第六話
グレゴリウスが村に舞い戻ると、火がぼうぼうと燃え盛っていました。
「これは……!?」
ひとめで、人為的だと分かりました。
火の手は明らかに散発的にあがっており、一か所が燃えて延焼している風ではありません。
「エィメン!!」
グレゴリウスは大きくなりそうな火を見つけては、すぐ隣の家を叩き壊して回ります。
これで延焼を食い止めるのでした。
道行き村の井戸の付近に人が集まっていたので、グレゴリウスがそこへ駆けつけます。
「大丈夫ですか!? どこかに逃げ遅れた人は!?」
「神父様! それが村長の家で子供がひとり逃げ遅れてて……」
「シスターアリエルが飛び込んだまま出てこないんだ!」
「なんですって!?」
グレゴリウスが井戸から水を汲んだ桶を持って慌てて村長の家に飛んでいきました。
村長の家はどちゃくそ燃えていました。
今にも焼け落ちそうな家の中、
「たしゅけて~~~~~!」
シスターアリエルの声が聞こえてきました。
「シスターアリエル! 今行きますよ! エィメン!!!」
桶の水をひっかぶって、グレゴリウスが燃え盛る炎へ飛び込みました。
村長の家は村長の家なだけあって、大きくて火事中を走り回るのには厄介でした。
「シスターアリエル! シスター!」
「神父しゃま~~~~~!!」
奥のいい感じの広い部屋へとたどり着くと、炎の向こうにシスターアリエルがショタを抱きしめながら震えていました。
ショタは恐怖で錯乱しているのか、暴れそうになっているのをシスターアリエルが抱きしめて抑えているようでした。
「破ァェィメンッ!!!」
グレゴリウスが拳を振るえば、吹き荒れる豪風が炎を叩き砕きました。
「神父様!」
「危ない!」
炎が開けた向こうから、脚がくがくのアリエルとショタが泣きながら逃げてこようとしますが、なんと柱が折れてふたりの上に!
グレゴリウスがふたりに覆いかぶさるように飛び込みました。
倒壊する柱がグレゴリウスをしたたかにうち、しかも燃えてるもんだからあっちっちでした。
「ぐぅ……!」
「神父様!!?」
「ふたりとも、しっかり掴まっていてくださいよ!」
力を振り絞って、グレゴリウスがそのたくましい腕にふたりを抱えてダッシュです。
家の壁をタックルでぶっ壊しながら外へ一直線でした。
燃える家を突っ切って外に出たまさにその瞬間、燃える村長の家が倒壊しました。
結構、神父様が自分で壊した疑いはありました。
なんとか脱出したグレゴリウスは、ばたんとぶっ倒れます。
「グレゴリウス神父!」
「神父さん!」
外のみんながわらわら集まって、井戸の水をぶっかけまくりました。
「神父様、大丈夫ですか?」
シスターシュゼットも駆け寄りました。
「ぐぅ……」
「酷い火傷……」
グレゴリウスの背中はそれはもうひどいものでした。
しかし腕に抱えたアリエルとショタは無事マッハでした。
ショタの両親が泣きながら駆け寄って、
「シスターアリエル! どうして無策で突っ込んだのですか!」
「ひぇ……ごめ、ごめんなさ……」
「あなたひとりの軽率な行動で、犠牲が大きくなったかもしれないのですよ!」
火事の炎もかくやという怒りでした。
それにアリエルは、炎の家のただなかにいた時のように震えます。
「だって、わたし、黄天派だから……脚、はやいから……」
「結局、火事の中に取り残されていたではありませんか!」
「シスターシュゼット……もう、そのくらいで……シスターアリエルは、立派に子供を助けていました……」
火傷した背中をさらしながら、うつぶせで倒れていたグレゴリウスがよろよろ起き上がります。
「無事だったんですから、よろしいではありませんか」
「神父様、あなたがそんな風に甘やかすから……いいえ、今はやめておきましょう。シスターアリエル、神父様の手当てを」
「はひ!」
腰が抜けていたアリエルがグレゴリウスの背中にヒーリングを施しに這いつくばります。
グレゴリウスが周囲を見渡すと、火事こそはまだ燃えている個所はありますが、村人は大丈夫そうでした。
「もう住人は大丈夫ですから、安心してください」
