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イスラエルバスター!  作者: ローリング蕎麦ット
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第四話



 ある日、グレゴリウスは森で猪を退治していました。


 神の奇跡(拳)により、五匹を撲殺して、五匹をいっぺんに背負って帰るところでした。


「いやぁ、すげぇなぁ神父様は」


「五匹も猪をしばき倒すなんて」


「はっはっはっ、この程度はなんでもありませんよ」


「これでたらふく肉が食えるぜ、神父様!」


「神父様に一番いい肉を分けねぇとな」


「いえ、ぼくはささみ肉があればそれで……」


 グレゴリウスのように退治はできないけど、森の様子を探ったりするために、村の男たちもついてきていました。


 ただし猪を見つけても、怪我しないように決して手出ししないことを言い含めていました。


「うう……」


 しかし村人たちと合流しながらのグレゴリウスの帰路、ひとりの男が血を流して倒れていました。


 いっしょに森へやってきた男でした。


「だいじょうぶですか!? まさか猪にやられて?」


 見れば男は、腹から血を流していました。


 猪の牙にやられてしまったのでしょう。


「くそ……あんな猪、俺だって……」


「そんな!? 手を出さないでくださいって言ったではないですか!」


「うるさい! 俺だって……」


 グレゴリウスは猪五匹をいったん地面に置いて、悔し気にうめく男を背負いました。


「猪の牙はたいへん危険だと注意したではありませんか」


「うるさいな……俺だって、退治したかったんだ」


「そんな急にできるものでは……」


 グレゴリウスはすっかり困った顔で、男を教会へと運びます。


 男は難民でした。


 戦えずに野盗に村にやられたのが悔しかったのだろうかとグレゴリウスは想いました。


「シスターアリエル、いますか?」


 教会の床に男を寝かせながらアリエルを呼びました。


「ふぁ~い」


 だらしない顔で、ねぼけまなこのアリエスが教会の奥から現れました。


「なんでふか~しんぷしゃま~」


「急患です」


「急患……ぴぃ!?」


 血まみれの男を認識して、みるみるアリエルの顔が青ざめます。


「血……ちちち、血なんて……わたし、わたし……」


 赤いそれに怯えるように腰が引けて、涙目です。


 そんなアリエルを押しのけて、シュゼットが急いで水を張った桶を運んできました。


「なにをしているのですか! 早くマナを注いで!」


 てきぱきと服を破いて傷に濡れたタオルでぬぐい、シュゼットが怒鳴ります。


「でも……でもぉ……」


 拭ってもにじむ傷口の血に、アリエルははひはひと過呼吸です。


「シスターシュゼット、治癒は不得手ですがぼくが」


 ぐずぐずとするアリエルに代わって、グレゴリウスが傷口に手をかざします。


 教会では生命力をマナと呼んでおり、それを人に分け与えてヒーリングします。


 緑天派は黄天派ほど、このヒーリングが得意ではありませんでした。


 ですがしのごの言っている場合ではありません。


「はぁぁぁ! マッスル!!!」


 渾身の力でグレゴリウスが自分のマナをひねり出して傷口に注ぎます。


「うう……あつい……暑苦しい……」


 干渉効率が悪い緑天派のマナで帯びる熱に、傷口が痛むようでした。


「だいじょうぶですか? 気をしっかり持って!」


 余計暑苦しいグレゴリウスの顔が近づいて男が顔を背けました。


 なんやかんやあって、傷口は塞がりました。


「ふぅ、なんとかなりましたね……」


 治癒を終えたグレゴリウスは、なぜか上半身裸でした。


 額をぬぐい、きらめく汗が教会の空に散ります。


「おや、シスターアリエルは?」


「外に出ていきましたよ」


 シュゼットがつれなく言います。


「む……シスターシュゼット、この方をお願いしますね」


 グレゴリウスは、治癒した男をシュゼットに預けて外に出ました。


 少し回りを見渡して探すと、小川でアリエスが体育すわりしていました。


「シスターアリエル」


「神父様……」


 しょんもりしていたアリエルが顔を上げます。


「もう怪我人は大丈夫です」


「そっか……」


「なぜか暑がっていましたが」


「そうだろうね」


「……誰にだって、得意なことと不得意なことがありますよ。シスターアリエルが、できることを頑張りましょう」


「……あるかな」


 ぽつりとアリエルがさみしげに言葉をこぼしました。


「わたしに得意なことなんて……あるかな」


「シスターアリエル?」


「わたし、肝心な時にほんとに全然だめだめで、こないだだってぶどう酒の管理間違えてシスターシュゼットに怒られちゃって……」


「……」


「ぜんぜんなにも上手にできないから、それを誤魔化すためにふざけたりするけど……それって逃げてるってことなんだってわかってるのに……」


