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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第二部 二話 答えは変わらないよね?
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答えは変わらないよね? その4

 面倒な相手を片づけるにはどうすればいいか? 答えは簡単。同じように面倒な相手を用意してぶつけてやればいい。


 そういうことで私が援軍として呼んだのは晴海である。昼休みが終わる直前、電話で状況を説明すると、この女は「面白そう」と言って文字通り〝飛んで〟きた。話によると自家用の飛行機を使ったとのことである。まったく度し難いうつけだが、そのうつけ加減が今ばかりは頼もしい。


 私の言葉などちっとも聞かぬダンジョーといえど、仮にも木下家の女である晴海の言葉ならば聞き入れるはずだ。「あのくノ一の強制退去を成功させれば、個人的な頼みであれば聞いてやろう」と晴海に約束することになったのは痛手だったが、私と秀成との仲を裂く者がいなくなると考えれば安いものである。


「やってやれ」と私が晴海に耳打ちすると、「言われんでも」と晴海は答え、ダンジョーへ向けて「なあ」と声を掛けた。


「ダンジョーちゃん……やったっけ? 〝愛の城〟の前でなにしてるかは知らんけど、感心せんなあ。織田家の次期当主を困らせるだなんて」


 晴海を前にしたダンジョーは地に片膝を突いて頭を垂れる。やはり、主には頭が上がらないようだ。


「お初お目にかかります、晴海様。どうやら、ボクたちの間には誤解があるようです。ボクには信子様を困らせるつもりはおりません」


「こういうのは、受け取った方の気持ちが大事なんよ。例えあなたにそのつもりが無くても、信子ちゃんが困ってる言うんやから困ってるの」


 ダンジョーは「しかし」と言ったきり言葉に詰まる。そこへ晴海が「お上手な言い訳はおしまいにするん?」と嫌味の追撃を行う。「いいぞ、もっとやれ」と私は心中で晴海を鼓舞する。


「……とにかく、もうこの件はおしまい。あんたは早いところ家に戻ること。そもそも、危うく敵に捕まりかけたのに、途中経過も報告せずに任務を続行しようとしたのが間違いやったんよ。あんたの上司は誰? きつぅく、お灸を据えてやらんと」


 ダンジョーは黙ったまま俯くばかりで何も言わない。歯痒そうに奥歯を噛みしめるその顔は、半ば敗北を受け入れている表情である。


 ――この戦、私の勝ちだ。


 私が心中で勝ち名乗りを上げたその時――異国風の城から黒い背広姿の男達がぞろりぞろりと現れた。奴らは腰に差していた刀を白昼堂々抜いて構え、真っ直ぐこちらを見据えている。


 見覚えのあるあの姿――間違いなく洛中の会の手下共だ。よもやこのような場所にも現れるとは。もしかすれば、あの晴海が言っていた〝愛の城〟とやらは、奴らの隠れ家か何かなのかもしれぬ。


 敵を見据えつつ胸元から取り出した小太刀を構えた杏花は、私達を庇うように一歩前に出て臨戦態勢を取る。


「……皆様、下がっていてください。少々騒がしくなりますので」


「柴田さん、僕にも何かお手伝いできることはありますでしょうか?」と前に出たのは秀成だ。このような時に黙って退けないのが、秀成という男である。


 勇ましくも無謀な申し出に微笑みを返した杏花は、「〝お姫様〟達をここでお護りください」と呟くと、男達へと向かっていった。


「――さて、今日のあたしは少々不機嫌。憂さ晴らしがてらここで貴方達をボコボコにして差し上げますが……構いませんよね?」





 そこからは柴田さんの独り舞台である。次々と襲いかかる背広姿の侍を、千切っては投げ、千切っては投げ。飛んでくる手裏剣を躱し、そして時には投げ返し。短いスカートをひらひらさせながら宙を舞い……。水戸黄門のドラマで助さん格さんが大人数を相手に大立ち回りを演じるお約束の場面があるが、彼女の動きはまさにそれだ。見ていて負ける気がしない。


