召喚士2 Sの王様
キッチンの作業台に持っていた塊を置いて、男はふぅと一息ついた。職業柄体力には自信があるが、両腕で抱えるようにしか持てないのは少々身体に負担がかかる。
肩をニ、三度回してから男は隣の部屋にいる少女に声をかけた。
「セレネ。そこに置いといたからな」
「はぁい」
しばらくしてから少女が顔を覗かせた。
「いつもありがとうございます、ダニエルさん」
「なに。うちも分けてもらったしな。困ったときはお互い様だろう」
ダニエルは笑って作業台の上にある塊をぽん、と叩いた。
良い音がする、とセレネは顔を綻ばせた。
扇形のその塊は、外側が緑色、中身はオレンジ色をしている。先ほど防御壁の外でセレネが発見した大きなカボチャの一部だ。日当たりの良い場所ですくすくと育ったデカカボチャは、少女ひとりでは到底掘り出すのも無理であった。
これの発見時にはひと騒動あったのだが――ここでは割愛する。
「えーと。パン屋のうちと、デルバートんとこの食堂と、近所のばあさんとこと……」
言いながら、ダニエルは指折り数える。
この辺りの家はしばらくカボチャ祭りだな、と豪快な笑い声にセレネも苦笑する。
「ちょっと、飽きるかもしれませんね。でも、使わない分は氷室に閉まっておけばいいかな」
一定の低い温度に保たれている氷室ならば食材が腐る心配はない。どの家庭にも地下に備えられている。
「こういうの見つけるのほんと得意だな。探し物は真っ先にセレネに頼めなんてうちのも言ってるぞ」
「んー……偶然だと思いますけど」
「謙遜するな。こんなに育つまで誰も知らなかったんだぞ」
デカカボチャがあったはセレネ達が住む街のすぐ近くだったのにもかかわらず、だ。目隠しの術がかかっていたわけでもないのに誰も見つけられなかった。
以前にも珍しい鉱物を採取したセレネがそう言われるのは当然かもしれない。
「運がいいとは自分でも思いますけどねぇ」
「それも才能のひとつだと俺は思うがな――おっとそろそろ店戻るな」
「忙しいのにありがとうございました」
ダニエルを玄関で見送り、さて、まずはカボチャを小分けにしようかと考えたセレネの耳に、
「ほーぅ立派なカボチャだのーぅ」
間延びした声が届いた。
「ハイ王様。まだ呼んでないんだけど?」
「食材のあるところ、儂はどこにでも現れる」
そう言って得意げに胸を反らせるその者は、性別をあげるなら男。しかし少し甲高い声は子供のようにも聞こえる。
セレネと違う点は性別だけではない。声の主が立っているのは作業台の上、カボチャの横。大きさは彼女の手のひらくらいだ。足首までのふんわりとした赤いマントを纏い、装飾に彩られた衣類の胸には大きく〝S〟の文字。頭にはこれまた煌びやかな王冠。
「まさかこの儂に秘密にする気だったのではないだろうな? セレネ」
そして、偉そうな態度。
疑いなく王様、だ。
「それこそまさか。夕食のメニューを決めてから呼ぼうと思ってましたよ」
「ふむ――」
王様がぱちん、と指を鳴らす。間髪入れず王様の周りに何かが出現した。
現れた透明な小瓶は人間が使う物。それらはセレネの家にある調味料の一部だった。瓶の真ん中にはラベルが貼ってある。Sugar、Salt、Soy sauce、Spices、Sesame oil。
キッチンには〝S〟が君臨している。
集合体から少し離れたところに〝Su〟と〝Sake〟の瓶がいることに気づいたセレネは少しぽかんとする。その二つは遠方からやってきた旅行商から最近入手したものだ。このあたりにも酢と酒はあるが、これらは材料が違い、当然味も慣れ親しんだ物と違う。製造が異なるからと調味料的に遠慮しているのかどうかはセレネにはわからない。人間だから。でも、おそらくはそうなのだろう。
Sの王様との付きあいは長い。
セレネが初めて自分で喚んだ精霊だ。召喚師の守護精霊とも言える最初の精霊を見た彼女の両親が「食うに困らない」「食いしん坊」と述べたのはここだけの話である。
「それで? 希望はあるのか?」
「んー。そうね……」
呟いて、セレネは料理をあれこれと頭に浮かべる。
カボチャ料理の代表としてはやはり煮物だろうか。ホクホクとした食感と甘みを一番おいしく味わえる。ポタージュスープにしてもいいだろう。いっそのこと、メインは別にしてデザートにしてしまうのも有りかもしれない。
「――グラタン」
長く逡巡して、セレネは決断した。
「ミルクをそろそろ使い切りたかったし」
「よかろう」
すっ、と精霊の手が宙を滑る。ミルク、玉ねぎ、鶏肉などが作業台に現れた。
「パンもそろそろ硬くなるな。ガーリックトーストにしよう」
王様は食材の管理も抜群である。食うに困らない、と言った両親の感想は正しかったとセレネはしみじみ思う。
「そなたはまだ仕事があるのだろう? こちらは儂に任せろ」
セレネも一人暮らしが長いため一通り料理はできるが、やはりキッチンの王様の料理は格別だ。
それに、料理はこの精霊の仕事なのだ。それを取り上げるわけにはいかない。精霊を怒らせたら人間では太刀打ちできないだろう。
「じゃあ、お願いね」
昼間の採取で疲れてはいるが休んでもいられない。セレネは一度伸びをしてからキッチンを後にした。