師匠と弟子
師匠、いってしまうのですか?
うん。いかないと。みんながぼくを待っている。あいつを止めれるのはぼくだけだ。
師匠、いかないで下さい。
それは無理なお願いだね。リク、お前もぼくの運命は知っているだろう?弟子なら弟子らしく、この別れを受け止めなさい。
ししょ……
じゃあね。さよなら、リク。
いかないで、と抱きついた幼かった俺を師匠は突き放した。
最後にさよなら、といった師匠の頬には一筋の涙が伝っていた。
師匠は女だった。
そして勇者だった。
体こそ女のそれだったが、それ以外のものは男には負けなかった。
剣技はこの世に並ぶものなしと言われ、魔法はどんな魔法使いよりも正確で強かった。
そして彼女の右肩には、勇者である証の白い十字架が刻み込まれていた。
俺はよく稽古中にその十字架にみとれていたりもした。
師匠。その十字架はいつからあるんですか?
生まれた時からだよ。厄介で仕方ない。もしこの十字架が無ければ、とよく思うよ。
どうして?みんな師匠に憧れていますよ?
憧れは欲望に変わるんだよ。ぼくを倒して自分が強いことを示したいんだろうね。
彼女は旅をしていた。
俺は孤児で、彼女に拾われ、そして剣の教えを乞うた。
初めは頑として受け付けてくれなかった師匠も、俺の根気に負けて一つの条件をつけて教えてくれた。
それは、憎しみの剣をふるわないこと。
憎しみの剣は憎しみしか生まない。なら、憎しみを生む剣など、初めからふるうべきではないと言うことらしい。
立て、リク。まだ稽古は終わってないよ。
………。
睨んでも何も変わらないよ。さぁ、おいで。
………。
こないならぼくからいくよ?
………。
師匠は厳しかった。
まだ幼かった俺に対しても何の容赦もなかった。
それが師匠の好きなところでもある。
厳しい稽古で憎んだこともあったけど、今はいい思い出ってことで。
二人で色んな国をまわった。それが何ヵ国だったかは覚えてない。
そして、この世に魔王があらわれ、師匠は勇者としての役割を果たすために俺をおいて魔王のいる“この世の果て”に向かった。
その後、魔王が滅んだことはみんなが知っている。しかし、師匠がどうなったかは、誰も知らない。
「師匠〜!」
「おぉ、ヤマト!ちゃんと買い物は出来たか?」
「はい、師匠!それより、剣を教えて下さい。」
「やだ。」
今では俺が師匠と呼ばれ、世界最強とまで呼ばれるようになった。
師匠との約束は破っていない。
「師匠、その白い十字架はいつからあるんですか?」
「さぁ、ねぇ。」
右肩の白い十字架――勇者の、証。
一度に二人の勇者が現れることはない。
これはあの人が死んだことを意味していた。