召喚士1 喚ぶ者
2014年にUPした短編プロローグを一部修正&続きが書けたので再投稿
「…………。やぁっと全部掘れたぁ」
誰もいない森で少女は歓喜の声をあげた。視線の先は地面の大きな穴だ。そこに、何か大きな物体がある。
「よっ……と」
物体に両手を添えると、掛け声とともに後ろへと引っ張る。――しかし、ぴくりとも動かない。さらに力をこめるが同じだった。
どうにか動かせられないかと力む少女の顔は真っ赤に染まっている。息を止めているらしい。
やがて息苦しさと腕の痺れに耐えられなくなり、ぱっと手を離す。
「きゃっ」
その反動で派手に尻餅をつく。舞いあがった砂埃を吸ってしまい、少女はひどく咳きこんだ。
ひとしきり咳をして、落ち着いたところでうーんと唸り声をあげる。
せっかく良い材料が手に入ろうとしているのに。
少女は穴の中にある緑色の塊を見つめた。塊は少女がぎりぎり抱えられるくらいの大きさだ。こんなに実の詰まったカボチャにお目にかかったのは久しぶりだった。
「しかもデカカボチャ」
言いながらカボチャを掌で叩くと鈍い音がした。
少女は顔を綻ばせる。
料理だけでなく菓子にもいいだろう。半分は馴染みの食堂に渡すとしてもまだ余る。腐らせてはもったいないし、菓子作りが得意な友人にパイでも頼んで、ご近所に配るのもいいかもしれない。この間もらった香りの良いキノコとあわせてスープにするのも美味しそうだ。
あれやこれやと考えている少女の耳に、ぱきり、と。小枝を踏んだ音が届いた。
「やぁお嬢ちゃん。こんなところにひとりでどうしたんだい?」
振り返ると、声の主は男だった。痩せこけた頬が印象的な中年の男だ。――その手には、大振りの剣が握られている。
少女は息を飲んだ。
「ひとりで外へ出てはいけないと教わってないのかな? 外には魔物やおじさんのような怖ーいひとがうろついているからね。気をつけないと」
ギラリと刃が光る。
「でもおじさんはとーっても優しいから、金目の物すべて置いていくならお嬢ちゃんが立ち去るまでここを一歩も動かないと約束しよう」
「あいにくと、今日は採取に必要な道具しか持ってきてないんです」
言外に、渡せるものはないと告げる。
「そいつは困ったな。おじさんも手ぶらじゃ帰れない」
「……そ、そしたら」
少女は地面の穴を指差して提案した。
「これを私の店へ運んでくれるなら、見合った対価を払いますけれど……」
「ふざけたこと言ってんじゃねえ!」
運び屋の扱いは気に入らなかったのだろう。盗賊と思しき男は顔を真っ赤にして怒鳴った。太い眉は空に届きそうなほど吊り上がっている。
「命だけは助けてやろうと慈悲深い心で接してやったってのに……舐めたこと言うじゃないか。なぁお嬢ちゃん?」
男が一歩二歩とにじり寄ってきた。
ただならぬ雰囲気を感じて、少女は数歩後ろへ下がる。肩越しに背後を確認すると、獣道が視界の端に映った。
足には自信がある。森の中を走り回っていれば男を巻くことは可能だろう。問題は、男が森に精通しているかもしれないこと。もしくは仲間が逃げた先に潜んでいるかもしれないこと。
近くだからと愛用の杖は置いてきてしまった。素手で戦うのは少々難しい。
「さあさあ。どうするのかなお嬢ちゃ……ん?!」
がんっという音がしたかと思うと、男の身体がぐらりと傾いた。男は目と口を開けたまま、膝から地面に崩れ落ちる。
指一本すらも動かなくなった男にそっと近づいた少女は、様子をうかがうとほっと安堵の息を洩らした。
男は気絶しただけだった。横には先ほど落ちてきた赤い木の実が転がっている。なかなかの大きさのこれが、男の脳天を直撃したのだった。しばらくは動けないだろう。
「あ……でもこのままじゃ逃げられちゃうかな」
眉を下げて独りごちる。しばし考えていた少女は右手を掲げた。近くの大木を見据え、口を開く。
「――の名において命じる。我が喚び声に応えよ」
少女の凛とした声が辺りに響いた。
しばらくして、小さな地響きが聞こえてきた。揺れ続ける地面に、転ばぬようにと少女は両足に力を入れる。
大木の根元の土が見る間に盛り上がっていく。複数の土山ができあがり、そこから先細りの茶色い縄に似たものが姿を現した。生き物のようにうねらせながら、宙を遊泳するそれは、大木の根である。
少女は木の精霊を喚び出したのだ。
精霊には本来の姿を見せるものと、己が宿っている物質を動かして決して姿を現さないものの二通り存在する。今回の精霊は後者だ。
「私がいいと言うまでこの者を捕らえていてほしい。お礼はそうね……リンゴの蒸留酒か木苺のワインなんてどう?」
どちらも精霊が好むとされるものだ。
根っこのひとつがくるりと丸まる。人差し指と親指で丸を作ったような感じだ。了承した、ということらしい。ぼこぼこと音を立てながら、根っこは気絶し続ける男の両手両足、そして胴体に絡みついた。
契約は成された。命を解くまで木の精霊は男をこの地に縛り続けることになる。
少女は安堵の息をつき、緊張して強張っていた身体の力を抜いた。左手を腰の辺りに添えて男を見下ろす。
新たに精霊を召喚して、これらを運んでもらうのは容易いのだが。幸いなことにここから防御壁の裏門は近い。
「やっぱり誰か呼んでこよう!」
あと、王立騎士隊もだ。現場検証も必要よね、きっと。
少女は地べたに伸びたままの暴漢をちらりと見やると、己の住む街へ向かって走り出した。