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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 三話 今日は朝から馬乗って
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今日は朝から馬乗って その1

 朝、目を覚ますと目の前にあるのは杏花の顔だった。蝋で固められたような満面の笑みが一寸とない距離にある。無遠慮甚だしく、まったく不快だ……とまでは言わないが、何故この女が私の布団に一緒に入っているのか、いささか疑問ではある。


「……杏花、何故お前がここにいる?」


「そんな言い方しないでくださいまし。昔はよく、こんな風に一緒に寝ていたではありませんか♡」


「な、何年前のことを蒸し返すつもりだ、お前はッ!」


「ほんの一年ほど前までのことだったと思いますけど」などと言わなくてもよいことをすました顔で言った杏花は、「それよりも」と言いながら布団からするりと抜け出し起き上がった。


「お見せしたいものがあるんですよ。ほら、お早く」


 寝起き早々にこの女と会話するのは胃がもたれる。となれば今日は、朝の目覚めと共に口に油物を突っ込まれたのと同義だ。今後は襖につっかえ棒でもあてがって、誰も入れぬようにして寝ようかと本気で検討しながら半身起こしたところ、白い幕が被せられた何かがあるのが見える。


 さて、いったいどういった趣向のものがあの幕の下に隠されているのか。杏花のやることにはさっぱり見当がつかん。それゆえ心臓に悪いことこの上ない。


「ぱんぱかぱ~ん☆」などと奇妙な音頭を取った杏花は、幕の裾を掴んで女狐顔をこちらに向けた。嫌な予感を覚えた私の背中には冷たいものが走った。


「こちら、あたしからお屋形様へのプレゼントになりまーすっ☆」


 空気が擦れる音と共に幕が取り除かれる。そこにあったのは、高校の制服を着せられた全身白の大きな人形であった。


 起きがけのせいで頭が回らず、一瞬「なぜこのようなものを」と唖然とした私であったが、理解の血が徐々に頭まで昇ってきてひとつの答えを導き出す。


 よもや、こんな、まさか、私が、これを、着ろと?


 目の前のそれからゆっくり目を逸らし、そのまま杏花に視線を向けると、奴は「そうで~す☆」とへらへら笑った。


「お屋形様には、今日からこちらをお召しになって高校へ通って頂きます。というか、今までが異常だったんですけどね? 自由服の高校でもないのにあの恰好なんて、あり得なかったんですよ」


 嫌な予感は早々に的中した。こうなれば逃げることは叶わぬ。最早、前進あるのみ。覚悟を決めねば。


 しかし改めて見ると、この服装はいかがなものかと思わざるを得ない。上着はまだいい。問題はやはり下だ。このスカートとやら、少し動いただけで下着が見えそうだ。というか、見える。絶対に見える。火を見るよりも明らかとはこのことだ。この服を作った者に、いったいどのような目的でこのような意匠にしたのか問いただしてやりたい。


 というよりも、心なしかこれは周りの生徒が履いているものに比べて、丈が短い気がしないでもない。気のせいだか、破廉恥の度合いが二割ほど増している気がしないでもない。


 そんなことを思っていると、杏花が「この制服は特別製で、スカートの丈をざっくり短くしてあるんですよぉ♡」などと言ったので、私は「やはり」と確信した。


 この女、ロクなことをしない。


「死んでも着んぞ」と私が言うと、杏花は「長いものもありますよ」と言ってどこからともなくもう一枚スカートを取り出す。こちらは通常よりもずっと長く、袴とほとんど遜色ない長さである。


「はじめからこちらを出せばいいだろう」


「ですが、男の子は短い方が好きですよ? 秀成殿の目を惹きたいなら、こっちの方がいいと思いますけど」


「ひっ、必要ないっ! 馬鹿者っ!」


 それから「ものの試しに着てみては」という話になり、私は恐る恐る制服に袖を通した。もちろん、スカートは長い方を選んで履いた。


 制服を着た自分の姿を姿見に映してみれば、なんだかとても奇妙に思える。服を着ているというよりも服に着られているような印象だ。着慣れていないせいなのか、それともやはり、私にはこの恰好が似合わないのか。鎧兜や陣羽織の方が似合いなのか。