シュゼットから事務的に言い渡され、グレゴリウスがほっとします。
アリエルのヒーリングと相まって、うとうととしてしまいました。
グレゴリウスが次に目覚めた時、教会の自分の部屋でした。
隣にはこっくりこっくりと舟をこぐアリエルがいました。
どうやらずっとヒーリングをしてくれていた様子でした。
「しんぷしゃま……?」
アリエルもよだれを垂らしながら目覚めました。
「神父様、まだいたい?」
「いいえ、もう大丈夫ですよ」
半身を起こしてグレゴリウスがほほ笑みます。
でも全然まだまだ火傷ひりひりで大丈夫じゃありませんでした。
ゴリゴリ痛いけどアリエルを安心させるように微笑みました。
アリエルは安心したようにほっとしましたが、すぐにきゅっと唇をかみました。
「ごめんなさい……わたし……子供が取り残されたって聞いて、いてもたってもいられなくって……」
アリエルがグレゴリウスの布団の裾をつまんで、おどおどぽつぽつ言葉を落とします。
そんなアリエルにグレゴリウスは、くっそごつい手でなでなでしました。
「確かに、少し軽率だったかもしれません。シスターアリエルと、あの子が助かったのは主の導きでしょう」
「はい……」
「でもきちんと見ていましたよ、あなたがあの子を抑えていたことは。シスターアリエル、あなたはあなただけでは解決できない道を選んで進んだかもしれません。しかし、その中で懸命に正しい道を選んだのです。あなたががむしゃらに正しい道を進んだからこそ、主はお目をかけてくれたのでしょう。シスターアリエル、あなたは自分が何もできないとおっしゃった。けれどあなた、主の御心に沿う道を往くというとても大切なことができているのです」
グレゴリウスの言葉に、アリエルが唇をくにゅーんってして泣きそうになるのを堪えました。
えぐえぐひっくひっくするのをグレゴリウスは温かく見守りました。
「神父様!!!!!! わたし、もっとがんばる!!!!! 今からがんばってきます!!!!!!」
そうして正義に燃える瞳でアリエルが飛び出していきました。
その勢いに逆にグレゴリウスがきょとんとしました。
それからベッドの上で体の調子を確かめました。
やはり火傷がひどくて肌が突っ張ったりして、痛みがえぐかったです。
火事の後に夜盗たちが来ていたら、やられていたかもしれません。
いや。
グレゴリウスは、痛みを堪えながら、あのタイミングはおかしかったと思いました。
まるで夜盗たちを逃がすために起こった火事に思えたのです。
この村に、野盗の仲間がいるのでしょうか……
「神父様」
そんな考えをしていると、シュゼットが部屋にやってきました。
「お加減はいかがですか?」
「ええ、だいぶん良くなりましたよ」
背中をかばうようにして、グレゴリウスは微笑みます。
しかしシュゼットは値踏みするようなまなざしでした。
「ほんとうですか?」
「……実はまだ」
よろしいとばかりに、シュゼットが頷きました。
「村の様子はいかがですか?」
「もう火は止みました。七軒の家が燃えてしまいましたが……」
「それは、また立て直しましょう。人はいかがでしょうか?」
「軽傷の者が少し出た程度です。それも、今シスターアリエルが張り切ってヒーリングしています」
「なら、大丈夫ですね。すぐにぼくも元気になって、働かなければ」
「すぐに元気になりますか、神父様。もしあの野盗たちが復讐にもどってきたら……」
「むむむ……それはまずいですね。今襲われたら、この状態のぼくでは……」
「そうでしょう。ですから神父様はこちらでゆっくりなさってください」
シュゼットが踵を返しながら、肩越しに微笑みかけてきました。
「後のことは、お任せください」
そうして姿を消しました。
グレゴリウスは、おやっと思いました。
シュゼットの微笑みを、初めて見たと思ったのです。
そして、それからそう時間を経ずに、
「ししししし神父様!!??!?!! ま、まままままたあの野盗たちが!!!!」
顔を真っ青にしたシスターアリエルが教会に駆けこんできました。