筋肉は裏切らない?
お久しぶりです。更新再開します。
遂に、今日から始まった。
ブラッドストーン男爵家に残った十人の元軍人。
怪我で退役した彼らは『日々の訓練は、主を守る剣であり、自らを守る盾である』と、朝から鍛練に励んでいる。
日々、怪我から復帰した者が加わり訓練を再開していたが、本日やっと全員が揃った。義両親を見送った翌日だ。
昨日までに少しずつ用意していた教材は、昨日発覚した事実──読み書きは問題ないが、極端に数字に弱いこと──により、算数以外は、いつ使うことになるのか不明だ。
まずは、小学生レベルの計算力を身に付けてもらう。
まずは、朝の訓練。
一昨日から参加していたアルトに加えて、今朝から、ヴィオラ様も参加することになった。ヴィオラ様は、夏休みの虫取少年のような格好で走ったらしい。令嬢に、ウォーキングではなくランニングをさせるとは……。
確かに、娘に早起きをさせる、とは聞いていたが、ジョセフィーヌ様も思いきった決定をされたものだ。
午前中は、座学の時間。
元軍人の皆さんは真剣に学んでいる。が……
「サラ殿、ここはどう計算する?」
「サラさん、問題の意味が分からない」
「ジョセフィーヌ殿。これは、全財産を渡すということか?」
「サラ殿。これは、結婚式の資金として全財産を渡す、で問題ないのではないか?」
これは、騙される!
なぜ全財産を渡そうとするの!?
先が、思いやられる。
軽めの昼食をとり、少し休憩をしたら、ダンスの練習をする。
彼らは、昼食をとるグループと、水浴びをするグループに分かれ、汗の臭いを流してもらう。汗臭い相手とのダンスは、精神的に厳しい。
「え?サラは踊らないよ」
「え……でも、男性の人数の方が多いから──」
ダンスの練習を開始しようとしたタイミングで、夫が現れた。
そして、お手本として夫婦でダンスを躍り、その後に言い放った。
「サラに触れていいのは私だけだ。ダンスの練習でも、サラには踊らせない。女性パートは、姉上とヴィオラが中心に踊りなさい。筋肉ども、理解したか?」
『オッス!』
「姉上、出来ますね?」
「え、えぇ……」
そして始まった、ダンスの練習。
な、なんて切れのいいダンス。
優雅さなんて微塵も感じさせず、俊敏なステップのやり取りが……って、違う!
「これはダンスです!剣舞ではありませんよ!」
「あのぅ……」
「なんでしょう?」
「相手がいないので、見学しながら体を動かしてもいいですか?」
「そうですね。構いませんよ」
「ありがとうございます!」
お礼を言うなり、彼は床に手を付いた。
そして──
「いっち、にっ、さん、しっ」
──はっ、はっ、はっ、はっ
リズムに合わせて腕立てを始めた。腕を怪我していた人たちはスクワットをしている。えっ?普通は、ダンスのステップを踏んでみる……とか、ではないの?
「いっち、にぃ……さん、し……」
──はっ、はっ、はっ、はっ
え?え?え?何、コレ!?
私は、目が死んだ魚のようで何かを悟りきったような顔のジョセフィーヌ様と共に、ダンスの指導をし続けた。
「いやぁ、良い汗が出ましたね!」
「え、えぇ……」
「明日もよろしくお願いします!」
「は、はい。よろしくお願いしますね」
そして、彼らの殆どは庭へ向かった。
彼らは、ダンスと座学の授業時間以外は『筋肉は裏切らない!』と、時間を見つけては訓練や筋トレに励んでいる。
男爵家に雇われている自覚を忘れないよう、そして、ただ飯食らいにならないようにと、当番を決めて男爵家の警備をしてくれているそうだ。
1週間が経った。筋肉中心の日々が過ぎた。
あら?ヴィオラ様の様子がおかしいわ。
明らかに、歳が近いニトロ君を意識している。
先日、ヴィオラ様とアルトの二人が、ニトロ君を誘ってお茶をしたと聞いたけれど、何かあったのかしら?
