夫の秘密と私の気持ち
久々の更新です。この小説の方向性が迷子になっていましたが、少しずつ恋愛要素を増やしていきたいとは思っています。後半から恋愛要素が少しずつ出てきます。
アルトは、文字の読み書きが出来るようになった頃から、屋敷内や部屋の見取り図を描いて遊ぶことあった。
それらは、宝さがしの地図だった。
幼いアルトは、使用人達が探しているものを先に見つけては、屋敷の見取り図に書き込み、探し物をしている使用人へ渡していた。私はそれを、幼い頃に読んであげた探検家の絵本に影響された遊びだと思っていた。
今回、アルトの描いた宿舎の設計図は、専門家が驚く程に良くできていたらしい。そして、完成した建物を見て、私も驚いている。
建物の骨組みを作っている時に、前世で見たことのある日本の建築様式のようだと思っていた。完成した建物は、華美な装飾などがないシンプルな作りで、学生の時に泊まった民宿のような作りだった。
そう!日本家屋風の建物!
流石に畳はないし、使用人宿舎という位置付けなので、民宿そのものとは言い切れないが、畳の代わりにラグで対応したり、部屋の入り口で靴を脱いだり、ベッドではなく布団をひいたり畳んだりする形式を採用しており、多くの日本文化の片鱗を見付けられた。
「え?誰か日本からの転生者でもいたの?」
基本的には板張りの床だが、大きなお風呂や個人の部屋の使い方、所々に日本文化を匂わせている。
(私も住みたい……)
「駄目だよ、サラ」
心の声が口に出ていたらしい。
夫に止められた。
「アルトは凄いわね……」
「そうだね。彼の設計する建物は、間違いなくこの世界でも最高の建築物になるよ。それよりも、サラ……」
夫の親指に唇を撫でられた。
「サラには、もっと良いものを用意したんだ」
そう言った夫にエスコートされ、連れていかれた部屋に入った瞬間、私は大人気なくも、はしゃいでしまった!
「わぁぁぁあ!何これ!凄い!!」
部屋の真ん中に障子が並んでいる。
その奥は、どうなっているのかしら?
(畳があったり……?)
「たぶん、サラの想像通りだよ」
「……っ!?」
障子を開けると
小上がり和室だった。畳がひいてある!
この世界に、い草なんてあったのかしら?
靴を脱いで小上がりに上がる。
「ふわぁぁぁぁあっ!」
この感じ!懐かしい……
「今日のサラは、驚いてばかりだね」
夫が微笑みながら、小上がりに座る。
後ろに手をつきながら、顔だけ此方へ向ける様子に息を飲んだ。
な、な、なっ!
色素の薄い髪が、太陽の光を受けて反射していた。
黒髪黒目がデフォルトの日本人だった前世から見れば、全体的に薄い色彩の容姿をしている。
──ドキドキする。
畳に興奮しているのか、和室に興奮しているのか、はたまた夫に興奮しているのか、興奮しっぱなしで、ちょっと曖昧だ。
「今日はね、サラに私達の秘密を話すよ」
「秘密?なに?」
夫は靴を脱ぐと、私のそばに来た。
そして、そのまま畳の上に座わると、私の手を引き、自分の膝の間に座らせた。
私は、後ろから抱き締められる体勢となり、恥ずかしさを隠し切れず下を向きながらも、夫の話を聞くことに集中した。
「実は、私達も転生者なんだ」
「え?…………転生者!?」
「そう」
「エリオットが転生者!?」
「うん」
「私達もってことは、他にもいるの?」
私の質問に、夫はニッコリと微笑み、答えた。
「アルトだよ」
あ、アルトーーーーーっ!?
夫は、絶句する私に諭すように話す。
「サラも転生者だよね」
「うっ、は……い」
「きっかけは、私の母の発言かな?」
「うん……」
夫が私を抱きしめる力が強くなった。
「悲しい思いをさせたね」
「う……は、いや……うん」
「サラ……」
後ろを向きながら見上げると、夫が悲しそうな表情をしていた。私の体を強く抱きしめながら、小さな声で呟く。
「『今回は離縁してもいい』なんて、言わないで……」
何のことだろう?
