33.変なことしちゃだめですよ!
マートレ湖の周囲には四つの都市がある。
どれも規模は同じくらい、人口もそこまで変わらない。
建物の感じや街の風景にも大差はなく、違うのは名前くらいだろう。
俺たちが足を運んだのは、湖の西側にあるウエスト。
到着した頃にはすっかり日も沈み、宿を探そうとした俺たちに、姫様が進言する。
「この先に別荘があるわ。そこを使いましょう。デルタ、このまま真っすぐ行ってちょうだい」
「了解! さっすが皇女様。別荘持ってんのか」
「私のじゃなくて王族が所有するものよ。あまり使っていないけど」
「へぇ~ 勿体ねぇーなー」
デルタの運転で馬車は走る。
地味な見た目の馬車だから、誰も王族が乗っているなんて気づきもしないだろう。
時折視線は感じるが、馬車が走っていれば誰でも一瞬くらい目で追う。
人気のない道に入り、明かりも少ない通りを進むと、姫様が言っていた別荘が見つかる。
「到着っと! でっけぇーなー」
「これで別荘……」
「誰も住んでないのぉ?」
「普段は使っていないわ。前に来たのは二年前だったかしら」
さすがに勿体ない。
そう心の中で思いながら、馬車を停めて中に入る。
中は思ったより綺麗だった。
定期的に清掃はされているらしく、埃や汚れもほとんどない。
ベッドもすぐ使える状態を保っていた。
「部屋割りはどうしようか」
「シータはお兄ちゃんと一緒に寝る~」
「ずるっ、じゃなくてダメよシータ」
「一瞬本音が漏れたな、姉上」
ぼそりと呟いたデルタを、アルファがギロっとにらむ。
デルタは小さな声で、なんでもないですと言って縮こまっていた。
俺は苦笑いしながら提案する。
「これだけ部屋があるんだし、一人一部屋とかじゃだめかな?」
「それがいいと思います」
「オレもいいぜ」
「えぇ……しょうがない」
「そう? じゃあ私はラストと一緒の部屋にするわね」
「「「え?」」」
三姉妹の声が揃った。
俺も驚きかけたけど、三人の声にかき消された。
アルファが慌てて問いただす。
「どうしてそうなるんですか!」
「深い意味はない。ただの護衛よ」
「護衛?」
「私はこれで皇女なの。何かあったら大変でしょう? 強くて頼りになる人が傍にいてくれないと、安心して眠れないわ」
もっともらしい理由を言われ、アルファが一瞬納得しかける。
けどすぐに思い返して反論する。
「それなら、私たちの誰かでもいいじゃないですか!」
「そうね。誰でもいいわ。だからここは、彼の意志を尊重しましょう」
「え」
唐突に、姫様が俺に視線を向ける。
「ラストはどう?」
姫様の質問に合わせて、全員の視線が集中する。
俺がどうしたいか選べ、ということらしい。
姫様に護衛が必要なのはわかった。
少なくとも誰か一人、同じ部屋にはいるべきだろう。
普通に考えて、姫様と同じ女性が一緒にいるべきだ。
男である俺はその時点で除外される。
けど……。
姫様の視線が、強く訴えかけているような気がした。
「わかりました。今夜は俺が護衛に入ります」
俺がそう答えると、姫様はホッとしたように呼吸をする。
当然、アルファは納得がいかない様子だ。
「どうしてですか?」
「交代制にしようと思うんだ。調査が一日で終わるとも思えないし、順番に変わったほうがいいだろう?」
「私なら平気です」
「俺が平気じゃないんだ。明日はアルファにお願いするから、今日は休んでくれ」
俺はなだめる様にアルファの頭をぽんぽんと撫でる。
理屈で納得させるのは難しい。
アルファの言いたいことはわかるし、間違っていないから。
ただ今は、俺の意図を汲んでほしかった。
「……わかりました。我儘を言って申し訳ありません」
「我儘だとは思ってない。俺のことを心配してくれたんだろ? アルファは優しいから」
「……優しいのはラスト様です」
「え、何?」
「なんでもありません! くれぐれも、変なことはしないでくださいね?」
ピシッとアルファが俺の顔に向けて指をさす。
「す、するわけないだろ。ただの護衛だ」
「私はいいわよ」
「ちょっ、姫様?」
「むぅ、やっぱり私も一緒の部屋にします!」
姫様が余計なことを言うから、納得しかけたアルファが再び怒りだしてしまった。
なだめるのに三十分もかかってしまったよ。
まったく、姫様のからかい好きには困ったものだ。
そんな姫様がどうして……少し怯えているように見えたのだろう?
別荘の中は快適で、生活に必要なものは全て揃っていた。
夕食を済ませ、シャワーも浴びて。
寝るだけになり、時間も遅いのでそれぞれの寝室に入る。
最後の最後まで、アルファからは変なことをするなと念を押された。
もちろん俺にその気はない。
相手は一国の王女様だ。
もし仮に手を出そうものなら……俺は打ち首だろうからな。
あくまで護衛のために一緒にいる。
「ぅーん、馬車に乗るだけでも疲れるわね」
「揺れますからね。腰とか足はそれだけでも疲れますよ」
「そうね。早く寝ましょう。あら……」
姫様が窓の外を見える。
ちょうど窓ガラスにぽつりぽつりと、水滴がつく。
気づけば一瞬で、外は騒がしくなる。
「降ってきたわね」
「みたいですね」
かなり強い雨だ。
大雨や嵐は湖の水質に影響を与える。
異変が起こっている今、追加で悪影響を及ぼす事態になるのは不運としか言えない。
明日の調査にも影響するだろうし、朝には止んでほしいな。