「ニトロ!今日も、私に付き合いなさい!」
「はい、ヴィオラ様!」
二人が連れだって裏庭の方へ歩いていく。
え……、まさかっ!?
ニトロ君も嬉々として付いていっているから、嫌がらせをされているとかではなさそうだけれど、人目に付きにくい裏庭で二人は何をするのかしら?
私は気になって、こっそり覗く。
本当は、こんなことをしない方が良いのでしょうが──
「大丈夫よ、サラさん。静かに見てて」
後ろから急に話し掛けられて、小さくビクリと跳ねる。
「ジョセフィーヌ様……」
後ろを振り返ると、口元に人差し指を立てたジョセフィーヌ様がいた。微笑んでいるが、気配もなく背後に立ち、急に声を掛けるのは止めて欲しかった。いえ、他人の行動をこっそり覗いている私の方がが悪いのだけれど……。
今度は、ジョセフィーヌ様と二人で見守る。
「ジョセフィーヌ様、ヴィオラ様は何をなさっているのでしょう?」
「見たままよ」
いや、見たままって……。
ヴィオラ様もニトロ君も、真剣に何をしているの?
だって、あれは──
「ヴィオラ様。全体を振るのではなく、肘から先、手首だけを動かすつもりでやってみてください」
「や、やっているわ!」
「違います!こうです」
「に、ニトロ!貴方、顔が近いわよ!」
「あー……でも、良くなりましたよ?」
時々、ニトロ君が後ろから覆い被さるようにして、ヴィオラ様の手首を掴み、二人で練習しているもの。あれは──
──ぺちっ
──ぺちん
──パンッ
「あぁ!良くなってきましたよ、ヴィオラ様!」
「当たり前でしょ!」
──パァンッ
──パァンッ
「今度は、的のギリギリを狙って見てください」
「やってみるわ!」
──バシっ
「あら、当てる方が簡単なのね」
「そうですね。まぁ、ヴィオラ様の場合、相手と距離を置くための威嚇なので、当たっても当たらなくても構いませんけどね。何かあれば、基本的には逃げてください。これは、追い詰められた時の時間稼ぎにしかなりませんし……」
何故、ニトロ君はヴィオラ様に『武器』の使い方を教えていたのか、何となく理解は出来た。護身のためね。でも、
「何で、鞭……なの?」
「「えっ!?」」
あっ、ヴィオラ様達に見付かってしまいました。
「ヴィオラ……」
「お母様?」「ジョセフィーヌさま!?」
ジョセフィーヌ様もですね。ところで、
「何故、ヴィオラ様は鞭など握っているのですか?」
「叔母様……」「奥様、これは……」
「ねぇ……先日から気になっていたのだけれど、ヴィオラは淑女ではなく女性騎士や冒険者を目指すことにしたの?それとも、ただ自衛のため鞭に手を出したの?または──」
「お母様!自衛のためですわ!」
ヴィオラ様がジョセフィーヌ様の言葉に、何やら焦っているようですが、ヴィオラ様も年頃の少女だったということですね。良いんですよぅ。だって、あんなにニトロ君と密着していましたもんねぇ。
おっと、下世話な思考になってしまいました。
あと、ジョセフィーヌ様は、数日前からヴィオラ様が何をしているのか知っていたんですね。
「まぁ、仲良くしている分には構いませんよ。ヴィオラ様が、自分の身を守る術を持っているのは良いことですし?」
「そうね、娘が何を目指すにしても、応援してあげるのが親の……ふふっ」
ジョセフィーヌ様は、ニトロ君推しなんですね?
まぁ、貴族と言っても末端。ヴィオラ様が嫁ぐ先は、本人が望むなら平民でも構いません。
「では、お邪魔しても悪いですし。私達は、失礼しますね。行きましょう、ジョセフィーヌ様」
「ええ」
私とジョセフィーヌ様は、ヴィオラ様とニトロ君を残し、屋敷の中へ移動した。何だか、ジョセフィーヌ様は、嬉しそうな様子だった。