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イスラエルバスター!  作者: ローリング蕎麦ット
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第八話



 サタンの使徒というのは、悪魔を崇拝する人たちでした。


 神様を信じて一生懸命がんばりましょうねという感じの教会の信仰に対して、「唯一神とかクソ」と逆張りする感じの人たちです。


 サタン以外にも、六柱くらい自分にあった悪魔のチョイスがあって、合計七派の悪魔崇拝をまとめて悪魔教と呼ばれていました。


 サタンの使徒は、その教義第一が憤怒でした。


 ぷりぷりよく怒る人がたくさん所属していました。


「……ぼくを殺して、村の教義を捻じ曲げたかったのですね」


「そうだ。てめぇさえいなけりゃ、後はサタンの教義を神の教えと偽って広めればいい」


 悪魔教は教会の勢力を弱めるのも任務なので、こうして地方を侵食するのもよくありました。


 山奥の修道院が、色欲を司る系の悪魔教の一派であるところの、アスモデウスの使徒に乗っ取られて、夜な夜なえっちな宴を催したりするのもよくある話でした。


「難民を誘導したのも、村の者たちの不和を作りやすくすためですね」


「くっくっくっ、そうさ。もともといた村人と、難民たちはこれからもっと仲が悪くなる。自分たちの主張を通そうと、怒声が絶えない村になるだろうぜ……このあたしの教えの下になぁ!」


「なんとおそろしいことを……」


「そんな、シスターシュゼット……じゃあ、わたしをたくさん怒っていたのも……」


「ずーっとイライラしてたからなぁ! てめぇの空気読めてねぇ一挙一動がよぉ!!」


「そんな……ひどいよ……わたし、シスターが怒ってくれたこと、直そうとがんばってたのに……なのに……」


「ひゃはっ! 最後の最後に極上にケッサクをカマすなぁ、ボケが! おい、シスターアリエル。サタンの使徒に鞍替えするなら、てめぇだきゃ助けてやるぜ」


「……えっ」


 アリエルはちょっと揺れました。


 でもすぐに唇をぐっと噛みしめて首をぶんぶん振りまくります。


「わたしは……主に仕える修道女だから! 悪魔の使徒の言うことなんて、聞かない!」


「よっく言ったなぁてめぇ!!!!!」


 シュゼットがぎらぎらと凶悪な笑みを顔に張り付け、戦斧を振り上げてとびかかってきました。


「ひぃぃぃっ!?」


 振り下ろされればアリエルは頭から股まで両断マッハでしょう。


「ぬぅん!!!」


 その戦斧をグレゴリウスが白刃取り!


 しかしその威力たるやすさまじく、圧してくるではありませんか!


 グレゴリウスが膝をつき、額に刃がひっついて切れたところでようやく戦斧が止まりました。


 シュゼットは華奢な風情ですが、四肢には引き締まった筋肉が絡みついて見事な肉体美です。


 腹筋もバキバキに割れていました。


 腹筋も!!!!!!!!! バキバキに!!!!!!!!!!! 割れてて!!!!!!!!!! えっちでした!!!!!!!!


