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そんなこと言っていない

スフェーン侯爵家でのお茶会の翌日、私はミリー様に合わせた春色口紅を作っていた。


「ミリー様は、青みのあるピンクが似合うから、これと、これに……」

「サラは、今日も可愛いね」


夫は、私の正面にあるカウチに座り、私が作業する様子を見ている。そして、時々甘いことを言う。今日は、いつもより言葉にする回数が多いわ。どうしたのかしら?

今日はお仕事もなく、暇なのかしら?




数年前に夫が、可愛らしいアロマポットをプレゼントしてくれた。

しばらく使わずに飾っていたら、今度は口紅の原料となる色素と蜜ろうを渡された。夫は、化粧品を扱う商会から、作り方のレシピと共に手に入れてきたと言っていた。

当時妊娠中で、やることもなく時間もあったので、アロマポットを使って、試しに口紅を作ってみた。


アルトが生まれてから半年後、久々に参加するお茶会へ、自作の口紅を付けて参加した。すると、何人かの友人が「素敵な色ね」と褒めてくれた。

調子に乗って、チークやファンデーションも自分の肌色に合うものを作った。毎回、私が作りたいものを夫に言うと、数日後にはレシピと原料を用意してくれた。

そして、いつも「可愛いね」と言ってくれた。


そして、作ったものを半分くらい使い終える頃、夫は新しい容器や原料を用意してくれる。夫曰く「手作りコスメは鮮度が命だからね」と、古いものは処分してくれているらしい。




「ミリー様専用の春色口紅、完成!」


出来上がった口紅を、指先に乗る小さな可愛らしい容器に詰めると、私は満足げにニヤニヤした。


そういえば、私が友人にプレゼントするための化粧品を作ると言う度に、夫はニコニコと可愛らしい容器を用意してくれているけど、無駄遣いになっていないかしら?

毎回、しがない男爵家が用意するには質が良すぎるくらいの容器を用意してくるのよね。密閉性も高そうな感じだし。

え、本当に男爵家の財政は大丈夫?


「私、無駄遣いしていないかしら?」


夫の顔を見て尋ねると、嬉しそうに微笑んだ。


「うん、大丈夫。サラの欲しいものは、私が全部買ってあげる。他に欲しいものはある?」

「欲しいものは無いわ。無駄遣いしてないのなら良かったわ」




お茶を入れ、一息ついた。


前世の記憶が戻った時、珈琲が恋しくなった。

苦味の強い珈琲にミルクをたっぷり注いだカフェオレが好きだったけど、この世界で珈琲豆は高価な嗜好品だ。


「そうだ、サラ。今朝、スフェーン侯爵家から珈琲豆とミルが届いたんだけど、一緒に飲んでみない?」

「飲みたい!」


何故、侯爵家から珈琲豆が届いたのか疑問が残ったが、念願のカフェオレが飲める。嬉しすぎる!


「ミルクをたっぷり入れてね!」

「やっぱり、カフェオレが好きなんだね」


夫が、ふわりと微笑んだ。この笑い方、好き!

顔が凄くカッコいいとかじゃないんだけど、なんって言うのかな?くしゃっと笑う?うーん……よく分からないけど、私には好印象な笑い方!


「ところで、サラは珈琲を飲んだことがあったの?」


…………あっ!?

前世では飲んでたけど、サラとして生まれてからは、一度も高級嗜好品の珈琲を飲んだことなんて無かった!


「………………」


どうしよう……。何て説明したらいいの?

実は前世の記憶があって、前世で飲んでいた?


「………………」


焦る私を見た夫は、俯き肩を震わせていた。


「ふふっ。どこのお茶会で出されたか思い出せないの?」


あっ、私が一人で参加していたお茶会で飲んだと考えたのね!


