36.離れないで
とある山奥に洋館がある。
かつて名のある貴族が別荘として使っていた屋敷の跡地。
古びて清掃もされず、老朽化が進んでいた。
辺りは森に囲まれ、野生動物だけでなく魔物も多く生息している。
人が住むには少々危険だろう。
そんな建物に、明かりが灯っている。
「――で? 結局取り逃がしたのか?」
「はい。申し訳ありません」
大きめの椅子が小さく見えるほどガタイがいい男が座り、ローブで身体を隠した男たちの報告を受けている。
大男の傍らには、彼の二倍は大きい大剣が立てかけられ、剣の鞘にはエンブレムが刻まれている。
鈍く燃える松明と、その周囲を囲む煙の模様。
金品の窃盗に女子供の誘拐、販売までこなす大盗賊団『幻灯団』。
彼らのターゲットの一つに、エリーシュ姫が存在する。
「生死は問わねぇ、そういうルールだ。殺してもいいんだから楽だろうが」
「それが……護衛に手ごわい男がいて」
「護衛? あー最近あの姫様の周りに引っ付いてるっていう奴らか。オークションもそいつらに邪魔されたんだろ? 中々イキがいいじゃねーか」
大男はニヤリと笑みを浮かべる。
上機嫌な様子を見せる彼に、ローブの男たちは安堵する。
任務に失敗してもお咎めはなし。
そう思い、ホッと胸を撫でおろした。
「そんじゃ、てめぇらはもう用済みだ」
「へ……」
チャキ。
わずかに剣が動く音がして、気づけば全員の首が宙を舞っていた。
あまりに速い斬撃に、誰一人として反応できない。
大男はすでに椅子から立ち上がり、ローブの男たちの背後に立っていた。
跳ね上がった首は少しだけ意識を残す。
落下する中、最後に視界に映ったのは……。
「任務もまともにこなせぇね雑魚が」
大男の罵倒と、冷たい視線だった。
ボトボトと斬り落とされた生首が落下していく。
おくれて胴体のほうがバタンと倒れだした。
大男はため息をこぼす。
「あーあ、また殺しちゃったんですかー?」
「来てやがったのか。ロキ」
大男の傍らに、小柄な青年が顔を見せる。
華奢な身体に中性的な容姿。
一見してどこにでもいそうな可愛らしい青年だが、無数の死体を前にしてニコニコ笑っている。
それだけでも狂気である。
青年の名はロキ、幻灯団幹部の一人。
そして――
「お手伝いに来ましたよ! バイデンさん」
この大男こそ、幻灯団の二番手バイデンである。
バイデンはギロっとロキを睨む。
「手伝いだぁ? 誰がそんなもん頼んだんだよ」
「ボクの判断じゃありませんよぉ~ ボスからの命令ですから仕方ありませんって」
「ボスが?」
「はい。ついでに、ボスから新しい指示も来ましたよ?」
バイデンは未だに苛立っている。
しかしロキは飄々とした態度で気にしていない。
バイデンはロキを睨んだままロキに言う。
「なんだ?」
「エリーシュ姫の護衛についている男は殺せ。その男と一緒にいる三体のドールを回収しろ」
「ドールだと? なんだそりゃ」
「ボクにもよくわからないです。けど、ボスはほしがっているみたいですよ。その人間みたいな人形を」
そう言いながら、ロキは念を押す。
自分は何も聞かされていないと。
ただドールという存在が、人間とよく似た作りをした人形で、恐ろしい力を秘めている兵器であること。
ドールの主人であるラストを殺せば、ドールは行動不能になり楽に回収できることを伝えた。
「まぁいい。要するに男と姫様はぶっころして、残りは捕まえちまえばいいんだな?」
「そういうことになりますね」
「はっ、簡単でいいじゃねーか。今度は俺が直々にやってやる。ロキ、てめぇも手伝え」
「そのつもりで来たって言ったじゃないですか~」
幹部の手がラストたちに伸びる。
いずれ起こる激しい戦いを暗示するように。
◇◇◇
翌日、雨は止んでいた。
綺麗に晴れて雲も少ない。
俺たちは予定通り街を出発し、マートレ湖の源流を調査するため川辺を歩く。
隣を歩く姫様が軽くふらついた。
「っと、大丈夫ですか?」
「ええ。川辺の砂利道は歩きにくいわね」
「慣れないとそうですね。ごつごつしてますから」
ふらついた彼女を支え、手を引きながら歩く。
その様子をじーっと、後ろからアルファたちが見つめていた。
「……怪しい」
「なんか距離近くなったな」
「シータも引っ張ってほしい~」
三人の声は当然聞こえていた。
言いたいことはわかるし、アルファの視線が一番鋭いのも気づいている。
アルファがムスッとしながら言う。
「ラスト様、少し近すぎませんか?」
「いやほら、昨日のことがあったからさ」
「むぅ……」
昨晩、姫様は暗殺者らしき男たちに襲撃を受けた。
俺が一緒にいたから大事には至らなかったが、もし一人でいたら今頃ひどいことになっていただろう。
結局、あの後はみんなで同じ部屋に泊まることにして、何事もなく朝を迎えた。
諦めてくれたなら安心だが、おそらくそれはない。
相手は帝国に仇なす盗賊団だ。
一度の失敗で諦めるような相手ではないだろう。
「またいつ襲ってくるかもわからないんだ。みんなも警戒していてほしい」
「……わかりました」
「姉上が複雑な顔してるぞ」
「正論だから言い返せないんだねぇ~」
「うるさいわね!」
「ふふっ、賑やかね」
姫様が楽しそうに微笑む。
その様子を見て少しだけホッとする。
あんな襲撃を受けた後だ。
恐怖と不安で足がすくんでもおかしくはない。
俺たちの存在が、少しでも彼女の不安を解消できればいい。
そう心の中で思ったら、姫様が俺の手をぎゅっと握る。
まるで、離れないでと訴えているように。




