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イスラエルバスター!  作者: ローリング蕎麦ット
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第一話




 むかしむかし、あるところにグレゴリウスという神父さんがおりました。


 グレゴリウスはフランク王国という、今でいうフランスとイタリアとドイツを併せた国の、超絶くそド田舎の村の教会で暮らしていました。


 グレゴリウスは自分に厳しく、つらい修行も耐えられる男でした。


 なので神父衣がぱっつんぱっつんになるくらいムキムキでした。


 まさにゴリでした。


 でも人にはとてもやさしく親切な男で、村人にはたいへん慕われておりました。


 ある日曜日に、グレゴリウスはミサを司式していました。


 ミサというのは教会の典礼です。


 むかしの教会の偉い人が、「これは私の体である」と仲間にパンを食べさせて、「これは私の血である」と仲間にぶどう酒を飲ませました。


 なのでその偉い人をリスペクトしてるみんなが、「つまりパンとぶどう酒を飲み食いすれば偉い人と一体化できるのでは?」という理論でパンとぶどう酒を飲み食いする会です。


 好きな芸能人がやったムーヴを真似してきゃっきゃっしてる感じでした。


 こぢんまりとした教会に、たくさんの村人たちが詰めかけていました。


 この時代、教会にベンチとかありません。


 会衆は地面に座ったり、座布団を敷いています。


 素朴とすら言える教会の中、粗末な祭壇でひとりの筋肉むきむきの男が使い古した聖典を開き、厳かに説法をしていました。


「だれでもふたりの主人に仕えることはできない。一方を憎んで他方を愛するか、一方に親しんで他方を軽んじるか。どちらかである。あなたがたは、神と富とに使えることはできない……」


 張のある声はどこまでもやさしい響きでした。


 そうです、神父衣ぱっつんぱっつんのグレゴリウスでした。


「みなさんの中にも、暮らしを豊かにするためのたくわえをなさっておいでの方もいらっしゃるでしょう。ですがほんとうにみなさんを豊かにするのは、お金ではありません」


 そっとグレゴリウスはむっきむきの胸筋に手を当てました。


「主の御言葉を信じ、心穏やかにみなさん仲良く暮らす。これこそが神の望む真の豊かさなのです」


 ミサではパンとぶどう酒を飲み食いする前に、こうした神父様のライブがあります。


 聖典の言葉を引用して、生活の模範を示したりして、会衆のハートをいい感じに掴むのです。


 グレゴリウス神父の引用するマタイによる福音書第六章二十四節に、教会に詰めかけた村人たちは「いいこと言うなぁ」「まったくその通りだなぁ」と思ってうんうん頷いていました。


「もしもあなたがたが、片方しか選べないとても大切な道の分岐点に立った時、どうか思い出してください。本当にあなたが望んでいたものを。だれでもふたりの主人に仕えることはできないのですから」


 やさしく降り注ぐ神父様の言葉に、村人たちはぐっと来ました。


 さて、説法が終わるとグレゴリウス神父の隣で、うんうん頷いていたシスターがベルを鳴らしました。


 ミサが進行する合図です。


 グレゴリウス神父が、ぶどう酒が満たされた銀色の聖餐杯を捧げて、


「この杯は、主の血なり」


 と聖別の言葉を唱えます。


 そしてすかさず、隣で静かにしていたシスターが、これまた聖別されたパンの乗っている銀のお盆を取り上げます。


「みっなさ~ん! 愛情たっぷりこめて焼いた聖体! しっかり味わってくださいね~!」


 片目ウィンク舌ペロで、頬に片ピスを寄せながらシスターが祭壇にしゃしゃり出ます。


「今日はかわゆく、聖体をハート形にしてみました!」


 聖体というのはパンのことで、昔の偉い人が「これは私の体である」と言ったのを真に受けて、教会ではミサで使うパンを聖体と呼んでいました。


 あと、普通はミサを司式する時、神父様のお手伝いをするのは助祭という立場の人ですが、この村は超絶ド田舎なので人がおらず、シスターが手伝っていました。


 この教会には神父様のグレゴリウスと、修道女のアリエルという女の子ふたりだけが暮らしていました。


「シスターアリエル」


「はい!」


「とってもかわいい出来栄えですね」


「でしょでしょ~もっと褒めていいんですよ? さらにさらにかわいい聖体を焼いたわたしも、褒めていいんですよ~神父様!」


「ええ、とってもかわいい聖体で、よく焼いてくれました。ありがとうございます」


「んふふ~!」


「でもあとでお説教です」


「なんで~!?」


 とてもやさしいグレゴリウス神父にも越えられないボーダーがありました。


 結局、ミサはハート形の聖体で進みました。


 列を作って並ぶ村人ひとりひとりに、神父様はシスターから受け取った聖体を口に含ませて、それから両手で捧げている銀杯のぶどう酒を授けます。


 ぶどう酒を拝受したひとり、またひとりが教会を出ていきながら、「いやぁいいお話を聞けたなぁ」「パンとぶどう酒を飲み食いして昔の偉い人と今自分は一体化しているなぁ」と清々しい気持ちで帰路につきます。


