20 おとぎ話 真実はどこに?
寮に着くとすでに、光とリリィ様が来ていて、お茶をしていた。
寮の中は、結界が張ってあり転移魔法が使えないので、光は隠蔽魔法で女子寮に忍び込んできている。
「おまたせ。光、無事に入学式終わった?」
中等部には今のところヒロインも王子様もいないはずなので、目立ちさえしなければ平和だろう。
光は口いっぱいにケーキを頬張り、頷いた。
「もしかしてこれリリィ様が?」
「はい、材料が日本のものと違うので、思ったようなできじゃなくて、お恥ずかしいです。」
「スゲーうまいです」
自己紹介は終わっているようだ。
人見知りかな? と思っていたのに、すっかり餌付けされている。
「光、じゃなくてライトだっけ…は、ソルトに会った?」
光はいかにも日本語ぽい名前なので、念のため偽名を使うことにしている。
「遠目にチラッと」
「そうか。私も遠くから見ただけで、どのくらい技量があるかはわからないかな。ライトに気づいた様子はある?」
「いや、大丈夫だよ。ガリレがきれいに召喚魔法を消してくれてるから」
その点は信用していいか。
「王子には会った?」
「うん、会った」
二人もね。
歯切れの悪い返事に、ライトはケーキを食べる手を止める。
「一言で言うと女グセ悪そう。あれは中身、絶対18歳じゃないわね。本当にリリィ様には申し訳ないことをしています」
「いいんです、あいつをギャフンと言わせましょう!」
ギャフンて何時の言葉?
ざまぁ、と言って。
「僕は予定通り、この国で転移できる拠点を作って歩くのと、王子の手下が出入りしている倉庫探しだね」
「拠点?」
リリィ様がコッテンと首を傾けると、ライトが頬を薄く染めた。
うん、気持ちはわかるけど、いちいちヒロインにときめいてたら、身がもたないよ。
「転移するのには一度行った場所じゃないと駄目なの、万が一の逃げ道確保ね」
「へー、頑張ってね」
「私の方は第一王子に近づきたいけど、ゲームと違って抜け目無さそうだから、慎重に疑われない方法を探すわ」
何せ平民がおいそれと近づける人物ではない。
「それなんですけど、生徒会はどうですか?」
「生徒会かぁ、入れればいいけど、私の成績じゃ無理かな。アリシアは2位で入っているから、大丈夫かも」
「私は魔法訓練でソルトに探りをいれます」
「じゃ、僕はもう戻るよ、さすがに女子寮は落ち着かないし。アリシアさんに会ってみたかったけど、また今度」
ライトはベランダに出ると、ヒョイと飛び降りた。
3階ですがここ。
ライトと入れ違いにアリシアが来た。
今日は本業の取引があり、一旦店に戻ってから来てくれたのだ。
「あれ、ライト君は? 帰っちゃったか、残念」
「うん、入れ違いだったよ」
「じゃあ、さっそく女だけで恋ばなしましょう」
恋ばな?
そんなのあった今日?
「もうアリシア、誰かに決めたの?もしかして、マッチョな担任?」
「何いってるのよ、私じゃないわ、アリスよ」
「私!?」
「入学式で新入生代表の挨拶しているときも、教室でも第二王子はあなたを見ていたわよ。いつの間に知り合ったの?」
王子の視線は気づいていた、気づかないようにしていたけど………………。
「これは断じて恋ばななんかじゃないの。故意じゃないけどヒロインさんからイベントを横取りしてしまって………」
私は今朝の出来事を手短に話して、ポケットからダイヤを取り出し、アリシアに渡した。
「これはさすがに凄い大きさだわ。見た目は普通のダイヤね。なかに魔力が込められている感じ。魔力量がどれだけかはわからないけど、他は見た限り変な力は感じないわよ。浄化も必要なし」
第二王子が思わせ振りに言ってた力はとは、はったりだろうか?
「『ガラスの薔薇と魔法使い』のゲームは知りませんが、ガラスの薔薇のおとぎ話はこの国では有名です」
リリィ様は、イスラでは一般的に知られる、童話を話してくれた。
「昔、一人の王女様が魔法使いに恋をしました。身分差のある恋は回りから祝福してはもらえませんでしたが、国を救ったことで王様は魔法使いとの結婚を許してくれました。ただし、大きすぎる魔力を懸念した王は、魔法使いの魔力を封印することを条件に出しました」
「国を救ってもらったのに身勝手ね」
「まあ、童話ですから」
「魔法使いには始めから王様が今でも、王女様との婚約を祝福していないことがわかっていました。だから二人で国を出て幸せに暮らそうと、ガラスでできた薔薇を贈るのです」
得てして童話とは、過去にあった現実を元にしていることが多い。
「魔法使いはこの薔薇にある魔法をかけました。と言うのも、魔法使いはその魔力量で何百年も生きるそうです」
それがほんとうに幸せだとは限らないけどね。
「人間の王女様と永遠に一緒に過ごすために、ガラスの花びらを一枚口にすると百年一緒にいられると言う魔法を薔薇にかけたそうです」
私たちは手のひらのダイヤを見た。
「花びらからダイヤになったけど…………童話はどうなの?」
「童話では、王女様は花びらを口にして、魔法使いと一緒に何処かで幸せに暮らしている事になってます。それから、王宮には今でもそのときの薔薇が残されていて、国を守っているそうです。ちなみに薔薇が枯れると、国が滅びると一部の人は今でも信じているようです」
リリィ様は最後、めでたしめでたし。と締めた。
「これって本当にめでたしで終わったの?」
反論する私に、困惑顔でリリィ様は
「めでたしじゃないですか?」
と逆に聞き返されてしまう。
「だって、これってきっと本当にあった話でしょ、もしも、魔法使いと王女が一緒に何処かにいるなら、噂くらいあるはず。でもそんな話聞いたことがない」
何百年も生きる魔法使いは確かにいる。でも、その稀有な存在ゆえに秘密と言うのは難しい。王女と一緒ならなおさらだ。
「それに、第二王子は偶然ガラスの薔薇を見つけたと言っていた。王宮にあるはずが、学院の森にあるってどう言うこと?」
「アリス、リリィ様はあくまで童話の話をしたんですよ」
「あ、うん、そうだね。ごめん」
私は、戸惑っているリリィ様に謝った。
気まずい空気を、変えるようにアリシアがお茶を入れ直してくれる。
日本茶だ。
「わぁ、久しぶりです。ここで日本茶を飲めるとは思うませんでした。さすがアリスさま」
「今ね、日本茶とコーヒーの試作をしているの。期待して待っていてね」
私は緑茶をすすり、一人の魔法使いの事を思い浮かべた。