 体育座りの膝に、アリエルが顔をうずめます。


「……シスターシュゼットは、すごいね。あんな風にはっきりものを言えて、わたしより全然たくさんのことができて……」


 言葉を重ねるたびに、アリエルはどんどん沈んでゆくような気持になってしまいます。


 そんな背中にぽんとあたたかくて大きな手が添えられました。


「シスターアリエルは、とても明るくて元気です」


「……ばかなだけだよ」


「みなさんをたのしい気持ちや、うれしい気持ちにさせるために一生懸命です」


「……ふざけて気を引くことしかできなんだ」


「人を癒すのがたいへん上手です」


「……そんなの黄天派だから、できて当然なんだもん」


「いつもぼくにできない斬新な発想を思い浮かべて、とても尊敬します」


「……怒られることばっかりしか思い浮かばなくて、いやになるんだ」


「歌と踊りがたいへん上手です」


「……」


「失敗してもめげず前向きにお手伝いをしてくれます」


「……」


「シスターアリエル?」


 絶え間なく襲い掛かるグレゴリウスの悪意なき褒めの連撃に、ついにアリエルが押し黙ります。


 しかし顔を覆う体育すわりに、哀愁の気配はありません。


 なんだかもにょもにょもじもじしている様子でした。


「……まだある?」


 体育すわりに埋もれている顔から、か細くアリエルの声が漏れました。


 グレゴリウスがにっこり微笑みます。


「ええ、もちろんです」


「もっと言ってほしい……」


「はい」


 アリエルは覆ったままの顔をによによさせてwktkします。


 アリエルはちょろい女でした。


 その後、グレゴリウスはくっそ真面目にアリエルの良いところを5000兆個挙げて、アリエルは完全に復活しました。


「もう~神父様はほんとに~わたしを好きすぎィ~」


「はっはっはっ」


 アリエルはすぐに調子に乗りました。


 スキップしたり、くるくるしたりするアリエルといっしょに、グレゴリウスは一緒に帰りました。


 その途中、ふたりの村人たちが言い争っていました。


「おやおやどうしたんですか」


「あっ! 神父様、聞いてください!」


「こいつが言いがかりをつけて来たんだ!」


「なんだとこの野郎!」


「神父様、俺はこいつと一緒に狩りに行っていたんだが、こいつが俺の獲物を横取りしたんだ!」


「馬鹿言え、あれは俺が見つけたもんだった!」


「いいや、俺が先に見つけたんだ!」


「俺だ!」


「俺だ!」


 両者一歩も譲らぬ様子で、なんともいがいがしていました。


 これには神父様も困ってしまいました。


 困った以上に、驚いてしまいました。


 これまでこんな場面があったら、お互いに譲り合っていたのです。


 なのに喧嘩腰になりながら言い争うなんて。


「落ち着いてください、そんなに怒らずに譲り合おうではありませんか」


「おいおい神父様」


「譲り合うなんて、損しちまうじゃないか!」


「損得ではなりません。そのように狭い心で言い争っては心が貧しくなってしまうのです。よいですか、救世主もこのような言葉を残しております……」


 路上で訥々とグレゴリウスがいい感じの教訓を説いて、半分こしましょうと言うと、ふたりは不承不承ですが従いました。


 ひとまずそれで収まりましたが、もやもやした気持ちがみんなに広がりました。


「なんだか、いやだね」


 再び帰路を歩き出すと、アリエルがちいさくつぶやきました。


「人間ですから、ああしてとげとげすることもありますよ」


「でも、こんなことってあんまりなかったと思うな……」


 確かにグレゴリウスが着任してからは、ああいった小さな争いもそんなに記憶にはありません。


「ここからここが俺の敷地だ!」


「いいや、そこはもう俺の家の敷地に入っている!」


 さらに進んでいくと、また言い争いがありました。


 どうやらお隣どうしのふたりでした。


 片方はずっとこの村に住んでいる男で、もう片方は難民の男でした。


「これこれ、どうしたんです?」


「あっ! 神父様!」


「聞いてください、こいつが図々しい主張をしてくるんです!」


 ふたりの言い争いは、ここまでが俺の敷地だ、いいやそこまでは俺の敷地だ、という感じでした。


「落ち着いてください、ふたりとも。しっかりと敷地を決めてはいませんでしたが、そんなに怒らなくてもよいではありませんか」


「いいや、こういうことで引いちゃいけねぇ」


「そうだ、自分が正しいならそれを通すべきだ」


 さっきと似たように剣呑な雰囲気です。


 グレゴリウスとアリエルは顔を見合わせて目をしばたかせました。


 また一席ぶってふたりを説得しなければとグレゴリウスは、いい感じの教訓を聖典から引用しようと思ったその時です。


 教会から鐘が鳴り響きました。


 これを聞いてその場の誰もが驚愕します。


 その鐘は時刻を告げるものではなく、敵襲を告げるものだったからです。





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