第二話
あの日、グレゴリウスは畑仕事を手伝っていました。
昔の中世ヨーロッパの村では、木を切って森を開拓するか畑を耕すかしかすることはありません。
グレゴリウスの筋肉は、畑仕事でも大活躍でした。
牛で耕すよりも多く、しかも早く土をひっくり返していきます。
「神父様、もうそんなに耕しちまったのか」
「早すぎィ」
「はっはっはっ、こう見えても修道士だった頃は肉体労働をしておりまして」
どう見ても肉体労働をしていた筋骨隆々の神父様は、鍬を止めずに苦笑します。
「おーい神父様、ちょっとこっちに来てくれんかー」
さて、その途中に向こうの畑から声がかかります。
はいはいなんでしょうとそっちへ行くと、村人が地面を指さします。
「どうもここにでかい岩が埋まっちまってるようでなぁ。取り除いてくれんかい」
「お安い御用ですよ」
グレゴリウスはにっこり笑って鍬を横に置きました。
そして両手を土の中に差し込んで、奥にある巨大な岩を掴みます。
「ぬうんェェェイメン!!」
岩に十指をめり込ませて掴んでしまい、あとは引っこ抜くだけです。
仁王のような顔でグレゴリウス神父は力をこめます。
この前に森で破れたけどシスターアリエルがハート型のアップリケで直してくれた神父衣がまた二の腕まで破れました。
ずぼっ!
グレゴリウス神父の聖なる祈りが届き、見事に人の背丈よりも大きな岩が引っこ抜かれました。
見物に来ていた周囲の畑の者たちもこれには感嘆の声を上げます。
「ぼくはこの岩を郊外に捨ててきましょう。岩を抜いてできた陥没は埋めておいてくださいね」
そうしてグレゴリウス神父は、大岩をかついで村の外へとずしんずしんと歩いていきました。
その様はまるで黒龍波を見せてもらったお礼にと、以前の闘技場から舞台を背負ってきた戸愚呂(弟)のようでした。
グレゴリウスに道を譲ろうとして、村人どうしがぶつかったりします。
「おっとっと、ぶつかっちまった、すまんすまん」
「いや、俺も見ていなかったよ、すまんすまん」
しかしグレゴリウス神父の教えが行き届いている村人たちは、穏やかな心でにこにこと謝り合います。
グレゴリウス神父は、のどかな郊外にずしんと大岩を捨てました。
転がって誰かを轢かないように、半分くらい地面に埋め込ませて配慮も行き届いています。
「おや」
そうして村に戻ろうとかと振り返る視界の端に、人を捉えました。
ひとりふたりではありません。
随分と多くの人間が、動いてこちらに近づいてきています。
グレゴリウス神父は、何事だろうかとその一団へと歩いていきました。
多くの人たちは、まるで着の身着のまま放浪してきたかのようにぼろぼろで疲弊していました。
「こんにちは、どうなさったんですか?」
「ああ、神父様、お助けください!」
グレゴリウスのあいさつに応じたのは、先頭に立っていたシスターでした。
比較的、旅塵が少ないりりしいたたずまいの釣り目がちな女性です。
「こちらの方々は、野盗に村を襲われて逃げた難民なのです」
「なんですって!?」
「どうか受け入れていただけないでしょうか?」
「それはもう! ついてきてください!」
「聞こえましたね、みなさん。もう少しで休めます、どうかこの神父様について参りましょう。主は我々を見捨てませんでした」
シスターとグレゴリウスの言葉に、難民たちの目が最後のちからを振り絞るように燃え上がりました。
それからグレゴリウスは、丁寧に自分の村に難民を案内しました。
そして教会で休んでもらうことにしました。
難民たちはやっとひとごこちつけると、へたりこんでうずくまってしまいました。
「たいへんな目にあいましたね、みなさん。しかしもうだいじょうぶです。どうか、今後の方針が決まるまでこちらでゆっくりなさってください。すぐに、あたたかいぶどう酒を用意しますので」
「ありがとうございます神父様」
難民を代表するように、先頭に立っていたシスターが楚々と十字を切ります。
「あなたもよく、みなさんを励ましてくださいました……ええっと……」
「私はシュゼット」
シスターが凛然と豊満な胸に手を当てて勇ましさを含んで微笑みます。
「シスターシュゼットですわ、神父様」
「シスターシュゼット。ぼくはグレゴリウスと申します。よろしくお願いしますね」
「あの……ところでグレゴリウス神父」
「はい、なんでしょうか」
「……どうして二の腕まで服が破れているのでしょうか?」
「これは……はは、すみません、ちょっと神のご加護が強すぎて……」
「服装の乱れは心の乱れにつながります。神の教えを説く神父様には、威厳も必要なのですから、きちんとなさってください」
「す、すみません……」
きりりと柳眉を逆立てて怒られてはグレゴリウスもたじたじでした。
「みっなさ~ん! おつかれさまでした! あったか~いぶどう酒を用意しましたから、これでリラックスしってくっだっさーい!」
そんな中、奥からバーンッ!と扉を勢いよく開けて、シスターアリエルが銀盆にいくつもコップを載せて現れました。
修道衣の上から白いエプロンを掛けで、スカートの裾も短めにそろえちゃったりしちゃって、片手でお盆を支えてもう片方の手では裏ピス。
軸にしていない脚をえぐい内股にキメたそのポーズは、メイド喫茶でさぞや映えそうでした。
「あなた」
そんなアリエルの右肩を、シュゼットががっちり掴みます。
シュゼットの顔は羅刹のようでした。
「なんて格好をしているんですか!」
「ぴぃっ!? だれ!?」
「こちらはシスターシュゼットは難民の方々を率いてくださったシスターで……」
「修道衣をそんな風に改造してはしたない! なんと軽薄なんでしょう!」
「ぴえ~ん!」
びしばしと指導が入るアリエルが泣き出しそうになりました。
たれ目がちで胸も貧しいアリエルが震える様子は、まるで小動物がおびえる趣があり、こう、なんというか……興奮します。
「それでもシスターですか! それになんですかその貧しい胸は!」
シュゼットも、そんなアリエルの様子に熱が入ってか、がみがみと怒鳴る声が大きくなってゆくではありませんか。
疲れている隣で、怒声がまき散らされるのは、難民も良い気分ではありません。
でもなんだよ、と思ってそちらを見ると、綺麗系な勝気のシスターが、小動物系の調子乗りのシスターを叱っている様子なので、これはありかもしれないと一部の難民は想いました。
「まぁまぁ、シスターシュゼット、ほら先にみなさんにぶどう酒を振舞わないと……」
「あら、そ、そうですわね……しかし神父様も、その服は直しておいてくださいね」
ぷりぷり怒りながら、シュゼットが銀盆からぶどう酒をいくつか取って、難民に振舞う手伝いをし始めます。
「こ、こわかった……あんなに怒らなくてもいいのにぃ……」
すっかり怯えたアリエルの様子に、グレゴリウスは困ったような苦笑をしました。