ジョセフィーヌの日記帳
誤字報告ありがとうございます!
今後も、この小説をよろしくお願いします。
夫と共にジョセフィーヌ様の部屋を訪ねると、急にジョセフィーヌ様は、ヴィオラ様と共に修道院へ入ると叫ばれた。
夫の話にジョセフィーヌ様は驚愕していたが、私が声を掛けると謝りながら泣き崩れた。
更に、夫が声を掛けると、意識を失ってしまった。
何が起こっているのだろう?
ジョセフィーヌ様を奥の寝室のベッドへ寝かせた夫は、元の部屋に戻ってくるなり、私の手を取りカウチソファに座らせた。そして、隣に座った。
ジョセフィーヌ様の部屋付きの使用人にお茶を頼むと、すぐにミルクティーが出された。あ、いつも飲んでるのより良いヤツだ。
「サラ。姉上が目を覚ますまで、ここで待っていよう」
「エリオットが良いのなら、私は構わないわ」
「ふふっ」
結局、私達はジョセフィーヌ様の部屋で二時間程待つことになった。
え、なぜ部屋を出なかったのかって?
夫が待つと言ってゆずらなかったのだ。
しかし、夕飯の時間が近付くと、ジョセフィーヌ様は強制的に起こされ連れてこられた。
私は少しずつジョセフィーヌ様のことを不憫に感じていた。
自室のソファで縮こまるようにして座るジョセフィーヌ様。
向かい合うように座る夫と私。
「姉上。ヴィオラは、私の手配した家庭教師による再教育が決定しています。そして──」
「私も再教育の対象なのね……」
青い顔をしたジョセフィーヌ様が答えた。
「ええ。ですが……貴女の行動と態度次第で、教育内容を変更します。さあ、選んでください」
「わ……私は、ヴィオラを……あのように育てた……責任、を取りたいわ。そして、環境を……変え、たい」
夫の言葉に、間を開けて返答したジョセフィーヌ様に、私は違和感を感じた。
この人が、本当に自分から贅沢品を揃えさせたのだろうか?
学生時代にお会いしたときには、もっと上から目線な、プライドの高い貴族令嬢らしい令嬢だったと思うが、いま目の前にいる女性は、猫に追い詰められた鼠のようにしか見えない。
握った両手を膝の上におき、顔を伏せ、時々、私を見る。
ジョセフィーヌ様は不意に立ち上がり、書き物机の引き出しから本を取り出した。そして、その本を私の前に差し出した。
「あ、あの……サラさん。これを、読んで!数ヶ所、栞が挟んであるページだけなら、すぐに読めると思うわ。もし、気になれば、他のページも読んでもらって構わないわ!」
私は、隣に座る夫に確認し、栞の挟まれたページを読むことにした。
ジョセフィーヌ様ってこんな人だったのか。
渡された本は、日記帳だった。ジョセフィーヌ様がフロント様へ嫁いだ日から始まり、昨日までの内容が綴られていた。
ジョセフィーヌ様の許可があったので、栞の挟まれたページの前後で、気になる単語が見えた部分は読ませてもらった。
一つ目の栞が挟まれていたのは、結婚式当日。
口下手なジョセフィーヌ様へ、亡くなったフロント様が、この本を日記帳として贈ったようだった。フロント様が、ありのままのジョセフィーヌ様を認め、妻の欠点を補う手段として日記帳を与えたことが、とても嬉しかったと書かれていた。
二つ目の栞が挟まれていたのは、ヴィオラ様の生まれた日。
二日以上苦しんだ末に生まれた女の子。フロント様も喜んでくれ、とても嬉しかった。愛しい我が子を腕に抱けて、幸せだと書かれていた。
三つ目の栞が挟まれていたのは、半年程前。
フロント様の仕事が忙しくなり、なかなか会えない。フロント様が時間を縫って会いにきてくれるが、自分に会うために無理をして欲しくない、その時間で休んで欲しいと書かれていた。
そして最後の栞は、ジョセフィーヌ様の夫、フロント様が亡くなった六日後。つまり、今から二日前に挟まれていた。