「へっ、良く止めたじゃねぇか。だがこれで半分の半分の力だ。次はァ!! 半分の力でいくぜぇぇぇ!!」


「エィメン!!!」


 シュゼットははったりではなく、マジで威力を倍にして戦斧を振るいました。


 それを受け止めることはできず、グレゴリウスが飛び退いて躱します。


 敵の攻撃を受けて反撃を返すという、グレゴリウスの緑天派正統セイクリッドプロレススタイルが通用しないのは明らかでした。


「あたしの斧をどれだけ避けてられるってんだ、筋肉ダルマがよぉ!!」


 烈風のように振り回される斧に、グレゴリウスは追い詰められていきます。


「神父様!」


 アリエルが慌てて追いかけようとしますが、


「目障りだゴミ女!!!」


 シュゼットが小さくまとめた振りで戦斧を突き付けます。


「ひぃっ!?」


「シスター!」


 咄嗟にグレゴリウスがかばいましたが、その腕がざっくりと裂けました。


「ひゃはっ! 足手まといがいると難儀するなぁ! ゴリラよぉ!」


「シスターは足手まといなんかでは……」


「仲間に追いつけずに回復できねぇ黄天派なんざ、ゴミと同じだろうがよぉ!」


 事実、アリエルではグレゴリウスとシュゼットにはまるで追いつけていません。


 このままではいつかグレゴリウスはシュゼットに捕まって、斧で叩き斬られてしまうこと請け合いでした。


「神父様……!」


 懸命にアリエルも追いかけます。


「邪魔だ小娘!」


 しかしその都度、イライラとしたシュゼットがアリエルへ刃を向けます。


「危ない!」


 再びアリエルをかばうグレゴリウスの背が、ばっさりと斬られてしまいました。


「神父様!」


「ぎゃはっ! んっとぉによぉ、てめぇ愚図で駄目なゴミだなぁ、シスターアリエルよぉ!」


 膝をつくグレゴリウスに、シュゼットがとどめとばかりに戦斧を振り上げます。


「だ、だめ……!」


 アリエルが鼻水ずるずるで涙ぼろぼろ、膝もがくがくで動けないながら、震える声で訴えかけます。


「愚図のくせに、しゃしゃりやがってよぉ。これまで生きてきた中で、てめぇほど心底イライラさせてくるゴミはいなかったぜ、シスターアリエルよぉ!!!」


 凶悪なシュゼットの戦斧が、アリエルに無慈悲に振り下ろされました!


