ。
今すぐに戻って守らないと。
駆け出そうとした直後、俺の眼前に何かが飛来する。
「っ――!」
土煙の中から現れるシルエット。
さすがに二度目ともなれば、正体に気付くのも速い。
「おーおー、なんだピンピンしてんじゃねーか。安心したぜ」
「お前は……」
「あ? さっき名なら名乗っただろ? 俺じゃねーけどな」
幻灯団の二番手、バイデン。
わざわざ俺を追撃しに来たのか?
もう一人の気配はない。
「どういうつもりだ? お前たちの狙いは姫様だろ?」
「よくわかってんじゃねーか。けどそれじゃ半分だぜ」
「半分?」
「てめぇら全員、俺たちのターゲットなんだよ」
バイデンはニヤリと笑みを浮かべる。
全員?
姫様だけじゃなく、俺やアルファたちも狙われている?
「なんでだ?」
「知るかよそんなもん。ボスがてめぇの人形を欲しがってんだ。理由が知りたきゃ直接聞きやがれ」
「――!」
こいつ今、人形って言ったのか?
彼女たちのことを?
「どうして、アルファたちの正体を知ってるんだ?」
「だから知らねーって言ってんだろ。ボスに聞けボスに」
「……」
どういうことだ?
幻灯団のボスが、なぜアルファたちが人形だと知っている?
その情報を知っているのは俺たち以外にいない。
いるとすれば姫様が報告した帝国の上層部……。
まさか、そうなのか?
「うだうだうるせーな。細かいこと考えてねーでさっさと武器をとれよ」
「――!」
鋭い殺気に思わず身構える。
俺は無意識に腰の刀に手をかけていた。
「そうだ、俺に集中しろ。でないと……」
「……」
集中する。
目の前に男から視線を外さない。
鯉口切って、斬り合う姿勢をとる。
油断はない。
どんな攻撃が来ようと、必ず対処できる。
……はずだった。
「一瞬であの世行きだぜ」
「――なっ」
すでに奴は俺の間合いに入っていた。
大剣を軽々と振り上げ、思いっきり振り下ろす。
俺は間一髪転がって回避し、距離を取る。
「お、今度は躱したな」
「……」
なんだ今の速度は……。
俺を吹き飛ばした怪力といい、こいつは普通じゃない。
アルファの能力で魔力を纏い、身体能力が向上している今の俺でも、回避するのがやっとだった。
奴も特殊なスキルを持っているのか?
だったら――
「看破」
二十一の術式の一つ。
物体の情報を読み取る魔術だが、人体にも効果を発揮する。
こいつがどんなスキルを持っているのか。
その能力を暴き出す。
冗談だろ?
こいつ……。
「スキルを持っていない……?」
驚愕した。
看破で映し出される情報は、彼の能力値の異常な高さだけ。
特別なスキルは持ち合わせていない。
にも拘らず、身体を構成するあらゆる能力値が高い。
「どうした? 俺の情報でも読み取ったか?」
「――!」
「その反応は図星か。みんなそうだぜ。俺の強さを前にして、何かからくりがあるんじゃないかと疑るんだ」
バイデンは大剣を地面に突き刺す。
「残念だが、種も仕掛けもねーよ。俺にあるのはこの肉体だけだ」
「……」
にわかに信じがたいが、術式の情報に嘘はない。
奴の言っていることは本当だ。
スキルや魔術を一切持たず、純粋な肉体能力だけで……。
「話は終わりだ。続きをやるぞ」
「くっ」
俺は刀を鞘から抜き、魔力出力を最大まで引き上げる。
さらに兎月、金剛の術式を重ね掛けする。
集中し続けろ。
こいつ相手に、一瞬の油断もできない。
今度は俺のほうからしかける。
地面を大きく蹴り前進、刃が届くギリギリで旋回し右へと移動する。
奴が反応するより先に、刃を横に振るう。
しかし彼は大剣で受け止めた。
反応が遅れたにも関わらず、何食わぬ顔で。
もっとも俺も、この程度では今さら動じない。
続けて切り返し、連撃を放つ。
「いいじゃねーか。さっきより動きがよくなったな」
奴は反応する。
身体能力だけじゃない。
反応速度も人間のそれを遥かに上回っている。
だがまだだ。
俺ももう少し早くできる。
そして、速度で上回れないならパワーで勝てばいい。
「うおおおおおおおおお!」
「っと」
俺の取りえは無尽蔵な魔力量だ。
無際限に湧きだす魔力を放出し、刃の威力を増す。
「ふっ、いいなおい!」
鍔迫り合い。
バイデンも真っ向から力勝負を挑む。
信じられない。
魔力出力を極限まで高めている俺の力に、生身の肉体だけでバイデンが拮抗している。
お互いに一歩も譲らない。
足元の地面がえぐれ、空気が振動する。
このままでは押し切れないと判断した俺は、瞬間的に力を抜き、バイデンの体勢を崩す。
前のめりに倒れそうになった彼の首元を、切り返した刃で斬る。
「ぐおっ」
倒れながらバイデンが拳を振るい、俺の腹に直撃する。
攻撃に集中していた俺は防御が間に合わない。
そのまま吹き飛び、空中で一回転して着地する。
「今のは危なかったぜ」
「っ……あれにも反応するのか。驚いた」
「はっ! 驚いたのはこっちだ。まさか俺と、ここまでまともに戦える奴がいるなんてなぁ」
バイデンは笑みを浮かべる。
子供みたいに無邪気に。
戦いを楽しんでいる目をしていた。
「楽しそうだな」
そう言ったのはバイデンだった。
「楽しんでいるのはそっちだろ?」
「ああ、だがお前も、笑ってるぞ?」
「え……」
笑っている?
俺が?
バイデンに指摘され、自分がニヤついていたことに気付く。
自然と口角が上がっていた。
「お前も楽しいんだろ? 全力を出せる相手と戦えることがなぁ。よくわかるぜ……」
「……」




