息子は側近候補になります
何度も前世の息子『ゆう君』を思い出します。
今回、幼い子供達が集まったスフェーン侯爵家の庭園の花々は、よく手入れが行き届いていて、花に興味が薄い私から見ても、とても素晴らしい庭園だった。
「流石、綺麗ね……」
引退間近のお義父様が趣味でいじるだけの男爵家の庭とは、比べものにならない。お金を掛けて、プロの庭師が手入れをしているのだから、比べてはいけないわね。
私が見守る中、アルトはヴィオラ様をエスコートした。
今日のアルトは、白いシャツにチェックの半ズボン、グレーのベストと、前世での七五三を彷彿させる服装だ。
フロント様が亡くなって子爵家を追い出される迄の間に、ヴィオラ様が学んだマナーは、何とか形になっている。
「もう、よろしくてよ」
到着して早々、本日の主催者の侯爵夫人への挨拶を終えるなり、ヴィオラ様はアルトを冷たくあしらった。
そして、お気に入りの扇子を開くと、会場内でもひときわ令嬢の集まる場所へと向かった。
「あそこに誰がいるの?」
「ヴィオラ様が向かわれた先には皇太子殿下がいらっしゃるはずよ。そして、あちらがスフェーン侯爵家のクリスティアン様ね」
「ふーん……」
「以前は、お友達が欲しいと言ってたのに、反応が薄いわね?」
「そんなことないよ!ちょっと、お母様と一緒にいたいだけ!」
あらあら、可愛いことを言ってくれるのね!
アルトについては、想像していた反応と違うけど、初めてのお茶会だものね。様子を見ましょう。
庭園に設置されたテーブルのそばまで進むと、いつも仲良くしてくださっている同じ男爵家のご夫人方に声を掛けられた。
「ごきげんよう。お久しぶりですね、サラ様。サラ様は、今日も素敵ですわ」
「遂に、アルト君もお茶会デビューなのね」
「あら?アルト君のズボン……」
「少し……」
「初めまして!ブラッドストーン男爵家、長男のアルト・ブラッドストーンです。このズボンは、お父様が子供の時に履いていたものを、お母様が僕でも履けるようにしてくれたんです。すごく動きやすくて、履き心地が良いんです!」
アルトが綺麗な礼をした後、無邪気にズボンを喜んでいる様子を見せてくれたので、皆様が生暖かい眼差しで微笑んでいる。
やはり、ズボンを指摘されてしまった。
小柄なアルトには、夫のお古のズボンがブカブカだった。ベルトでウエストを調整したところ、苦しいとアルトが嫌がった。
仕方がないので、私が肩ベルトを縫い付け吊りズボンにして、肩ベルトはベストで隠して誤魔化した……つもりだったのに。
一応、末端とはいえ貴族。
ジャージで七五三さんの写真を撮りに行かないのと同様に、平民が着るような紐でウエストの調整をするズボンを、正式な場に履いていかせる訳には行かない。例え、普段はゴムズボンの代わりに、平民と同じズボンを履いていたとしてもだ。
そもそも、針子さんに頼んで仕立て直すには時間もお金も無かった。仕方がなかったのだ。
「でも……可愛らしくて良いわね」
「ええ。ズボンをベルトで留めてしまうと、まだ幼いから、お手洗いに間に合わないこともあるのよねぇ」
「あらあら、おほほほほ……」
そうなのだ。
前世では、ゆう君にブカブカズボンをサスペンダーで留め、吊りズボンとして履かせていた。ゆう君は、小学校に上がってからも、私がミシンで縫ったサロペットパンツを履いていた。肩紐をずらすだけでストンと脱げるズボンは、子供には楽なんだそうだ。サロペットズボンなら、寝ている間にお腹を出して冷えたりしないしね。
──閑話休題
さてさて、そろそろアルトを子供達の輪に入れないといけないわ。
学園へ入学するまでに、息子に何人かのお友達が欲しいもの。
「アルト。少し母様から離れて、他の子達と話してこない?」
「うーん……お母様は、ここから居なくならない?」
「ええ。アルトが戻ってくるまでいるわ。大丈夫だから、いってらっしゃい」
「わかった!」
納得したのか、アルトは子供達のいる方へ歩いていった。
今のやり取り、ゆう君が幼稚園に入園したばかりの頃を思い出すわ。
登園する度に、よく『ママも一緒に!』って泣いていた。懐かしいわね。
「ねぇ、サラ様。今日の髪型もご自分で?」
「ええ、恥ずかしいですわ」
「サラ様、見てください。前回教えて頂いたやり方で、ドレスのプリーツを作らせましたの。以前より綺麗な形になりましたわ」
「お針子さんの技術力が上がっただけですわ」
「サラ様の口紅の色、春らしくて素敵ですね!」
「では後日、ミリー様に似合う春色の紅を届けさせますね」
「本当ですか!」
「ええ。2、3日で届きますわ」
今日も、ご夫人方の興味や話題は、髪型、ドレス、メイクのようだ。自分の知っていることを話すだけなので、コミュニケーション能力が高くない私でも何とかなる。
生活の知恵や、私の作るメイク用品で良ければ、いくらでも提供しますよー、っと。
ある程度の情報を提供した後は、こちらも情報を貰う。
裕福な男爵家であれば、夜会など社交の場で、上位貴族からの情報も入ってくるようだ。
「やはり、ジョセフィーヌ様のことですわ」
「ええ。あと、ヴィオラ様のこともですわ」
「殆どの方が知ってらしたわ」
うわあ……ブラッドストーン男爵家、潰されないかな?たかが男爵家なのに、目立っちゃダメだよ!