 その後は、神父様とまだおしゃべりしたい人が残ったりして、まったりとしました。


「今日もありがとうございました神父様」


 人もまばらになった頃合いに、村人の木こりがつつましい態度でグレゴリウスにお礼を言います。


 それを受けたグレゴリウスは穏やかな姿勢でした。


「いえいえ、どういたしました。またこれから一週間、主のご加護がありますように」


「それで、そのう、神父様に相談があるんですが……」


「おや、なんでしょうか。ぼくにできることなら、尽力いたしますよ」


「それが、森でどうしても邪魔な切り株がありましてね。そいつをどかせば、仕事がしやすいんですが……」


「それを取り除けばよいのですね。分かりました。今からでも案内していただけますか?」


「それはもう」


「シスター、少し出かけます。後片付けと掃除をお願いしますね」


「はい神父様!」


 シスターアリエルが裏ピスで返事をしました。


 木こりに案内されて、グレゴリウスが森の中へ分け入ります。


 うっそうと茂る木々の向こう、拓けた場所に出ました。


 たくさんの木々が切り倒された場所で、立派な木であったろう切り株が鎮座しています。


「これは大きな切り株ですね」


「木こり仲間で引っ張ってもどうしても引き抜けなくて……」


「どーらぼくにまかせな、このグレゴリウスに!!」


 グレゴリウスが腰を落として切り株をがっぷり抱え込みました。


「父と子と精霊の御名において、切り株を退けたまえ! エィメン!」


 グレゴリウスの筋肉が盛り上がりました。


 着ている神父衣がはちきれんばかりです。


 するとどうでしょう、ずぼっと切り株が引っこ抜けたではありませんか!


「すげぇ!!」


「はっはっはっ、主の御業の前にこの程度のことは簡単なことです」


「いやぁ、ありがとうございました神父様」


「これからも、何かあったらおっしゃってください。微力ながら、お手伝いしますよ」


 微力(剛力)でした。


 こうしてひと仕事終えたグレゴリウスは、木こりと談笑しながら教会へと帰ります。


「あ~神父様! おかえりなさーい! お昼ごはんの用意もできちゃってますよ~! 今日は神父様の好きなささみ肉ですよ!」


 教会に近づくと、玄関前を掃除していたシスターアリエルが、スカートの裾をひらひらさせながら、くるくると踊るように、そして一言一言にキメポーズを作って出迎えてくれました。


 その動作は少女らしい活発さと、無駄にちょろちょろしてうざいことこの上ありませんでした。


「ヴモ゛ーーーー!!」


「あー! 俺の牛が!!」


 おっと、そんなひらひらしたアリエルめがけて、牛が突っ込んでくるではありませんか。


 ひらひらしたスカートの裾がうざかったのか、はたまたアリエルのキメポーズがうざかったのかは判断しかねますが、人をひき殺しかねない勢いで突っ込んできます。


「危ない!」


 咄嗟に、グレゴリウスがその間に飛び込みます。


 そしてどっしりとした構えで、なんと牛を真正面から受け止めてしまったではありませんか!


 筋肉がむきむきに膨れ上がり、神父衣の二の腕まで破れてしまいました。


「エェェェェェイメン!!!!」


 そしてグレゴリウスは、なんと牛をひねりながら地面に転がしてしまいました。


 見事な上手投げです。


「す、すまねぇ神父様、シスター! まさか畑を耕す牛があんなに暴れるなんて……」


「ぼくは大丈夫です。シスターも無事ですね?」


「は、はい……ありがとう神父様」


「普段は温厚で大人しい牛なのに……よほどシスターがうざかったんだろうなぁ……」


「はい、牛も暴走するほど、シスターアリエルがうざかったのでしょう。仕方のないことです。誰にも罪がなかったことです。誰も怪我しなかったことを、主に感謝いたしましょう……」


 神父様が厳かに十字を切り、牛の持ち主もそれに倣いました。


 シスターアリエルは釈然としませんでした。




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