いつ、そんなことを言ったかな?
「…………」
ポカンとした表情の私を見て、真剣な表情をしていた夫は、破顔した。
「もしかして、忘れてた……?」
「えっと……何のこと?」
「そっか……」
呆れた表情をするかと思ったが、夫は、ただ嬉しそうに微笑んだだけだった。
『今夜は、この部屋で眠らない?』
夫にそう言われ、私は二つ返事でその誘いに応じた。
私達が夕食と湯浴みを終え、小上がり和室のある部屋へ戻ると、既に大きめの布団が並べて用意されていた。
「ふふっ、新婚旅行みたいだね」
夫は無邪気に笑うが、夫も転生者であることを聞いたからか、昨日までの夫とは別人のように感じる。夕食を食べ、湯浴みをしているうちに、私は徐々にそわそわしている。
「さあ、明かりを消そうか」
──ビクッ
「…………もしかして私が怖い?」
「……っ!?」
私の反応に、夫のエリオットは、悲しそうに目を伏せた。
「ごっ、ごめん……なさい!」
「それは……どういう意味、の……謝罪?」
夫に正面から見つめられ、私は視線をさ迷わせた。
分からないのだ。自分でも、どうして夫と二人きりの状態に緊張しているのか、分からない。昨日までと別人みたいに感じているからか、それとも前世での新婚旅行を思い出したからなのか。
その事を、悲しそうな表情をしている夫へ正直に伝えると、少し困ったような顔をして、声を掛けられた。
「触れても、良い?」
「あ……うん、大丈夫」
夫は、ゆっくりと私の両手の指先を握り、そっと私の顔を覗き込んだ。
「前世を思い出した時に、前の家族のことも思い出した?」
「うっ……うん」
「だから最近、私のことを『エリオット』って呼んでくれないの?」
「えっ……」
「少し、よそよそしかったからね。今日は、私のことを『夫』ではなく他の男を見るような、そんな目で見ていたよ。私が怖い?」
「……っ!?」
私の目にじわりと涙が浮かんだ。
「こ……わくない。でも……浮気、してるみたいで……」
「……?」
「前世……のことを、思い、出したら、前の……夫のこと……も、まだ、好き、なことに……気づいて……。でも、エリオットのことも、好き……で。私と、同じ……ように、エリオットに、も、違う……人の、記憶が……あるかも、と思ったら、嫌で……」
「嫉妬、してくれたの?」
エリオットは、何故か嬉しそうな顔をしていた。
「サラは、エリオットと前世の夫、どちらも好きなの?」
夫の問いに頷く。
「浮気してるみたいで、私に悪いと思ってる?」
再び、私は頷く。
「そして、サラと同じように転生者の私が、前世での妻を愛しているかも知れないことに、嫉妬……している?」
私は頷く。
私の目の前には、今までにないくらいに嬉しそうな顔をしたエリオットがいる。
「サラ、聞いて。私は、転生前の妻のことも、サラのことも、二人共、心から愛している。何故なら、サラ──」
私の知らない、私以外の女性のことを嬉しそうに話すエリオットなんて見たくない。聞きたくない、見たくない!
そう思って、耳を塞ぎ、目を閉じた。
数秒後、誰かが耳を塞ぐ私の手に優しく触れた。
まぁ、目の前にいるエリオットなんだろうけど。
仕方なく、そっと目を開けると、やはり嬉しそうに、優しく微笑むエリオットがいた。
エリオットは、耳を塞ぐ私の手を取り、自分の口元に持っていく。指先に軽くキスすると、口を開く。
「ちゃんと最後まで聞いて」
エリオットの有無を言わさぬ態度に、ただ私は黙って頷くしかなかった。