1 ここは何処だ?
異世界の森の中。
たぶん、1ヶ月歩いても森の外には出られないだろう。
見上げると、木々の隙間から僅かに空が見え、あちこちから人ではない気配を感じる。
ああ、嫌だ。不気味だと感じなくなった自分が怖い。
普通の人間なら3日ともたずに魔物に襲われて死ぬ。
それなのになぜかこの森にはときどき異世界人が落ちてくる。私もその一人だ。
今日落ちてきた子はどんな人間かなぁ……いい子だといいな。まあ、どんな子でも本人にとっては災難だろうけど。
私は森の中に忽然とたつ一軒の魔術師の家の扉を開けた。召喚され落ちてきてしまったであろう誰かを回収するために。
「うぅぅ、うぅぅ、うぅぅ」
リビング奥のキッチンからうなり声が聞こえる。
「ヴァヴゥヴェヴェ!!」
おそらく「たすけて」と言っているであろう。
ガリレの奴、またやったのか……。とにかく対人関係に難ありの魔術師は、同時に珍しい魔法しか興味のない男だった。落ちてくる人間の一時保護も、しぶしぶ引き受けてくれたのだ。
足早に向かうとそこには想像通りの光景がある。
目の前には食卓テーブルの椅子に、両手両足を縛り付けられ猿ぐつわをされた少年がもがいていた。
これって、そそられていいの?
いやいや、違うのよ。
誤解だし……。
あり得ないでしょう、保護するだけって頼んでいるのなぜ毎回縛る?
「あの、ちょっと落ち着いて――」
我ながら間抜けなことを言っているなと思ったものの、話を聞いてもらうにはまずは目の前の少年に、敵ではないと認識してもらう必要がある。
できるだけ易しく言ったつもりだったのに、少年は目をギッロっと見開いて、さらに声を大きくしてもがいた。
「&―〇?! ̄|#%&!!」
「いや、言いたいことはわかるけど、ちょっと落ち着きましょう。えーと、静かにしてくれたら、まず、猿ぐつわをとりますから、暴れないと約束してください」
少年は怒りに満ちた目でこちらを見上げたが、コクりとうなずいた。
いや、無理だなこりゃ。目は口ほどにものを言ってますよ。
少年は相当怒っているようで、とてもじゃないが、落ち着いて話しができるようには見えなかった。
それでも私は自己紹介してみた。
「私はアリスです。商人ですが、あなたを縛ったガリレとは知り合いで。たぶん力になれると思います」
そっと後ろに回り、猿ぐつわをほどく。
「おい!早くこの縄ほどけよ、こんなことしてただですむと思ってるのか!!」
少年は椅子ごとガタガタと体を動かして怒鳴った。
やっぱり静かに話を聞く気はないらしい。気持ちは凄く分かるけど、こんな調子では、これから話す事を受け止められるとは思えない。
はぁ――。
今日何度目かのため息をして、ゆっくりと向かいの席に腰を下ろし、辛抱強く、しかし、落ち着くまで待つよと言う意思を込めてじっと少年を観察する。
少年は学ランを着ていた。小柄なので、小学生かなと思ったが、中学生だろう。ニキビのないつるつる肌だ。きりっとした目元が賢そう。短めの髪も清潔感があって好感が持てる。
というか学ランって萌えるな。断然ブレザーより学ランだ。
余計なことを考えていると、怒鳴ることがなくなったのか、女子に見つめられてるのに困惑したのか、少年が黙ったのを見計らい、ゆっくりと話し始めた。
「まずはあなたの名前を教えて下さい。ここがどこだか分かりますか?」
「俺は近藤光。13だ。学校帰り気づいたら森にいて、怪しい男についてきたらいきなり縛られた。あんたがあいつの仲間じゃないなら、今すぐ警察に電話してください」
光くんか。13なら中学生だよね。かわいそうに。
それにしても、怪しいと思ったのにノコノコついてきたのか?
男の子とはいえ、こんなにかわいいのだ、危機感無さすぎじゃない?
こうして縄もほどいてやらず、目の前に座っている時点でガリレの仲間と認識はないのか?
「申し訳ないけど、ここは電話が通じてないの。気づいたらって、その前に誰かに刺されたとか、交通事故にあって気を失ったとか?」
少年は眉間にシワを寄せて、露骨に警戒を表した。
「いや、誰にも刺されていないし、事故にもあっていない。いきなり地面が光って避けたけど間に合わなかった――。街中で閃光弾ってありかよ――それにしても電話も通じない山奥ってどこだよ」
閃光弾って、さすがにそれは飛躍過ぎでは? と思ったが、現実の方があり得ないか。
「その時、魔法陣はあった?」
「はぁ!? 魔法陣?」
何言ってんだこいつ!と言う顔をして、少年はすっとんきょうな声をあげた。
ごめん、そうだよね。そんな顔になるよね。でも驚くのはこれからが本番だから。