15 魔法の練習
アリスの横で光はぐったりとうなだれて、両手を地面についている。
アランとダンジョンに行かない日は、アリスと転移魔法の練習をしているのだ。
「大丈夫? 今日はもう止めておく?」
「少し休めば大丈夫」
顔色は真っ青だ。
転移魔法は膨大な魔力を使う。高難度の魔法だが一度習得すれば魔力が続く限り使える。
光も魔力量は問題ないので慣れれば使いこなせるだろう。
「あのさ、ちょっと聞いてもいいか?」
アリスは視線だけ光に向けると、身体を固くした。光からは尋ねてほしくない質問がある。
「こっちの世界に慣れていくって不安じゃない?」
慣れる…………。
「もとの自分の価値観が通じないって言うか、倫理観と言うか。こっちの世界では日本の常識が通じないのわかってるけど、自分じゃなくなるみたいで不安なんだ」
ああ、今朝アランに怒られてたっけ。
一緒にダンジョンに連れていかれたときに、猫にそっくりな魔物を斬ることができず、パーティーの一人に怪我させそうになったのだ。
「うーん、不安なのは当たり前じゃない? 不安だからといって閉じ籠っていられなかったし。確かに、こちらの世界と日本では倫理観は違うし、人の命も軽いけど」
光は黙って聞いていた。
「人の命が軽い国は地球でもあるよね。いまだに人種差別もあるし。異世界だからというのじゃなく。日本って色々な意味で平和だったよね」
光の不安はすごくまともだと思う。
日本では気づかないが、いろいろな意味で国民は守られ保証されたいた、もちろん義務もあるけれど。命が時にはパン一切れと同じ世界から見ると、過保護すぎるくらいに感じてしまうほどだ。
「光は真面目なんだね。でもある意味、自分じゃなくなるみたいで不安と感じるなら。それを忘れなければいいと思う。少なくともなりたくない自分になることはなし。正直、受け入れられないことは、無理することない。ゆっくりと自分がどうしたいか考えればいいし、答えは焦らなくていいんじゃない」
まだ幼さの残る顔で、黒い瞳が不安げに揺れている。
そういえば、光は弟と同じ年だ。
「これからも僕には猫も人間も斬れない」
「うん、そうだね。私にも無理だし。何ができないかなんて考えても仕方ないから。光は何処にいても、光であることにからりないよ」
「僕は僕――――――」
私は手のひらに小さな炎を灯した。
「私ね、あの森に落ちたとき、この炎で助かったの。怖くて怖くて、もう駄目だって思ったけど、炎だけは使えて」
「アリスもあの森に?」
「うん、なんとか生きてみんなに出逢えた。だから今は同じように落ちてくる人の手助けをしているの」
「僕も拾ってもらえて感謝している。ガリレには、ムカついたけど」
「今じゃ、光もうちの社員だしね、アランもあんなだけど、身内には甘いから」
それから光は「アランに人殺しはしないって言った」と報告に来たが、よく話を聞くと「馬鹿な子は嫌いです」と連日ダンジョンに放り込まれているそうだ。
うん、光のためだよね?
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「話ってなに?」
コーヒーの香ばしいにおいが部屋に漂う。コーヒーと言ってもこちらの世界で収穫した似たような豆から焙煎した試作品だ。香りは十分だが、やはり本物とは違い、味わいにまだ改良の余地がある。
「光が来てからお話しします」
アランは素っ気なくいうと、何故か視線をそらせた。
何か言いづらい事があるらしい。
「どうしたの? 光が勇者だってばれた?」
「違います」
その先を促すように、ジーッと視線を送るも、アランはニコリと笑ってコーヒーを飲む。
あやしい………。あきらかに営業スマイル。この笑顔を向けられたときは間違いなく厄介ごとだ。
「ちょっと私、用事が……」
そう言って立ち上がるのと、アランが私の右手を掴むのが同時だった。
目と目が合う。
ドキンと心臓で音がした。
!?
「ごめん遅れてっ……………わっ!!…………ごめんなさい!!」
図らずもアランと目と目が合い、見つめあっているような感じになっている所に、光が入ってきて、また、慌てて出ていった。
もしかしなくても誤解してますよね。
アランは「入っていいですよ」と言って廊下で固まっている光を入れる。
「今日は二人に相談があって来ていただきました」
光は頬を赤らめて、そわそわしている。
私も顔を引き締めて、動揺を悟られないよう、椅子に座る。
「光も転移魔法が使えるようになったし、ランクもSクラスです。頑張りましたね」
あの、スルーですか?
誤解は解かないの?
「それで、計画を一歩進め、二人にはイスラの国で魔法学院に通っていただこうと思います。ちょうど新学期ですからね」
二人?
「光と――――――――リリィ様?」
「光とアリスです」
私? 何で私?
「光を召喚した魔法使いに、召喚魔法を解いてもらうのに何で、魔法学院?」
「ソルトが魔法学院で、教鞭を執るそうですよ」
「ソルトが? 光を探してないの?」
いったいどういうこと?
「召喚魔法を使ったのはソルトじゃない?」
「いえ、召喚者はソルトで間違いないです。あれから4ヶ月です。向こうも必死に探したのでしょうが、なにせ隠蔽魔法をかけたのがガリレですからね、全く手がかりなしで、これ以上人手を避けないのでしょう」
なるほど、ガリレがソルトは大したことないと言っていたのを思いだす。
「それに勇者なら、探さなくてもその内、頭角を出して噂になるでしょうから。それよりもまず、全然兆しがない聖女教育を優先したのでは。」
第一王子はやっぱり諦めてないんだ。
「じゃあ僕は、ソルトを捕まえて、召喚魔法を解かせればいいんだね」
光は嬉しそうに言った。
「まあ、直ぐにではないけど。」
直ぐじゃない、とアランに言われて、光は何か言いたそうだったが、口を挟まず、黙って続きを待っている。
躾ができているのね!
「まずは、第一王子。彼はかなりキナ臭いね。犯罪にならないように、法を変えたり、関税を高く設定したりと、姑息だけれど手堅く懐に入れているようだよ。最近この辺で出回っている大麻も栽培しているとか」
これ以上見過ごしておけないね。
本命そこですか。
アランの笑顔が怖いです―――――――。
「第一王子がいなくなれば、依頼人のリリィ様も解放されるし、勇者も要らなくなるし、一石三鳥だね」
第一王子、いなくなるの決定なんですね。
「それに新学期から、第二王子が留学から帰ってくるそうですよ。第二王子は、人間ができているそうなので、商会としては、ぜひお近づきになりたいです」
なるほど、だから私まで魔法学院に放り込まれるのですね………。
他国の商会が、王族に合うのは難しくても、同じ生徒ならお近づきになれると。
「わかった。僕はアリスをサポートすればいいんだ」
光、考えるの止めたね。




