新しい夫婦の関係
今回、少し短めです。
エリオットは、私が諦めて話を聞く姿勢を見せると、一呼吸おき、口を開いた。
「私はね、サラを愛しているんだ。そして、転生前のサラ──咲空のこともね」
「え……!?」
何で、エリオットが私の転生前の名前を知っているの!?
「それはね、転生前の私が、咲空の夫だからだよ」
「……っ!?」
ブワッと私の体温が上がる。
「本当に……?」
「うん」
エリオットが、二人の夫が同一人物であることを大したことではないかのように肯定する。
「……早く教えてくれたら良かったのに……」
「記憶がないのに、こんなことを急に言われたら混乱するだろう?」
「そっか……でも、気付いたなら、その時に!」
柔らかい声で「怒らないで?」と言いながら、エリオットは私を抱き寄せ、私の髪を撫でながら宥めた。
私の好きな人達は、同一人物。
うん。何だか、安心してきた。
「落ち着いた?」
「うん……」
その後、私達は前世でもしていたように、並んで同じ布団に入り、二人でひそひそと話をする。子供が眠った後に、一日の様子や出来事を、夫に話すのが習慣だった。
今は二人きりなので小声で話す必要もないのだけれど、つい小声になってしまう。
「サラは、よく口を滑らせているんだよ。サラが手にする物の殆どが、この世界ではまだ稀少な物なんだけど、気付いてた?」
「……?」
「例えば、スクリューキャップの容器。これは、瓶やペットボトルが当たり前に存在した前世では身近な物だったけれど、この世界では、私が職人を育て、何も無いところから作らせたんだよ」
「そうなの!?」
私が手作りの化粧品を入れている容器は、この世界では、まだ普及していない物だったらしい。エリオットが、私の好みの物ばかりを用意してくれると思っていたけれど、前世の私の好みを知っているから、わざわざ作ってくれていたらしい。
しかも、それを他の貴族へ売った売り上げは、男爵家の収入とは別にしてあるらしく、エリオットの個人資産の方が多いらしい。
エリオットが子供の時から、孤児を保護しては、領内の教会で知識や技術を身に付けさせていたのは知っていたが、容器の開発や生産までさせていたとは、知らなかった。
貴族の資金提供者が付かないと続けることが難しい芸術関係の仕事を希望する子がいれば、容器の絵付け等で生活費を確保しつつも、才能を伸ばせるような環境を与えているらしい。
義両親も、エリオットがお小遣いで、元孤児の芸術家のパトロンとなり生活を支えているのは知っていたようだったが、流石に、男爵領の税収を越える収入まで得ているとは知らなかったようだ。
そう言われてみれば……私が子供の時には、まだスクリューキャップの容器は無かったわね。
「今は、何人くらいいるの?」
「……あぁ、職人の人数かな?今は、全員で十四人。容器を作る職人が十人、絵付けをしている芸術家の卵が四人。うち二人が、サラ好みの絵を描く専属の絵付け師だよ」
「そ、そうなんだぁ」
私好みの絵を描く専属の絵付け師って、何だ!?え?私を喜ばせるためのデザインをする専属の絵付け師がいるの?
「勿論、サラが使うものは、完成品の中から私が更に選別しているよ」
何が、勿論なのか分からないが、私が特別扱いされていることは分かった。夫は以前から時々変わった発言をすることがあったので、小さなことは気にしない。
「ふわぁ……」
エリオットとの関係がはっきりして安心したからか、小上がり和室の雰囲気が気持ちを落ち着かせたからか、眠くなってきた。
「ふふっ、眠くなっちゃったね。今日は手を繋いで眠ろう?」
「えっ……うん」
「寝ているうちに何度か離れてしまうだろうけど、目が覚める度に、私が握り直すよ」
「ん?んー……」
既に目蓋は閉じ、微睡みながら話を聞いている私に、エリオットが何か言ってる。さっきの話で、開き直ってベタベタイチャイチャしようとしているなぁ……と、思いつつも、好きにさせることにした。私は、眠るから──
【エリオットside】
「おやすみ、サラ」
自分の隣で眠る妻の髪を撫でる。
少しもぞもぞしたが、起きる気配はない。
やはり、サラは細かいことを気にしない。
サラは、私の彼女への執着を受け入れている。むしろ、彼とエリオットが同一人物だと言われて、腑に落ちたのだろう。最終的に、エリオットである私への態度が柔らかくなった。
家格が合う男女で、同じ日に生まれた男女が夫婦になる確率はどれくらいだろう?出会いや運命を演出するためには、相手を知り、相手の好みに合わせた行動が必要だ。私達が長年連れ添った夫婦だったからこそ、上手くいった。
あぁ、私の愛しい人。
貴女は、ずっと私のものだ。
サラ。君のために、君が望むもの、私達に必要なものを、急いで手に入れるよ。それほど待たせない。
既に必要なピースは揃えてある。
あとは組み立てるだけ。
サラ、楽しみにしていてね。