転生者の私は2度目
前世(現代)と今世(異世界)が何度か切り替わります。そのため、少し読みづらいかもしれませんが、ご了承ください。
『この子は、もう父親に会えないのよ!』
お義母様がそう叫んだ瞬間、私の目の前が真っ白になった。
──ああ、『また』私を消すのね……
***
「咲空ちゃん!明日から、季里ちゃんを預かるけど、私は留守だから、面倒を頼んでいい?」
「まぁ……そうしないと預け先も無いんでしょう?」
「お爺さんもいるけど、頼りにならないから……」
はぁ……『また』だ。
専業主婦の私だけが、不満を口に出来ず我慢する。
シングルマザーのお義姉さんは、明日も在宅勤務で自宅にはいるけれど、家に子供がいたら仕事が出来ないと、お義母さんに預ける。
しかし、お義母さんは自分の仕事や趣味に忙しく、更に、同居の嫁である私へ、預かった子供を任せる。
前年まで、年に数回の食事を、会話もなく一緒に食べるだけの関係だった姪が、就学前の家庭外での練習と称して、毎週やってくる。
お義姉さんは、誰が子供の面倒を見ているのか、具体的に知っているのかどうか分からないが、私は一度もお礼を言われた記憶がない。自分の両親が面倒をみていると思っている?
あぁ、憂鬱だ。
自分との血の繋がりもなく、五年以上も関わることがなかった姪だ。我が子の方が可愛いに決まっている。
息子が、お気に入りのDVDのディスクを割られ、泣いた。
息子が、買ってあげたばかりのクレヨンを折られ、泣いた。
息子が、大切にしている絵本を取り上げられ、泣いた。
最初は、私も、子供のする事だからと許した。
普段から物を買ってもらえないという姪に、クレヨンや自由帳といった、息子と同じもので揃えられるものを、新たに買い与えた。
また、お義姉さんからは何も言われない。
表面上は取り繕うが、祖父母である義両親と私は、姪との関係性が異なるので、気付いたら我が子を贔屓している。
ああ、『また』私の息子が泣いている──
***
なぜ、そんな中途半端で嫌な記憶が甦るのか……。
もっと有意義な情報は無かったのかと、唖然とする。
私は『転生者』だ。
別に、不慮の事故や病気で亡くなった訳ではない。
大学卒業後、就職し、結婚して、子供を産み育て、老後も夫と楽しく過ごした記憶がある。
ただ、息子の幼児期に、義両親とお義姉さんに嫌な思い出があるだけだ。
「ただ……
今回は離縁もありかな?」
ポツリと呟いた言葉。
それは、暗い部屋に消えた──
夫とは恋愛結婚で、同じ家格の男爵家に嫁いだ。
私の実家の男爵家は祖父の代での成り上がりなので、代々続く夫の男爵家側から反対されるかと思ったが、幾つかの商会を抱える男爵家だったことが効を奏したのか、私は歓迎された。
それに、夫の姉は家格が上の子爵家の次男に嫁いで、子供もいたし、私と義両親も上手くやっているように見えた。
しかし、今世でも似たようなことが起こった。
その始まりは、五日前のことだった。
『フロント殿が亡くなったそうだ!』
『ジョセフィーヌとヴィオラは!?』
『子爵家のフローレンス殿は、ジョセフィーヌとヴィオラを、子爵家から母子共々追い出すとのことだ』
『まぁ!では、あの子達を迎えなくては!』
お義父様とお義母様が、夫を亡くした実娘のジョセフィーヌ様と、孫娘のヴィオラ様を、男爵家に迎え入れることを決められた。
私も夫も、お世話になっていたフロント様が亡くなり悲しかったが、ジョセフィーヌ様やヴィオラ様の方が悲しいだろうし、実家に戻った後も、ある程度までなら不自由のない暮らしをしてもらおうと考えていた。
しかし──
現実は厳しかった。
子爵家で甘やかされて育っていたヴィオラ様、裕福な子爵家で贅沢を覚えたジョセフィーヌ様、ジョセフィーヌ様に甘いお義母様。三人の女性達に男爵家の面々は振り回され始めた。
『ねぇ、アルト。それ、ヴィに貸してよ!』
ヴィオラ様は、息子のアルトの物を奪っていく。
私が反論すれば、お義母様が現れて、まだヴィオラ様は男爵家に戻ったばかりで、必要なものを揃えてあげられていないのだからと、息子が我慢を強いられた。
『お母様、ヴィオラがお茶会で着ていくドレスが必要なの。用意してあげて』
ジョセフィーヌ様は、子爵家から出る際に渡された金銭には手をつけず、娘のヴィオラ様に必要なものは、お義母様にねだった。
『アルト。あなたには両親が揃っているのだから、贅沢を言っては駄目よ』
実娘と孫娘を甘やかすお義母様は、常に私達家族に我慢をするように言った。
子爵家から男爵家に嫁いだお義母様。
その事を気に掛けて、お義母様に強く言えないお義父様。
ヴィオラ様がお茶会で着る予定のドレスは、子爵家から母親と共に追い出され男爵家に戻ってきた令嬢が着るには、上質過ぎる生地で作られた。
