54 逃走
「さて、ここからどうやって出よう」
窓は天井に一つだけ。ご丁寧に鉄格子までされている。
見渡しても、武器になるようなものもない。
ドアの外には、見張りの気配がする。
多分一人だ。
仕方ない。この手は使いたくなかったが、第一王子が何やらやらかしそうだから、急ぐとしよう。
私は、首にかけた小ぶりだが質の良いサファイアのネックレスを外した。
中央にサファイアを置き、その周りを葉のようにプラチナの台座で囲んだシンプルなものだ。葉の上に朝露が載っているイメージだとデザイナーは言っていたが、私から見ると人間の目を縦にして、瞳がサファイアになっているといった方が近い。
ただ、その目頭の先端はよく見ると、マイナスのドライバーのようになっている特注品だ。
通話石のイヤリングは取られてしまったが、これだけは何の魔力もこもっていないので、没収されることはなかった。
ベットに行くとかけ布団をはがし、きちんとベットメイクされたシーツにペンダントヘッドを突き刺した。
手早くシーツを裂き、細いひもと端切れを数枚作る。
「よし、何とかなりそう」
それから、お風呂場のドアを半開きにすると、しゃがんでドアノブを観察した。
ドアノブはシンプルなレバーハンドルを握って下に下げると横のラッチが引っ込んでドアが開くという、一般的なものだった。
「これならいけそうね」
私はレバーハンドルの付け根のネジをペンダントヘッドのドライバーで回して外していく。
鍵がついていないドアノブは、あっけなく外すことができ、横のレーバーハンドルを今度は縦に付け直す。
もちろんレバーハンドルは、縦になっているものを左に90度下ろせば また簡単に開く。
さて、これからが本番。
この縦になっているハンドルを部屋側とお風呂側をラッチの下を通るよう、一緒に先ほど裂いたシーツのひもできつく結ぶ。
こうすると、片側からレバーハンドルを下ろそうとしても、ひもが伸びないのでハンドルは下せなくなるのだ。
なぜ、こんなことを知っているかというと、弟が小さな時、居間から玄関に出られないように、ナイロン紐を輪にして固定してあったのだ。
大人が出入りするときはこの輪を外すと簡単に出られる。
今回は簡単に外れては困るのでさらにお風呂場の方のハンドルをシーツでくるくる巻いて、剣でも簡単に引きちぎれないようにしておく。
それから、ハンドルに細工したことがばれないように、さりげなくタオルをかけて置く。
さりげなくとはお世辞にも言えないか………。
まあ、そんなことは気にしない。
ふっふっふっ。
「完璧。これでハンドルは動かせないわね」
それから、トイレの中にシーツの切れ端をどんどん入れていく。
「こんなもんか」
あまりに露骨に詰めるとすぐばれるので、何が詰まったかわからない程度に何度か水を流しながら調節していく。
ほどなくして、水があふれだし床が濡れる。
古典的な手だな。
私は入り口まで走っていき、ドンドンと扉をたたきながら、見張りに向かって大声で叫んだ。
「大変です。水が溢れてきちゃいました!! 助けてください!! だれかぁ~助けて~」
ドンドンドン!
「うるさい。静かにしろ!」
「だって、トイレから水が溢れて、部屋中水浸しになります!!」
「…………。」
「下に水もれすると大変じゃないですか? ああ! どんどんあふれてます~」
「わかった、今ドアを開ける。俺の剣が届かないところまで下がっていろ」
「わかりました!」
私は、シーツでぐるぐるになったドアの前まで行くと、背中で見えないように隠した。
水は結構流れ出ていて、こちらの部屋まで濡れている。
ガチャっと、扉が開いたのを見て、手招きして床を指さす。
「早く、お願いします。もうここまで水が溢れています」
見張りの兵はギョッとして、部屋に駆け込んでくる。
「そこを動くな」
頷く私を確認して。
逃げる気がないと思ったのか、トイレの水を慌てて止める。
「じゃあ、よろしくお願いします」
ばたんと戸を閉めて、急いで部屋を出る。
トイレのドアは、それほど頑丈そうじゃない。蹴破られる前に部屋を出て外から鍵をかける。
ちょろい。
そのまま螺旋階段を下りて行き、壁に飾ってある鎧から模造の剣を抜く。
さっき連れてこられる時に目星をつけておいたのだ。
もちろん、模造品なので刃はついていない。でも、戦うのが目的じゃないので切れ味は構わない。
私は剣を大きく振り上げ、一気に自分の腕に振り下ろす。
ガッキン!
金属がはじかれる大きな音がして、剣を持つ手がしびれる。
「割れた?」
あまりの衝撃に、割れたかと思ったが腕輪には傷すらついていなかった。
チェッ。
魔法封じだから物理的な力には弱いかと思ったけど、強化魔法でもかかっているらしい。
無駄かもしれないけど、念のため何度か試してみるが、やはり腕輪はびくともしない。
仕方ない。
何とかこのまま逃げ切らなきゃ。