『きゃーーーっ!』
幼い令嬢達の方で悲鳴が聞こえた。
どうしたのかしら?
すぐに侯爵夫人が対応し、戻ってこられた。
「サラ様、ヴィオラ様の所へ」
「え……あ、はい……」
何故このタイミング?
それって、明らかにヴィオラ様が何かしたってことよね。
周りの夫人方も不安そうな目で私を見ている。
「皆様、失礼しますね」
大丈夫ですよ、という意味を込めて、とりあえず微笑んでおいた。
侯爵夫人直々に案内された部屋に入ると、ヴィオラ様の他に、皇太子殿下、クリスティアン様、アルトがいた。アルト以外は、応接セットのソファに座って俯いていた。
「えっと……」
「ヴィオラ嬢は悪くないんです!」
クリスティアン様が立ち上がり、声をあげた。
「……全ては、僕の不注意だったんです!」
チラリとアルトの方を見ると、どうでもいいことに巻き込まれたかのように、窓辺の椅子に座って、外を眺めていた。
私は、今日のお茶会へは、アルトとヴィオラ様、二人の付き添い(保護者)として参加している。だから、ヴィオラ様に関わることは、私が対応する。
本来なら、ヴィオラ様の付き添いは、母親であるジョセフィーヌ様がやるべきことなのだが、男爵家に戻ってきた彼女は、他人に任せられることは他人に任せることにしているようだ。
「同じテーブルに着いていた令嬢の一人が、近くを通ったヴィオラ嬢のドレスにお茶をかけてしまって……」
「大丈夫ですよ。この様子だと、ヴィオラも、相手のご令嬢も、火傷などしなかったのでしょう?」
「はい……」
「でも、私のドレスは汚れてしまったわ!」
俯いていたヴィオラ様が声をあげた。
お義母様におねだりして、とてもいいドレスを仕立ててもらっていたものね。よっぽど悔しかったんでしょう。泣いた後のような目をしている。
「問題ありません。ドレスは破れたりしたわけではないので、帰ってから、染みが隠れるようなデザインに仕立て直してもらってください」
「サラ様は、私のことが嫌いだから、そんな酷いことを言うのね!」
「そんなことありませんよ。私は、息子のアルトの服が汚れていても同じように言います。って……アルト!?」
目を離した隙に、息子が侯爵夫人と手を取り合っていた。
え、なんで?友達を作るように言ったよね?誰が、侯爵夫人と仲良くなるように言った?えっ?えっ?えっ?
「ルミナス様、ありがとうございます!」
「此方こそ、良いことを聞いたわ。また、いらっしゃいね」
「はい!」
えーっ!?
この短時間でどうやったら、男爵子息(6歳)が、侯爵夫人(既婚)と、手を取り合うくらいに仲良くなるの?
「ふふっ、ヴィオラ様。後日、侯爵家よりブラッドストーン男爵家へ、お詫びの新しいドレスをお贈りしますわ」
「本当ですか!ありがとうございます!」
アルトと手を取り合っていた侯爵夫人は、急に親身になって接してくれるようになった。二人は何を話したのだろう?
私が部屋に入った時から俯いたままで、ずっと喋らなかった皇太子殿下が、急に立ち上がり、アルトの近くまで歩いて行った。少し肩が震えている。
そして、アルトの肩をポンと抱き、言った。
「お前いいな!将来、俺の側近に加えるから!」
「いいの?じゃあ、ちゃんと勉強しとくね!」
アルトは、年上の皇太子殿下に評価されて嬉しそうだ。
青田買いと言うにも程がある。
上位貴族程には教育水準の高くない下位貴族の、男爵家の幼児とも言える年齢の子を、将来の側近にスカウトとは……。
新しいドレスを貰えることになったヴィオラ様も、側近に加えると青田買いされたアルトも、指名した皇太子殿下も、お茶会主催者の侯爵夫人も、みんな嬉しそうだ。
この場で、訳もわからず呆然としているのは、私とクリスティアン様だけだ。
さっぱり分からない……。