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SORA  エピソード1   作者: 蒼井柚葉
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西宮綾瀬

エピソード1 西宮綾瀬


 朝、カーテンの隙間から覗く空はどんよりと暗かった。「そういえば昨日の天気予報では一日中雨って言ってたな。」と孝弘は思い出す。彼にとって雨の日ほど嫌いなものはない。小学校のころからほぼ毎日訪れる公園まで、ランニングができなくなるからである。


 孝弘は小学校の時、典型的な虫取り少年だった。当時まだ一緒に住んでいた父とともに近くの河原を訪れでは虫をとる。時には車で遠くの山に行き、カブトムシやクワガタを求めて虫取り網を振り回した。

 虫嫌いな母と姉にはとても気味悪がられたが、孝弘にとってはこれが唯一の楽しみだった。


 中学生になってからはあまり虫取りをしなくなった。代わりにランニングを始めた。中学の陸上部に入部し、とにかく走った。かつて虫を求めて訪れていた公園には、ほとんど毎日朝か放課後にランニングをしに行く。一番低いところに川があり、そのさらに盛り上がったところに大きな草原がある。そして草原から石段を上ったさらに上に公園がある。このような地形を「河岸段丘」と言うと、姉の柚から教わったのだが、孝弘にはあまりピンとこなかった。


 公園は川のうねりに沿って大きく広がっていて、幼児向けの遊具やグラウンド、遊歩道のように舗装された通路がある。孝弘はいつもこの道を走る。公園の入り口の傍にある東屋の脇を走り、中央にそびえ立つ大きなしだれ桜をのれんのようにくぐり抜けると、河原に続く石段がある。


 そして、石段の一番上から河原を見まわし、あの女の子を探すまでが孝弘の長年の日課である。


 小学校三年生の春、ひとりで歌っていた河原の女の子は、孝弘が目撃した次の日に転校生としてやってきた。

 女の子は孝弘のクラスメイトたちの前に立った。真っ黒の髪の毛をおかっぱにして、伏せた目は髪の毛と同じくらい真っ黒だった。雪のように真っ白い肌を持ち、「この子は雪女です」と言われてもおかしくないくらい綺麗な女の子だった。


 彼女の後ろの黒板には「西宮綾瀬」と書かれていた。先生が「西宮綾瀬さんです。」と紹介をしても、綾瀬は何も言わずに黙っていた。まるで感情がないみたいに黙っていた。

「昨日河原で見た時は、もっと楽しそうだったのになあ。」と孝弘は不思議に思った。


 その日以来、孝弘は綾瀬が気になってしかたがない。彼女とは小学校を卒業したあとも、同じ地元の中学に進み、その後県内一の進学校に進んだ。

 西宮綾瀬は恐ろしく頭がよかった。孝弘はこれまで何度か同じクラスになったが、彼女がなぜこれほど秀才なのか全く分からないでいた。彼女は決して優等生キャラではない。クラスメイトどころか先生たちとも全く話さない。いつも窓側の席に座り、一人で本を読んでいる。授業中もただ教科書を開いているだけで、誰かに質問したりすることもない。孝弘の友達曰く、どこの塾にも通っていないようだった。

 それにもかかわらず、毎回定期テストでは学年一位をとるのである。綾瀬は当たり前のように県内一の高校に合格し、対して孝弘は彼女を追うかたちで同じ高校に入学した。姉の柚がここの高校を卒業しているというのもあり、姉からのスパルタな教えを請いながら、孝弘は何とか高校に合格した。

 

 高校生になった今でもあの公園に走りにいく。西宮綾瀬は神出鬼没で、毎日のように河原で佇んでいることもあれば、何か月も置いていきなり現れることもある。

 

 そして孝弘の長年の悩みは「西宮綾瀬に声が掛けられない」ことである。


 重い身体をゆっくり起こして、孝之は階段を下りた。リビングにはすでに誰もいなかった。母さんも姉ちゃんも仕事に向かったらしい。ダイニングテーブルには姉ちゃんからの置手紙があった。

「今日の放課後、美術館にいくぞ。」とだけ書かれていた。

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