筋肉ダンス②(ヴィオラside)
筋肉ダンスが終わると、夕食まで自由時間だ。
筋肉達も、交代しながら休憩をするらしい。
「ねぇ……あなた、」
私は、つい、近くにいた女性に声を掛けてしまった。
「あ……」
ど、どうしよう!?
本当に、つい声を掛けてしまっただけで、何か用事があったわけではない。
「あぁ、君。これから時間ある?」
突然、アルトが声を掛けてきた。
「君、この中で僕達と一番歳が近そうだし、僕達と一緒にお菓子でも摘まみながら、お茶しない?」
「え!?いいんですか?」
「うん。ヴィオラも構わないでしょ?」
「え、ええ……よろしくってよ!」
私達は、庭で一緒にお茶を飲むことになった。
にしても……この人、他の筋肉達に混ざって鍛えていたけど、少し筋肉の付き方が違うのよね。しなやかというか。
「貴女は、なぜ軍を去ったのかしら?」
「お……わ、私は、利き手を怪我してしまい、今までのように正確に鞭を振るえなくなって、しまいました……」
「「鞭……?」」
「えぇ……」
話を聞くと、何とも……言えなかった。
曰く──
ある日、町へ行った帰り道でのこと。
薄暗い路地裏で、若い女性に鞭で打たれる男性がいた。あまりにも可哀想で、つい声を掛けてしまった。すると『ご主人様からのご褒美なんだから、邪魔しないでくれ!』と怒られた。
そのまま立ち去ろうとしたら、女性に『飽きたから、代わってちょうだい』と言われ、鞭を握らされた。面倒だったが、お駄賃をくれるというので、代わりに鞭で打った。地面を。
そのときの男性が、軍にいたときの上司。当たるか当たらないかのスレスレを狙って、鞭を振るう様子に惚れ惚れしたらしく、軍にスカウトされたとのこと。
なんか……気持ち悪い……
「ヴィオラ、大丈夫?」
余程、私の顔色が悪かったのだろう。
私のことを嫌いな筈のアルトが心配してくれた。
「す、すみません!ご令嬢に聞かせるような話ではありませんでした!気持ち……悪い、ですよね。すみません……」
「いや……大変でしたね。まさか、軍でも頼まれて……たりは、流石にないですよね?」
「はい。上司も、流石に趣味に付き合ってもらう相手は選ぶと言っていました」
「「良かった……」」
彼女は、この家にいる方が良いわね。変な趣味のある上司の元より、ブラッドストーン男爵家に仕える方が、間違いなく良いわ。
彼女を少しでも励まそうと、彼女の手を取り、包み込むように握った。あら?目を潤ませ、頬を染めているわ。余程、上司に嫌な思いをさせられていたのね。
「貴女も大変だったのね。同じ女性として、同情するわ……」
「「えっ!?」」
アルトは目を見開き、女性の顔色は朱から青に変わった。
「な、何よ!私だって、他人を気遣ったり、気の毒に思うことくらいあるわ!」
表情を驚愕に染めたアルトが叫んだ。
「違う!ヴィオラ!」
「え……」
「彼は男だ!」
「えっ!?」
お、おとこ?オトコ?男っ!
「じょ、女性……ではないの?」
「私……は、男です」
「もしかして、ヴィオラ……。彼が僕たちと話すとき、一人称を『私』にしたから間違えた?」
だ、だって……
「し、仕方ないじゃない!あのムキムキ筋肉集団の中に、こんな綺麗な顔をした筋肉が……いるわけ、ない……と思って……」
恥ずかしい。ずっと同姓だと思ってた。
だから、手だって握ったのに!
「わ、私、そろそろ部屋に戻るわ……」
ふらふらと立ち上がり、部屋に戻ることにした。
少し落ち着くまで、部屋でゆっくりしましょう。
それが良いわ。
「あっ、危ない!」
──ふわり
あれ?体が浮いている。
子供とはいえ、ドレスも着ているし、そんなに軽くはない。その細い腕で、体で、どうやって支えたの?
「だ、大丈夫よ!」
「あの!俺、部屋まで送ります!」
彼女……もとい、彼が、私の体を支え、抱き上げていた。
「…………!?」
「そうしてもらいなよ。年下の僕じゃ、倒れたヴィオラを運べないしね」
確かに、その通りだが、恥ずかしい。
心なしか、アルトがニヤニヤしているから余計だ。
「お、下ろしなさい!私は、貴方の仕える男爵家の令嬢よ!貴方、レディに対して──」
話している途中で、そっと下ろされ立たされた。
彼は片膝を付き、私を見上げる体勢で、眉を下げ困った表情をしていた。
「小さなレディ。私に、貴女を部屋まで送り届ける役目をいただけますか?」
うっ……
数日前から、むさ苦しい筋肉ばかり見ているから、少し綺麗な顔をしているだけの筈なのに、無駄にキラキラ見える。しかも、先程まで同姓だと思っていた相手が、本当は男性だったということもあり、ドキドキしてしまう。
「ま、まぁ……部屋の前まで付いてきても、よろしくってよ!」
恥ずかしい。少し火照る顔を隠したい。
私は、久々に自室以外で扇子を広げた。
──バキッ
「えっ……」「ぷっ……」
お気に入りの扇子だったのに、壊れた。
「まぁ、ヴィオラ。自分の気持ちには、素直にねぇ」
私の扇子が壊れたことを笑いながら、アルトは去っていった。
その後、部屋に戻った私は、一人考えた。
「名前、聞き忘れたわ。鞭の人……」
夕食以降は、今まで通りの生活をさせてもらえている。
ただ、朝が早いので、必然的に夜更かしは出来なくなった。
気づいたら朝だった。
まぁ、まだ外は薄暗いのだけれど。
今日も、朝は可愛げのない服装。
そして、汗だくになって走らされる。振り向くと、大剣を背負った恐ろしい筋肉がいる。もう、嫌だ……
しかし、今日の私には目標がある。
再び、彼を捕まえ、話をすること。
朝は……無理……。もう、動けない。
午前中、も難しい。
集まった筋肉達も私も、学びの時間は大切にしている。
私は、誰もが振り返る淑女になるのよ!
お昼、も難しい。
筋肉達は、交代で休憩をすると言っていた。
彼が休憩をするタイミングが分からない。
昨日は、筋肉ダンスの後にお茶をした。
同じタイミングで声を掛けてみよう。
「ねぇ、貴方。少しお話があるのだけど、付いてきてもらえるかしら?」
やっと声を掛けられた!
「あ……す、すみません!今日は、夕方以降の見回りと警備の当番でして……」
「そ、そう……なの……」
「明日であれば、昨日と同じように時間があります」
「では、明日でよろしくってよ!」
「分かりました。では、明日……昨日と同じ場所ですか?」
庭……よりは……
「いえ、明日は私がその時に行きたい場所へ案内するわ」
「分かりました。それでは失礼します!」
彼は去っていった。
あっ……また、名前を聞き忘れたわ。
「彼の名前は『ニトロ』だよ」
背後から、アルトが声を掛けてきた。
「覚えておくと良いよ。彼に、ニトロに、ヴィオラが興味を持っているならね」
アルトは、私の顔をじっと見つめてから、去っていった。
次は、サラ視点に戻ります。