 悲鳴すら凍らせて、アリエルは剛と降ってくる斧を見つめるしかできませんでした。


 がきん


 しかし、どうしたことでしょう。


 その戦斧はアリエルを避けて地を叩きました。


「チッ……まだそんな力が残ってたのかよ」


 グレゴリウスの渾身の拳でした。


 横合いから殴りつけたおかげで、戦斧はアリエルの横すれすれの軌道へと反れたのです。


「……」


 不思議と、殴りつけたグレゴリウスは静かでした。


 なにかを、掴んだような。


「みえた……」


 肩を激しく上下させる呼吸の中にこぼれた言葉は小さすぎて、誰の耳に届くことなく空に消えていきます。


 痛みに耐えながら、グレゴリウスの瞳には火が燃えています。


「……気に入らねぇなぁ」


 戦斧を担ぎなおし、シュゼットが唾棄しながら言いました。


「気に入らねぇなぁ、その目ェ!!! イライラする!!! イライラする!!! イライラする!!! ああ、イライラする!!!」


 再び、怒涛のようなシュゼットの攻勢が襲い来ました。


 戦斧ひとふりごとにグレゴリウスの肉が削げ、血が吹き荒れました。


「くっ……津波のような攻勢、見事です……見事なまでの、サタンの使徒の攻撃ですよ! このままでは……」


 みえない。


 グレゴリウスの巨躯がフットワーク軽く、飛び跳ねながら回避に専念します。


 待っていました。


 グレゴリウスは、アリエルを信じて待つために苦手な回避に徹していたのです。


 もう一度、シュゼットの攻撃を見切るために必要なピース。


 決してくじけずに立ち上がってくれる。


 そう、戦斧にさらされて腰が抜けても、グレゴリウスがピンチならばきっとあの子は立ち上がる。


 そう信じていました。


 グレゴリウスがまさに両断されるというその危機に、


「神父様!!」


 シスターアリエルが立ち上がり叫びます。


「シスター!!」


 グレゴリウスが、横っ飛びに無様ですらある体たらくで戦斧から逃れてごろごろと転がり、そしてアリエルを背に立ち上がります。


「シスター! 回復をお願いします!」


「ひゃい!!」


 背中越しでもアリエルが鼻水ずるずるで涙ぼろぼろの脚がくがくなのが分かります。


 それでも精一杯伸ばした手で、背中越しにヒーリングしてくれるあたたかさをグレゴリウスはしっかりと感じました。


「ひゃはっ! 回復なんざでこのあたしの斧が間に合うかよ!!!! もろともに両断してやらぁ!!!! くたばれおめでたい頭のゴミどもがよぉぉぉ!!!!」


 渾身の一撃なのは、目に見えました。


 おそらくそれが振り下ろされれば、グレゴリウスを三人ぶち割ってもおつりがくるほどの威力だと肌で感じます。


 背後にアリエルをかばうなんてのも無意味な一撃が、来る。


 そんな絶体絶命の危地に、


「シスターアリエル!! シスターシュゼットをどう思ってましたか!」


「怒られるのは怖かったけど!! あんな風にできたらなって、尊敬してました!!!」


 グレゴリウスの叫びとアリエルの悲鳴がとどろきます。


「んだとコラッッ!!!」


 この状況でまだそんなことを言うアリエルに、余計イラついたシュゼットが、感情を爆発させて斧を振り下ろします。


「みえた!」


 威力が倍増して見えましたが、それ以上に見えるものがありました。


 戦斧の手筋です。


 グレゴリウス自身に向けられた戦斧は、シュゼットの手腕も相まって巧妙な攻め手でした。


 しかしその狙いがアリエルに向いた時、まるで盤外で冷静にチェスや将棋を見つめられるように、グレゴリウスは攻撃の筋を読むことができました。


 であれば、


「なにぃっ!?」


 再びその戦斧を横殴りに逸らす隙間を見出すことができたのです。


 渾身の一撃を凌がれて、シュゼットが驚愕に目を見開きます。


 大上段の攻撃だっただけあり、戦斧を逸らされて地を叩いたまさにその一瞬、身動きをとることができませんでした。


「今だ!!」


 ここしかチャンスはありませんでした。


 アリエルに回復してもらった力を絞り出して、グレゴリウスがシュゼットの懐に飛び込んでブリッジで跳ね上げます。


「なっ!?」


 天高くに飛ばされたシュゼットは、浮遊しながら手足をばたつかせるしかできませんでした。


 そんな不安定なシュゼットを、一拍遅れで飛び上がったグレゴリウスが追いついてキャッチ!


 頭上で逆さまに持ち上げたシュゼットの両腿を両手でホールド!


 その首を肩口で支えれば、まさにその技の形の完成でした。


「こ、これはまさか……!?」


「そう、ウリエルに指南されたヤコブ……いいえ、イスラエルが最も得意としたといわれる緑天派最大の必殺技フェイバリットのひとつ!」


 ウリエルに格闘技を習った男の名をヤコブと言いました。


 しかし免許皆伝と共にイスラエルというリングネームをもらったといいます。


 この技はその威力と完成度のため、直伝された男イスラエルの名が冠された必殺技!


 その名こそが!


「イスラエルバスター!」


 ずがん!!!


 シュゼットを固めたまま、グレゴリウスが尻から着地、いやさ着弾しました。


「きゃーーーーー!!」


 その衝撃でシュゼットの首、背骨、股に多大なダメージが与えられます。


 技をほどかれ、地に投げ出されるシュゼットはぴくぴくと痙攣して体を自由に動かせることができませんでした。


「クソ……このあたしが……ゴミとゴリなんかに……」


「だれでもふたりの主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか。どちらかである。あなたがたは、神と富とに使えることはできない……あなたがぼくとシスターアリエル、どちらかに専念して潰して回っていれば、違う結果になったことでしょう。憤怒に振り回されて、煽り耐性ミジンコだったあなたの負けです」


 グレゴリウスが、静かに十字を切りました。


「神父様……」


「シスターアリエル、この勝利はあなたの勇気がもたらしたものです。よく頑張りましたね」


「神父しゃま~~~!」


 鼻水ぐずぐずでアリエルがグレゴリウスに抱き着きました。




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