 嗚呼、この妙な恰好を見て秀成はなんと思うだろう。「似合っているよ」と言ってくれるだろうか。……それとも、「可愛いよ」、とか。そんなことを、言ってくれるだろうか。


「……鏡に映る自分の姿を見ながらお屋形様が何を考えているのか、あえて言わないことにしますが……。そろそろ家を出ないと、遅刻になりますが? というか、完全に遅刻ですねこれは」


 言われて時計を見てみれば、時刻は8時2分前。授業開始まで残り二刻も無い。多少遅れたところで何があるわけでもないのだが、何故こんな時間になるまで起こさなかったのかという疑問は残る。

それを問うと、杏花はさほど悪びれる様子もなく「申し訳ありません」と頭を下げた。


「でもぉ……眠っているお屋形様のお顔が可愛いのがイケナイんですからね♡」


 最早、何かを言ってやろうという気さえも起きぬ。





 その日の教室は朝からやけにざわついていた。武将、忍者ときて、今度は千利休のような茶人系女子でも転校してくることになったのだろうかと、僕はある程度の心構えをしながら京太郎に何があったのか尋ねたが、返ってきた答えはまったく予期しないものだった。


「それがよ、今日の授業が、全部中止なるって噂が流れてんだよ。ラッキーだよな。ゲーセンでも行こーぜ。もしくはカラオケ? てか、柴田さんも誘ってみる? 女子と放課後スイーツなんて、高校生らしいことしてみる? まだ学校来てねーみたいだけど、逆にチャンス。もし遅刻してくるようだったら、ガラガラの教室に俺だけ。で、一言。『今日クレープとかどうすか?』。ホラ、イイ感じじゃね? 栄光の未来、見えてね?」


 授業を中止とは。一体何があったのだろうか。柴田さんとのランデブーへの妄想を語り連ねる京太郎を、「あれかな」と遮り詳細を尋ねたが、彼も詳しくはわからないという。火のない所に煙は立たぬというし、何の根拠もない噂というわけではないのだろう。ともあれ、詳しくは中村先生を待つしかない。


 友人達と共に、今日の授業中止について無責任な憶測のドッチボールを楽しんでいると、授業が始まる直前の時間になって、中村先生が「静粛にー」と気怠そうに言いながら教室に入ってきた。先生は珍しくジャージを着て、タオルを首に掛けており、まるで今からランニングにでも行くような装いである。


 僕達が席につくと、先生は「噂は聞いてると思うけど」と前置きした上で宣言した。


「今日の授業が全部中止ってのは本当」


 一瞬、歓声が沸き上がりかけた教室だったが、それは先生の「でも」という強く強調された言葉に遮られる。


「帰れるわけじゃないの。てことで、ジャージに着替えて校庭集合」


「えぇー」という声が塊になって教室を揺らす。やや遅れて隣の教室からも似たような声が聞こえてきて、どうやら〝授業中止〟の件はこのクラスだけに止まらない話らしい。


 これに真っ先に意見したのは、クラスで一番「今日は帰れるんだ。そして柴田さんとデートなんだ」などとぬか喜びの極致にいた京太郎であった。彼はぴしっと手を挙げて、「ジャージで外に出てなにやんスか」と説明を求める。授業中は寝てばかりだというのに、今日この時ばかりは元気だ。


「歴史の授業じゃないことは確かなんだけどねー」と答える先生は面倒臭がっているのを隠そうともしない。


「なんスかそれ。それじゃ納得できないッスよ先生」

「正直、聞いても納得できないと思うよ。ま、そんなに聞きたいなら教えてあげるけど」


 中村先生は出席簿で教卓を軽く叩いてバチンという音を上げ、クラスの注目を一手に集めると、冗談ですら出てくることはなかったことを言い放った。


「みんなには、これから体育祭をしてもらいます」

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