第三話
あたたかいぶどう酒を飲んでひとごこちついた難民たちですが、中には具合の良くない者もいました。
それをひとりひとり、グレゴリウスとアリエルが診て回ります。
「むむ、これはいけませんねぇ。シスターアリエル、こちらの方を診てください」
「は~い、癒しの天使アリエルちゃんがぱぱっとあなたをヒーリング!」
たれ目がちな目がいやる気に満ちて、普通の人の目の角度くらいになったアリエルが飛んできます。
そうして、
「いたいのいたいの~とーんでーいけ~!」
患部に手を当てて、気の抜けた声で念じ始めました。
するとどうしたことでしょう。
具合の悪そうだった男の顔色が良くなってきました。
「ああ、あちらのシスターは黄天派でしたか」
シュゼットが納得した顔でグレゴリウスに確認をしました。
黄天派というのは、教会の派閥のようなものです。
でも権力がどうとかというよりも、推しの問題でした。
癒しや旅の安全に加護のある大天使ラファエルを推している人たちが黄天派と呼ばれ、ヒーリング能力に長けているのです。
しかし修行が未熟なものは、心が浮ついてよく調子に乗ったりしふざけたりします。
まさにアリエルがそうでしたでした。
「ええ、そうです。ちなみにぼくは、こう見えて緑天派で修業していました」
緑天派の推しはウリエルです。
ウリエル推しの緑天派は、特に真面目で勤勉な人たちが多い感じでした。
それとウリエルは教会の昔話で昔の人に格闘技を教えたので、緑天派のひとたちもよく徒手空拳の格闘技を学びました。
なのでグレゴリウスもむきむきでした。
「私は……治癒は得手ではなく……」
治癒にはあたれないシュゼットが、もごもごと言いました。
それにグレゴリウスは穏やかに微笑みます。
「いいのです。主は人を完璧におつくりにはなられませんでした。人には得意なこと、不得意なことがあって自然なのです。自分ができることで、頑張りましょうね」
シュゼットが頷き十字を切りました。
さて、村で協議をした結果、難民を受け入れることになりました。
困った時こそ、助け合おうの精神でした。
いかんなく神の平和の教えが発揮され、グレゴリウスもにっこりです。
さっそく難民が住む場所を作ったり、働く畑の割り振りをしたりしました。
グレゴリウスも微力がら家を作るのに協力しました。
手刀で木材を割り、勘でぴったりと平衡を出して、見事なお家を次々建てます。
シュゼットはスカートふりふり、チアリーディングをぽんぽんしてまたシュゼットに怒られました。
みんなの家ができるまでは、かなりの人数を教会で預かっていました。
そんな状況でも、グレゴリウスは神父としての聖務をこなします。
当然、シスターシュゼットも教会で寝泊まりすることになりましたが、たいへん手際のよいシュゼットにグレゴリウスは感心しました。
掃除洗濯は完璧で、鐘の音を鳴らす時刻はたいへん正確でした。
当時は時計なんて普及していないので、基本的に教会が「そろそろ昼だなぁ」「そろそろ日没だなぁ」と鐘を鳴らして、今このくらいの時間だよ、と村に知らせていました。
それで仕事を一区切りしたり、もう眠ろうかと指針にしていたのです。
ミサの準備は的確で、ぶどう酒の数も説法を聞いている人数とぴったりです。
もちろん聖体をハート形にも焼きません。
短い期間でシスターシュゼットはすっかり仕事を任されました。
「さてヨルダンの西側の、山地、平地、およびレバノンまでの大海の沿岸に住むもろもろの王たち、すなわちヘテ人、アモリ人、カナン人、ペリジ人、ヒビ人、エブス人の王たちは、これを聞いて心を合わせ、相集まって、ヨシュアおよびイスラエルと戦おうとした────」
難民を受け入れてすっかり落ち着いた頃合い。
その日もグレゴリウスはミサで説法をしていました。
その日の選曲はヨシュア記です。
ヨシュアという指導者の元、ばちばち他民族と戦争していた聖典におけるファンタジー戦記です。
そ話の途中で、ギブオン人というヨシュアに敵対していた民族が出てきます。
ギブオン人はヨシュアたちにやられてしまう前に、自分たちを遠くからやって来た民族だと言い張って、ヨシュアの軍門に下ります。
「ヨシュアは、その日、彼らを、会衆のため、また主の祭壇のため、主が選ばれる場所で、たきぎを切り、水をくむ者とした。これは今日までつづいている────」
ヨシュアはこれを受け入れて、ギブオン人を木を刈り水を汲む仕事に就かせました。
ここで一区切り、グレゴリウスが聖典から顔を上げて、会衆を見渡します。
「このように、主は敵対していた民族でも心を開いて受け入れなさいました。みなさんの中でも、もしかすると主の御心にそぐわない行いをしていたことがあるかもしれません。しかし、おそれることはなく、どうか素直に頭を垂れ、許しを請いましょう。きっと主はそれをあたたかく迎え入れてくれることでしょう……」
しみじみと説法するグレゴリウスに、会衆は「誠実にならなきゃなぁ」「神様はあったかいなぁ」みたいに感じ入りました。
しかしそこに待ったをかける凛然とした声が響きます。
「神父様、僭越ながら申し上げます」
「シスターシュゼット?」
祭壇のとなりに控えていたシュゼットでした。
ずいと前に出れば、朗々と言葉を紡ぎます。
「ギブオン人は卑怯にも他に連合している民族を出し抜いて、先んじて降伏しました。それは信心ではなく、損得勘定での行動だったのです。ギブオン人は自由を得ようとして、かえって木を刈り水を汲む奴隷になってしまったのです。虚偽は決してその目的を達することはできないという主張こそが、説くべき要旨ではないでしょうか」
鋭い言葉はまるで舌鋒のようにグレゴリウスへと突きつけられます。
「は、はぁ……そういう解釈もありますが……」
「みなさんはギブオン人のような虚偽に倣わず、己の主張を通しましょう。つよく、己の気持ちを解き放つのです」
「いえ、しかしそうするとギブオン人たちは全滅していたかもしれなくて……」
「主を信じる者たちと、主とは違う信仰を持っていたギブオン人は異なります。主を信じているみなさんならば、堂々と自己主張をすることこそが主の御心に沿うのです。みなさんは、己の思うように行動すべきなのです。自分を大切になさってください」
漲る自信を伴うシスターシュゼットの言葉に、会衆も「なるほどなぁ」「自分を大切にしないとなぁ」「堂々としないとなぁ」思いました。
「あの……しかし和を講じることも大切ともヨシュア記からは読み解けまして……」
「和などというものは己を確立した上で初めて結べるもの。みな、神父様のように屈強ではないのです。これから神の教えのもとに育ってゆく人々には、まずは私の説く要旨にこそ沿うべきなのです」
シスターシュゼットの強弁に、グレゴリウスもたじたじです。
「みなさん、どうか他者と意見がぶつかろうとも、己を曲げることなくつよく在りましょう」
すっかり会衆はシュゼットの言葉に耳を傾けるようになってしまいました。
このようにグレゴリウスを押しのけるシュゼットのすがたがたびたび見られました。