頭が働かず、何も考えられないが、それでも自分が愛しているのはフロント様だけなので、他の男性の後妻にはなりたくはない。男爵家に迷惑を掛けないよう、ヴィオラ様と共に修道院へ入ると言ったが、お義母様に心身喪失状態なのでゆっくり休むように言われた。更に、部屋から出られないよう、監視のための使用人が増やされたと書かれていた。
ちなみにジョセフィーヌ様は、上手く言葉を伝えられない時には日記帳をフロント様へ見せて、夫婦でコミュニケーションを取っていたのだろう。
少し色の違うインクで、筆跡の異なるものが頻繁に見られた。
いや……これは……フロント様とジョセフィーヌ様、夫婦二人の交換日記なのかも知れない。
最初のページには『愛する妻へ』と書かれていた。
二つ目の栞が挟まれたページには『僕の子供を生んでくれてありがとう』と書かれていたし、三つ目の栞が挟まれたページには『なかなか会えなくて寂しいよ。気休めかも知れないけど、君のために、美味しいお菓子を用意させるよ』と書かれていた。
ジョセフィーヌ様とフロント様が、お互いを思いやり、お互いに宛てたラブレター。それが、この日記帳だった。
気付いたら、涙が頬を伝っていた。
栞が挟まれていたのは、たった四日分。ジョセフィーヌ様が、私に知って欲しいと思った内容がその部分。
数ページ前までは二色のインクで書かれており、途中から黒一色になっている。ジョセフィーヌ様だけが書く日記、昨日までの数ページは、返事の無いラブレターだった。
「ジョセフィーヌさま……」
上手く口に出せないだけなんですね。
ちゃんと考えているし、相手のことも思いやることが出来る。
しかし、上手く口に出せないと同時に、上手く行動にも移せないから、フロント様がいなくなって問題が表面化した。
「エリオット……」
私は夫の方を見た。
夫は微笑み、私の目の下を親指で撫でる。
「サラは、姉上の教育内容をどうしたい?」
「私は……やはり、ジョセフィーヌさまには再教育が必要だと思います!」
「へぇ……」
「ジョセフィーヌ様には、自分の考えていることを、言葉にして伝える訓練が必要です!今のジョセフィーヌ様のままだと、ジョセフィーヌ様の意図が伝わらず、周りに誤解されてしまいます」
きっと、ヴィオラ様もジョセフィーヌ様の本心が伝わっていれば、あそこまで歪んだ状態にならなかったはずだ。
言葉が不足していたから、親子間でも拗れたのだ。
あと、お義母様とジョセフィーヌ様を一緒にしてはいけない。
お義母様の娘や孫娘への愛情と同情、元々のお節介な性格が災いして、男爵家の財政を傾け始めたのだ。
お義母様の過保護、過干渉が問題になったのだ。
「では、こうしよう」
最終的に、夫が出した答え。
それは、私の納得いく内容だった。
夫は、やられたらやり返したいくせに、それでも厳しすぎる罰を与えたくないという私の性格を分かっていて、『再教育』という方法を考えたのだ。
その内容を、私の納得する形に整えることくらい簡単なことだろう。
お義母様は、辺境のアベンチュリンへ隠居。
こちらからの仕送りの範囲内であれば、お義父様と一緒に、向こうで好きなことをしてもらって構わない。
但し、壊滅的な料理が出される可能性は高い。
姪のヴィオラ様は、令嬢としての再教育。
元軍人の皆様と一緒に、楽しく令嬢としてのマナーや知識を学ぶ。適度に体も動かせば、嫌なことだって忘れます!
そして、義姉ジョセフィーヌ様。
ジョセフィーヌ様は、私と一緒に退役した元軍人さん達の教育をすることになった。ジョセフィーヌ様の知識やマナーは問題ない。問題があるのは、言葉で伝える技術だ。
教える側になることで、ハキハキと喋る練習をして貰う。
さぁ、これで今後の方針は決まった。