12.猫、それとも犬?
鎧騎士は沈黙している。
さっきの一撃で完全に破壊されてしまったからだろう。
もう彼女の声は聞こえない。
代わりに本物の彼女の姿を見ることができた。
「もう一つ部屋があったのか」
「そのようですね。ここからダンジョン内の物を操っていたのでしょう」
最奥の部屋だと思っていたら、壁の裏側に隠し部屋を見つけた。
部屋は宝物庫になっている。
チラホラ見える宝箱から、キラキラ輝く黄金が見えるが、今はそっちよりもベッドで眠っている彼女だ。
「この子が……デルタ」
「はい」
俺の下へ送られてきたアルファと同じ姿勢で眠っている。
こうして見ると、やっぱり人形なんだなと再認識する。
眠る姿は死んでいるようで……冷たく感じる。
赤いウェーブがかった髪が特徴的で、身長はアルファよりも低い。
肌の露出が多い服装は、彼女の腕白さの表れだろうか?
「触れればいいんだよね?」
「はい。そうすればコネクトが発動します」
あの時と同じように、俺は眠っているデルタの手に触れた。
途端、急激に魔力が消耗する。
二人目だからか?
それともアルファに魔力供給をしている最中だからか。
初めての時よりも強い倦怠感が襲う。
だがそれも一瞬で治まった。
「――魔力供給確認、起動に必要な一定量を越えました。これより対象をマスターとし起動します」
アルファの時と同じ音声が流れる。
この音は彼女たちの声じゃない。
一体誰の声なのだろう。
「【自動人形】、オン」
「……」
「……」
「……あれ?」
起動音が鳴ったと思ったんだけど、一向に動かない。
彼女は腕を組んだままじっとしている。
目も閉じたままだ。
「どうして動かないんだ? 魔力が足りなかった?」
「……いいえ、もう起きています」
「え? 起きてるの?」
「……」
返事はない。
ただの人形のようだ。
「デルタ。いつまでも寝ているとお仕置きを三倍にしますよ」
「わ、わかった起きる! 今すぐ起きるから!」
「うおっ、本当だ。起きてた」
アルファの脅しに反応して、彼女は勢いよく跳び起きた。
あまりに突然動き出すから、びっくりして倒れそうになる。
「こらデルタ。ラスト様が驚いてしまったでしょう? 謝りなさい」
「う、うぅ……ごめんなさい」
「いや、いいよ。驚いただけだし」
姉妹の力関係はハッキリしているな。
妹は姉に敵わないらしい。
シュンとしているデルタは、飼い主に叱られている小動物みたいで可愛いと思った。
「君がデルタなんだね?」
「おう! そうだぜ!」
「ちゃんと敬語を使いなさい」
「うぅ~」
嫌そうな顔で唸り声をあげる。
この子はどことなく猫とかその辺りの動物に似ている気がするな。
「いいよ。好きなように話してもらえば」
「ほ、ホントか?」
「よろしいのですか?」
「うん。俺も畏まられるのは得意じゃないし、それぞれ接しやすいようにしてくれたほうが嬉しいかな」
「やったー! あんたいいやつだなマスター!」
デルタは満面の笑みを俺に向けてくれる。
そこに敵意や害意は一切ない。
無垢で無邪気な笑顔は、見ているだけで心が晴れるようだ。
「デルタは俺がマスターでよかった?」
「ん? そりゃオレが負けちゃったしな。オレに勝ったら認めるって言ったんだし、嘘はつかねーよ」
「それはよかった」
ようやくホッとできる。
俺は戦いが終わって数分後に肩の力を抜いた。
「にしても凄いな。あんな出鱈目な戦い方初めてみたぜ」
「そう? 褒めてくれてありがとう」
「なんつーか才能はねーんだけど、力と反応速度でごり押す感じ? 普通に圧倒されちゃったよ」
「褒められて……ない?」
しれっと才能がないことを言われてしまった。
自覚はしてるけど、誰かから言われるのは中々ショックだな。
「デルタァ」
「は、はい!」
「そろそろお仕置きの時間よ?」
「な、なんでだよ!」
「当然でしょ? ラスト様にたくさんご迷惑をかけたのよ? 姉として、先輩としてあなたを教育するわ」
と言いながらアルファはデルタにじりじりと滲みよっていく。
表情は笑顔だが明らかに怒っている。
俺は怖い笑顔というものを初めて見た。
デルタも完全にビビっている。
「お、お仕置きは嫌だ! マスター助けてくれ!」
「おっと」
デルタは俺に助けを求めてきた。
すっと後ろに回り、俺の右腕に縋るような姿勢で抱き着いている。
「こらデルタ!」
「うっ……」
「そんなに嫌なの?」
「当たり前だろ! 姉上のお尻ペンペンはやばいんだぞ! あれやられると一週間はお尻がひりひりするんだ!」
「一週間……」
俺はトロールとの戦いを思い出す。
あの打撃力でお尻を叩いたら……そうなるよな。
ごくりと息を呑む。
想像するだけでお尻が痛くなりそうだ。
「頼むよぉ~ マスター……なんでもいうこと聞くからぁ」
デルタは俺の腕に絡みついて、上目遣いで懇願してくる。
そんな目で見られたら……。
「許してあげよう、アルファ」
助けてあげたくなるじゃないか。
「俺は怪我もしてないし、彼女のおかげで自分がどこまで戦えるかもわかった。確かにやりすぎだったかもしれないけど、反省……」
一応確認のためにデルタに向ける。
彼女はうんうんと勢いよく首を縦に振った。
「してるみたいだし、ね?」
「ラスト様がそうおっしゃるなら……」
「ほ、ホント? お尻ペンペンなし!?」
「ラスト様の優しさに感謝しなさい」
「や、やったー! ペンペン回避だー!」
俺の腕から手を離し、デルタははしゃぎだす。
そこまで喜ばれるとは思わなかった。
「そんなに嫌だったのか……」
俺もアルファを怒らせないように注意しよう。
たぶん俺のお尻は八っつくらいに割れる。
「ありがとうマスター!」
「うおっ、デルタ?」
彼女はバッと正面から抱き着いてきた。
「マスターに一生ついてくぜ! 何かあったらオレを頼ってくれよな!」
「あ、ああ……」
この主人に懐いてくる感じ……。
あるはずのない尻尾がフリフリと動いているような。
猫じゃなくて犬だったか。