「そ、そう、なんだぁ……ははは……」


上手く誤魔化せただろうか。

妻が、前世が~とか言い出したら気持ち悪いよね。




その後、無事にカフェオレを飲むことが出来た私は、失念していた。

何故、珈琲豆が侯爵家から届けられていたのかを。








──バンッ


「サラさん!昨日のお茶会でのことを説明してちょうだい!」


ヴィオラ様を連れたお義母様が、乱暴に扉を開け、部屋の中へ入ってきた。


「ヴィオラ様が話されたのではないですか?」

「私は、貴女から話を聞きたいと言っているのですよ」

「そうですか……」


昨日の件は、元といえば、この二人が調子に乗って高価なドレスを仕立てたのが原因だ。身分に合わない派手で高価なドレスを身に纏い、マナーは年齢の割りにお粗末。

結果、伯爵令嬢にお茶をかけられるという嫌がらせを受けた。


「残念……としか言えないですね」


溜め息を吐きながら、昨日のことを思い出す。


「何が残念なの!?」

「私は選ばれるのよ!」


この二人は、何を言っているんだろう。


「スフェーン侯爵家からドレスが届いたのよ!」

「侯爵家が、末端貴族でしかない私を気にかけてくださるなんて!私がクリスティアン様の婚約者に選ばれるのも、時間の問題ではなくって!?」


はぁ……そんなこと言っていない。

アルトと話をして、機嫌の良くなったルミナス様が『お詫び』のドレスを贈ってくれただけでしょう?お互いに、この事は水に流しましょうねって、同意の上での迷惑料みたいなものでしょう。


「はははっ!まさか、本気でおっしゃってますか?」


私の隣で、夫がお腹を抱えて笑っている。


()()()随分と……」

「え、え、え?ちょっ……お義母様に対して、」


夫の、母親への態度を注意しようとしたら、夫の人差し指が私の口元に当てられた。


「母上。侯爵家から、ヴィオラへドレスが届いたのには、二つ理由があります。一つは──」


──コンコン


「お父様、お手紙があるよー!」


ノックをした後、開きっぱなしになっていた扉から、アルトが顔を見せた。


「ああ。アルト、おいで」

「はーい!」


夫が、息子から手紙を受け取りなから、微笑む。


「理由の一つは、この子です」


夫がアルトの肩をポンっとした。


「昨日、アルトが皇太子殿下の側近候補となりました。既に、ご子息が皇太子殿下の側近に決まっていた()()()()()()()()()()()は『同じ方に仕えるもの同士、仲良くしましょう』という意味があるでしょう」


お義母様が驚愕している。

そうよね。十歳の皇太子殿下が、まだ6歳になったばかりで幼いアルトを選ぶなんて信じられないでしょうね。その場にいた私でも信じられない光景だったもの。


「そして、もう一つの理由。それは、侯爵夫人がアルトを気に入ったからです。侯爵家のお茶会でドレスを汚されたとヴィオラが騒ぎ立てて、スフェーン侯爵家とブラッドストーン男爵家が不仲であると噂されるのを避けたかったのでしょう」


夫は話し終えると、アルトから受け取った手紙を開封した。

中身を確認すると、一度頷き、手紙を上着の内ポケットへ入れた。


「それでは、この話は、これで終わりです。お引き取りください」


夫は、暗に『ヴィオラは、アルトのオマケとして侯爵家からドレスを贈られたのだ』と伝えると、お義母様とヴィオラを部屋から追い出した。




アルトを私達の間に座らせ、三人で話をする。

アルトには、砂糖を入れたミルクティーを渡した。


「さて、アルト。昨日は、十分な成果を残せたようで良かった。友達も出来たかな?」

「まあ……。でも、友達はどうかな?」

「スフェーン侯爵から、昨日アルトに預けていた手紙の返事を貰ったよ。手紙のお礼と、是非クリスティアン様と仲良くして欲しいということが書かれていた」


成る程。アルトは、朝の内に父親から助言を聞いていたから、ルミナス夫人にも認められたのね。納得したわ。


「明日、スフェーン侯爵とクリスティアン様が男爵家を訪問される」

「ふえぇ!?」


変な声が出た。


「サラ、落ち着いて」


そ、そうね。とりあえず落ち着かなきゃ。


「お父様、僕達が侯爵家を訪問するべきでは?」

「いや、侯爵は男爵家を見ておきたいらしい」

「そうですか。では、明日のことは使用人達に伝達しておきます。お祖母様達にも知らせておきますか?」

「ああ、騒がれては困るからな」

「はい!」


ミルクティーを飲み終えたアルトは部屋を出ていった。何だか、親子というより……


「上司と部下みたいなやり取り……」

「ふふっ……」


何故か夫に笑われた。


「サラ、君は気付いてないの?アルトが君から受けてきた教育は、高位貴族の教育を凌ぐレベルだよ。アルトが2歳過ぎからやっていたような幼児教育は、一般的には普及していないからね……」


え!前世の記憶を思い出す前から、やらかしてる!?


「私も期待があったから……少し……いや、かなり……アルトに情報を与えた」

「ふふっ、同じね。アルトは私達の宝物だもの」


明日は、スフェーン侯爵とクリスティアン様が来られる。今のうちに、屋敷内の掃除やおもてなしの準備をしておかなくては!

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