37 ファウストの世界
「私が許せぬと思うか、それも致し方あるまい。 よろしい、ならば今回は趣向を変えよう」
「は?」
「お主は人間としてなかなか強い個体に生まれてたようだ」
「それが何か? あんたがタイマンでも張るのか?」
「話が早いな。 その通りだ」
その割には姿が見えないが……
「今姿を現そう」
俺の心の声に反応してファウスト先生とやらが姿を現す。
光を放ちその中心からは人間と思しき姿形…… 銀の髪に銀の瞳、痩せ型の長身でスーツのような服を着ている。 だが肌の色は青い。 やっぱ人間じゃないな。
「先生……」
「腕輪をあげた時以来だねエレナ。 健やかに育ち優しい心の持ち主になったようで嬉しいよ」
ニコッとファウストはエレナに微笑む。 あれ? こいつさっき話してた奴と同じ奴か?
「同じだよ直也君。 ちょっとした私の趣味だよ」
「そうか。 だったら早いとこ始めようか?」
「直也ダメッ! 直也は確かに強いと思うけど先生はそんな強いとか弱いとかの次元じゃない!」
「エレナの言う通りだよ? やめるなら今のうちだよ? そうだな、でも私に勝ったら君やエレナにとって良い事をしてあげよう」
「つまり助けてくれるって事か?」
「そう思ってもらっていいよ」
「ならやるしかないな」
「直也…… 」
「大丈夫だエレナ、先生とやらに勝っていつもの日常に戻ろう」
おっと…… その前にひとつ聞きたい事があったんだ。
「なんだい?」
「…… どっちの声も聞こえてるとやり辛いな。 俺の事はともかく今のエレナは生きてるのか?」
「いいや、私が放った波に飛び込んで来たんだ。 残念ながらエレナは君と同じ状態だよ」
「やっぱそういう事か。 やる前から情けない事言ってるみたいで気が引けるんだけどさ、俺が負けてもエレナだけはまた生き返らせてくれないか?」
「そ、そんな! 私直也と一緒じゃなきゃ嫌! 直也が死んだなら私も死ぬ! 生き返っても直也が居ないんじゃ何も……」
「いいだろう直也君、君の勝敗に関係なくエレナは蘇らせよう」
「先生ッ!」
エレナごめんな。 それでも俺はエレナには生きていて欲しいって思うんだ。 エレナはまだこれからだ。 だからって俺もみすみすこのまま死なない…… エレナと戻るんだ。 絶対負けるか!
「心意気や良し、掛かってきなさい直也君」
ファウストは両手を広げて、さぁ殴れと言わんばかりだ。
ここは右ストレートで行くと見せ掛けて左ハイキックだ。
「聞こえてるよ?」
そうだった…… ピタッと少し前で思考を止めて無心で左アッパーを放つ。 だが……
「うん、思考を停止して攻撃するって判断は良いと思うけど私は君が今まで喧嘩していた連中とわけが違うよ?」
紙一重で躱されおでこにデコピンされる。 しかしその威力は凄まじく身体が何度も転がり吹っ飛ばされる。
「直也ッ!」
思わずエレナが俺に駆け寄って来た。
「直也、私が先生にお願いするから。 だから直也これ以上は……」
「ダメだよエレナ。 これは私と直也君の間でもう決まった事だ。 だからエレナのお願いは聞いてあげられないよ」
「そんな…… 私どうしたら……」
「いてて…… エレナ、俺を信じててくれないか?」
「え?」
「先生が凄い力があるってのはわかったけどエレナは先生が勝つって思ってるようだけど俺が勝つって思ってはくれないのか?」
「そ、それは…… 直也に勝って欲しいけど先生は…… ううん。 そうだよね、ごめん直也、私直也が勝つって信じるよ!」
「ありがとうエレナ」
さっきの一撃でわかった。 どうやらファウストと俺との間には筆舌し難いくらい圧倒的な力の差がある。 だけど諦めるわけにはいかない。
「その意気だ直也君、さぁ来なさい」
「わかってるよ!」
再びファウストに殴りかかるがファウストは余裕で俺の攻撃を回避する。
「意気込みはいいけどまだ学習してないようだね。 無知とは罪だ、だから人間の世界では争いが絶えない。 環境破壊、差別、挙げ句の果てに同じ人間なのにそれを削減しようとする秘密結社の台頭、それは君達人間の精神性の幼さによるものに尽きない」
「何の事かサッパリだ! 生憎俺にはそんな大層な事よりエレナだ!」
「ふふッ、それでも私はそんな人間の部分も好きなのだがね。 だからこうして君達に干渉している」
「だったらさっさと倒されやがれ!」
「それは出来ないなぁ、ふふッ」
俺の攻撃は虚しく空振りするばかりでファウストの反撃で俺はだんだん消耗していった。




