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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第二部 二話 答えは変わらないよね?
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話し合って決めたこと その7

 心地よい感触に全身が包まれている。沈みゆく夕日の光をまぶたに感じる。気づけば私は雲の上である。ここが夢の世界であるということはすぐにわかった。


 これが夢だということは、先ほどの一件もまた夢中での出来事ということだ。つまり、秀成に「愛している」と言われたことは私のくだらない妄想である。まったく私は、なんて痛々しい女なのだろうか。


 自己嫌悪と共に、私の背中を柔らかく包んでいた雲がゆっくり消えていく。空へと落ちる感覚が私を現実へと引き戻す。


 息を呑んで目を開けると――私は布団の中にいた。周囲を囲む白い幕に薬品の匂い。どうやらここは保健室だ。


 しかし、私は何故このような場所にいる? 


 疑問に思いつつ半身を起こし、とりあえずどこかにいるであろう杏花の名前を呼ぶと、白い幕が勢いよく開かれた。現れたのはなんと秀成である。


「何故ここにいる」とか「勝手に開けるな」とか、言わなければならないことは数多くあったが、夢中の出来事を思い出してどぎまぎとしているせいか、頭に浮かぶ言葉が声になって外に出てこない。そんな私へ秀成は、開口一番「申し訳ありませんでした!」と言って布団に額を擦るほど頭を下げた。なんだかわからぬが、奴の顔はまるでこの世の終わりが目と鼻の先にあるように青白かった。


 秀成がなにか重大な失態を犯したことは事実なのだろうが、しかし私にはなんの心当たりも無い。落ち着いて訳を話すように言い聞かせると、秀成はその表情を苦悶に歪めながらも、しかし両目でしっかり私を見据えながら話した。


「先ほどのことです。その……あんなことを言ってしまって」


「なんだ、その〝あんなこと〟というのは」


「その……愛しています、と」


 瞬間、私は例のあの言葉が夢でなかったと確信し、そして声も無く悶絶し、しかるのち布団を頭からかぶった。顔が熱い。おまけに痛い。連想されるは炎の槍だ。


「どうされました織田さん?!」と心配する秀成の声が聞こえる。どうしたもこうしたもあるか。お前のせいだ。私は布団の城壁に囲まれるまま、「ばか」「あほ」と罵倒を投げつける。みっともなく緩んだ頬を見せられるわけもないので、籠城しか取るべき道は他にない。


「す、すいません。あの時の僕は血迷っていたんです。いくら劇を円満に終わらせたいからといって、『愛しています』だなんて台詞は……」


「……台詞?」


「ええ。正直、最悪だったと思います。安っぽいB級映画でも、あんな突拍子もない台詞はあり得ません」


 恥ずかしがっていたことが途端に馬鹿らしくなってくる。そうか、それもそうか。藪から棒に「愛しています」など、秀成が言うはずもない。しかしそれがわかったからといって、顔の火照りが消えるわけでもない。演技とはいえ愛を囁かれたことには変わりないのだ。


 演技――そうだ、演技だ。勝負だ、選考だ、オーデションだ。殿になるのは秀成か杏花か、あれで決めていたのだ。いったいどちらが勝ったのか。


 私は布団から顔を出せぬまま、先の選考の結果を「どうだった?」と訊ねた。


「それが……その、落ちてしまいまして。殿の役は柴田さんのものです。しかも、満場一致で。ご期待に沿えずすいません」


 秀成の言葉に私はひどく落胆した。辛うじて「そうか」という言葉は出てきたが、それ以上が続かない。ここで私が杏花に命じ、無理に殿の役を辞退させることだって出来る。しかしそれは秀成の意思を踏みにじる行為だ。やれるわけがない。


 おもむろに布団がめくられて光が差し込む。隙間から顔だけ出してみれば、眼前には秀成の手のひらがある。


「織田さん、舞台の上では貴女を支えることは出来ません。ですが僕は、舞台の外から貴女を支えることを約束します。素敵な文化祭にしましょう」


 ……舞台上で結ばれるということは叶わずに終わった。しかしそれでいいではないか。舞台の外で、こうして手を取り合うことが出来るのだから。


「期待しているぞ」と答えた私は、伸ばされた手をぎゅっと掴んだ。





 晴海から電話があったのは、その日の夜のことだった。出るとどうせ面倒な無駄話に付き合わされるだけだろうと思い、始めのうちは無視を決め込んでいたが、十度以上も繰り返し掛けられると流石に何かがあったのだろうと思い直し、電話に出た。


「もしもし――」


『なんで出てくれないのっ! 心配したんだから!』


 半べそかいたような晴海の声にただならぬ気配を感じた私は、「何があった」と即座に返す。しかし晴海はすぐには答えず、嗚咽を漏らしてばかりいる。よほどの緊急事態だったのだろう。無視をしていたことに、私はやや罪悪感を覚えた。


「悪かった。悪かったから、晴海。何があったのか教えてくれ」


 すると晴海はずずと鼻水をすすり、それから『あのね』と話を切り出した。


『アタシ、色々調べてたの。あのダンジョーっていうくノ一がなんであんなことをしてるのか、どうしても知りたくて』


「そのことならば安心しろ。あの女にも考えがあってあのような行動を――」


『違うの。そうじゃないの』


 私の言葉を遮った晴海はさらに続けた。


『あの女は、木下家のくノ一じゃないの』


「……なんだと? ならば、あの女は何者だ?」


『わからない。……でも、これだけはわかる。あのくノ一は何か目的があって木下の名を騙って、信子ちゃんに近づいてるんだってことは』


 私の背中には冷たいものが走った。つまり、今日までいつ何時、背中から刺されていてもおかしくなかったわけだ。しかしそうだと言うならば、今までお前が私に直接危害を加えなかった理由はなんだ? どんな目的があって動いている?


 ――ダンジョー、お前はいったい何者だ?



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