自由な息子、アルト
ヴィオラ様の行動に驚かされること数日。
突然、アルトから伝えられた予定。
「お母様。明日から、お祖母様に会いに行ってきます。一月程で戻る予定です」
そう言って、一人息子のアルトは、一月前に祖父母のいるアベンチュリンへ向かった。そして、一月が経った今日、ブラッドストーン男爵家へ帰ってきた。
祖父母を見送った日から二週間続いた、毎朝の走り込みや鍛練、午前中の授業(但しアルトは黙々と自分で学習を進めていた)に、午後のダンスの練習。おそらく、休みが欲しかったのだろう。
少し嫌気も差し始めていたタイミングで、お義母様からの手紙が届いた。それは、アベンチュリンの子供達に、読み書きや計算を教えたいとのことだった。
その日の内に、夫のエリオットは、アルトに数人の護衛を付け、アベンチュリンへ向かわせることを決めた。
決めた……のだが、アルトがアベンチュリンへ行くことは、夫ではなくアルトの意思だったらしい。
幼いアルトだけでアベンチュリンへ向かわせることを心配した夫は、移動中のアルトの護衛として、男爵家にいる元軍人全員を連れていくように指示した。
最終的に護衛は、アルトが選んだ三人になったが、最後まで護衛の人数が少なすぎると、夫は渋っていた。
『こんな子供が多くの従者を連れていたら、高位貴族と勘違いされて、逆に危ないよ!』
というのが、アルトの言い分だった。
そして、今現在に至る訳だが……。
私の目の前には、アベンチュリンへ付いていった男性三人に加えて、新たに幼い男女四人がいた。
「えへっ、連れて帰って来ちゃった」
アルトは、悪いことをしたと思っていないようで、無邪気に笑って見せた。あぁ、久々に会う我が子、可愛い!
……って、違う!
「アルト、人間は犬や猫を拾うのとは違うのよ?」
「勿論だよ!でも……お母様は、悪いことをしていないのに孤児院から追い出された兄妹を放っておける?身寄りを亡くして落ち込んでいる人を放っておける?人にはない力があるのに、それを生かせないまま、無駄に時間を搾取されている人を放っておける?」
「…………まずは、話を聞くわ」
アルトより少し年上に見えるダリとナナの兄妹。
二人の兄妹には、アルトがアベンチュリンへ向かう途中の町で出会ったらしい。二人は、日も暮れ薄暗くなった宿屋の外にうずくまっていたとのこと。孤児院で世話をしてくれていた大人に「戻ってくるまで、ここで待つように」と言われ待っていたが、アルト達が声を掛けた時点で、既に丸一日そこにいたそうだ。
不憫に感じると共に嫌な予感がしたので、宿屋の女将へダリとナナの食事代や宿代を渡し、自分達が帰りに立ち寄るまでの間、様子を見てもらうことにした。
そして、アベンチュリンからの帰りに、宿屋へ再度立ち寄ったところ、やはり迎えは来ていなかった。そもそも、その町に孤児院はないとのことだった。
「つ、連れて帰るわね、私なら。一人立ちできる年齢になるまで世話をして、ついでに手に職を持たせてあげたいと思うわ」
アルトは軽く頷くと、他の二人についても話してくれた。
アベンチュリンで、身内を亡くしたばかりで落ち込んでいたハンナ、帰りに立ち寄った町の店先で、店主に箒で叩かれていたヴァン。こちらもアルトと同じくらいの年齢の二人。
二人は、きちんと教育を受けられない環境の中でも、この生活を変える機会を得るために、子供ながらに考えて、身の回りの情報収集を行っていたそうだ。
集めた情報の内容は、八百屋の店主が花屋の娘に懸想しているとか、隣の領で水害が発生したため物資が届きにくくなり一時的に物価が上がっているとか、とある貴族が花街に通いつめているとか、何処其処の地域で独自の治水工事が始まるとか、役に立つのかどうか怪しいものが多かったが、それでも大量の情報を集めれば何らかの武器になると考える所が良いと思ったとのこと。アルトは、高度な教育を施したら間違いなく、有能な人材に育つと考えたようだった。
ダリとナナをブラッドストーン男爵領へ連れて帰るならば、二人連れ帰るも四人連れ帰るも変わらないと、ハンナとヴァンの将来性に賭けて、思いきって連れてきたとのことだった。
「え?それは……ハンナとヴァンの境遇は気になるけど、まだ子供のアルトが後先考えずに連れてきちゃ駄目でしょ……」
「でも、連れて帰って来ちゃったよ。今更、元の場所には帰せないよ?本当に駄目かな?子供だから、元軍人の人達より食費はかからないよ?」
「えー……」
アルトは何を考えているの?
「良いよ。教育してみたら?」
声のした方を向くと、夫がいた。
「アルトが不在だった間に、鍛えた筋肉達のお陰で、父が残した家庭菜園が広がって、今後の野菜の収穫量は増える予定だから、食費は気にしなくて良いよ。あとは……部屋についても、宿舎を建てる予定だから、大丈夫だよ」
「お父様、ありがとうございます!」
確かに、生活費的なものが必要ないなら、引き取ることはできる。というか、宿舎を建てる……?
「今まで先送りにしていたけど、やはり宿舎は必要だからね。彼らには、男爵家の使用人部屋では少し窮屈そうなんだ。彼らのような屈強な戦士に、家事が中心の使用人と同じサイズでは、本当に……」
あぁ、そう言われてみれば、彼らには狭いかも知れない。
「ねぇねえ、お父様!その宿舎、僕が設計してもいいですか?」
「そうだね。とりあえず、建物を立ててくれる専門家の大人達と一緒にやってみなさい。我が儘を言ってはいけないよ」
「はい!」
最近のアルトは何にでも興味を持つのね。
「ところで、アルト。アベンチュリンはどうだった?」
アルトは少し考えた後、少し不満そうな顔をした。
「壊滅的な味、はありませんでした。少し期待していたのに、普通に美味しかったです……」
「ぷっ……成る程。アルトは、壊滅的な料理を楽しみにアベンチュリンへ行ったのか!」
口元を尖らせ、拗ねるアルトの様子に夫が笑っている。こうしていると、アルトも年相応の子供ね。