アルトには、夫が幼い頃に着ていた服を、大切に保管していたからと渡された。所々ほつれていたところは、私が針子の真似事をして、何とか直した。
***
「ただいま」
「おかえり、パパっ!」
今日も息子が可愛い。
毎晩、夫婦で息子の1日の様子を話す。
あまり子供を望んでいなかった夫も、いざ我が子が生まれてみると可愛かったらしく、今では我が子に夢中だ。
「今日は、ゆう君と一緒にクッキーを焼いたよ。型抜きが粘土みたいで楽しかったみたい。自分が作ったクッキーは美味しかったのか、いっぱい食べてた」
「ふふっ、可愛いなぁ」
「明日は季里ちゃんも一緒にお出掛けだから、喜ぶかな?」
「喜ぶと思うよ。ゆう君、楽しみだね」
『おとうさん』
駐車場へ帰る途中、夫の手を握った季里ちゃんが、そう呼んだ。
『違うよ。叔父さんは、季里ちゃんのお父さんじゃないよ。叔父さんは、ゆう君のお父さんなんだ』
『そっか……』
あぁ、そうだった。夫は間違わない。
家族を守る大切な選択は、絶対に間違わない。
甘えん坊で我が儘で、時々理不尽に怒ったりする。
でも、どんなに怒っていても手は上げないし、どんな時も自分の家族を一番大切にする。
貴方がいたから、私は壊れなかった──
***
「ねぇ、アルト!明日のお茶会、ちゃんと私のことをエスコートしてね!」
「わかったよ、ヴィオラちゃん」
母親の私が言うのも何だが、私達が大切に育てたアルトは、どんなに泣かされても最後には許してしまうお人好しだ。
明日の8歳前後の子供達を集めたお茶会がどうなるのか、お古を着ているアルトはバカにされたりしないか、私は不安で仕方がない。
「大丈夫だよ。明日のアルトは、きっと素晴らしい結果を見せてくれるよ」
「でも……服は、貴方のお古を私が繕い直しただけよ……」
「大丈夫」
隣に座っていた夫は、不安そうな私を抱き寄せると、背中をポンポンっと優しく撫でる。
夫に抱かれ、不安が和らぎ始めた頃に、ウトウトしていたのだろう。
気がついたら朝だった。
寝室の外から声が聞こえる。
「アルト。今日は、父様の代わりにお母様を頼んだぞ」
「うん、任せて」
子供の朝は早い。
アルトも例外ではなかったようで、今朝は夫が対応してくれていたようだ。
「あら、アルト。今日の貴方は、ヴィオラをエスコートするのよ?」
「わかってるよ。僕が、ヴィオラをエスコートする。でも、お母様のことも任せて!」
夫は、私達をニコニコと眺めていたが、出掛ける時間になったようで、私のそばにやって来た。
「いってきます」
「ええ、いってらっしゃい。お気を付けて」
今日はアルトがいるから、お互いの頬にキスをした。
私は、前世の時から、夫を見送る時にキスをしている。
これは、おまじないだ。
効果は、家庭のことを心配せず仕事に集中出来るようになるとか、仕事の効率が上がるとか、色々あるようだが、私は、夫が無事に家に帰ってきてくれるように願ってキスをしていた。
朝からは恥ずかしくて口に出せない『愛してる』を、毎朝そっと伝える行為……だとも思っている。
夫を見送った私とアルトは、お茶会へ出掛ける準備を始める。
男爵家なので、私達専属の使用人はいない。数人だけいた上級使用人は全て、お義母様とジョセフィーヌ様専属になってしまった。
私は、一人でも着ることが出来る簡単なドレスを着た。
化粧も、前世で十分な経験があるので、道具さえあれば自分で終えることが出来る。更に言えば、男爵家はお金がないので、原料だけ買い揃え、私専用のミネラルファンデーションやチーク、口紅を作った。
髪も、鏡を見ながら自分で結った。所詮、次期男爵夫人なので、そこまで複雑な髪型は求められていない。編み込みと、くるりんぱを駆使して、全体を纏めると、最後にほつれないようにピンで止めた。
「私はこれでいいわ」
「お母様、僕も自分で出来たよ!」
アルトも着替えを終えて、戻ってきた。
いつも私達が必要なもの運んでくれる下級使用人が、アルトの後に付いて来ていて、扉の前で立ち止まっていたので、お礼を言う。
「アルトを手伝ってくれたのね。ありがとう」
「いえ、私は……」
「ふふっ、私、貴女にはいつも感謝しているのよ。以前より屋敷内の使用人の数が少なくなったにも関わらず、私とアルトが生活する上で困らないのは、貴女が頑張ってくれているからだって」
「いえ……本来は奥様が──「しっ!」
彼女が言いたいことは分かる。
私だって、同じことを考えているから。
でも、口に出してはいけない。
彼女の口元に当てていた指先と、自分の口元に当てていた指先を下げながら微笑む。
「大丈夫よ」
もう少し待っていて。
貴女も報われる日が来るわ。
だって、今回の私は──
きっちりと反撃するつもりだから!