 やがて数十人に及ぶ侍の皆さんは柴田さんに勝てないことを悟ったのか、散り散りになって逃げていった。後に残ったのは道いっぱいに散らばる手裏剣ばかりである。放っておいたままでは危ないので拾って集めていると、ダンジョーさんが「再利用します」と言って袋にまとめて回収した。相変わらずしっかりした子どもだ。


「……〝会〟もずいぶんと攻撃的になってきたものですね。まだ日も高いうちから刀を抜くとは」

柴田さんが周囲を警戒しながらそう呟いたところへ、織田さんが「夏休みは終わりということだろう」と返す。


「九月になったからって命狙われたら敵わんなぁ」と余裕っぽく笑う木下さんだが、顔はすっかり青ざめている。


「……まあ、この襲撃にはもっと明確な理由があるのだろうがな」


「と、言いますと?」という僕の問いへ、織田さんは「これだ」と返してダンジョーさんを指差した。


「お前が来てから、〝会〟による襲撃はこれで二度目。関係ないと考える方が難しい」


「まあ、そうでしょうね。だって、あの襲撃には紛れも無くボクが関係しているんですから」


「なるほど」と呟き、ダンジョーさんを睨む織田さんの表情は険しい。ダンジョーさんはその視線を受けてなお平然とした顔をしているものだから、織田さんとしては我慢がならないらしく、今にも刀に手を掛けそうである。空気が険悪になるのをひしひしと感じた僕は、「まあまあ」と二人の間に割って入ったが、僕を挟んでも両者の睨み合いは終わらない。


「ダンジョー、お前は何故わざわざ〝体験入学生〟を称して学校へ来た? 私達に必要以上に接近する目的は? 本当の目的を洗いざらい話すんだ」


「お答えできません。ですが、これだけは理解して頂きたい。ボクが奴らに命じてあなた達を襲わせたわけじゃない。むしろその逆……奴らの狙いは、このボクなんです」


「何故ただのくノ一であるお前を、〝会〟が狙う必要がある」


「それもお答えできません。極秘の任務なので」


「それって、ウチが〝言え〟って命令しても?」と木下さんが問いかけるのへ、ダンジョーさんはこれまた平然と「ええ」と答える。


「何がなんでもお話出来ないのです。いつ、どこから情報が洩れるかわかりませんから」


 空気が一気に張りつめる。唾を飲み込んだ時の喉が鳴る音が聞こえるほどの沈黙がにわかに広がる。


 今にも斬り合いが始まりそうな緊張――それが解かれたのは、柴田さんが「ハイ終わり」と言って柴田さんが手を叩いて鳴らした時のことだった。


「杏花、今はふざけている場合ではないぞ」


「だって、にらめっこを続けていてもキリがありませんでしょう? ここはお互い、無理やりにでも納得するしかないと思いますけど」


「出来ると思うか?」と織田さんがダンジョーさんから視線を切らないまま言うのへ、柴田さんは「するしかありません」と答えて息を吐く。


「安心してください、お屋形様。もしもダンジョーさんが嘘を吐いているのだとしたら……お尻ぺんぺんじゃ済ましませんから♡」


 柴田さんはそう言ってにっこり笑った。女性の笑顔が怖いと感じたのは、この時が初めてだったかもしれない。





 家路を歩く僕の隣にダンジョーさんはいない。彼女は木下さんに連れられて、川越に予約してあるというホテルへ向かった。今後、彼女はしばらくそこで寝泊まりするらしい。きっと母は悲しむだろうが仕方がない。状況が複雑になっている中、わざわざ彼女の面倒を僕の家で見て、より状況を複雑にする理由はどこにもないのだから。


 だんだんと傾いてきた陽を眺めながら、僕はぼんやりと考える。洛中の会がダンジョーさんを狙う目的と、彼女が体験入学生を称して学校へ来た本当の理由を。


〝会〟が彼女を狙うのはつまり、彼女が会にとって邪魔な存在であるからだ。彼女が実は重要な立場の人間なのか、それとも彼女が何らかの重要な情報を握っているのかは定かではないが、とにかく狙われるにはそういった事情があるはずだ。


 そしてその事情には、彼女が学校へ体験入学生と称して来る理由と何らかの関わりがあるのではないかと思う。その理由というのが、いまいちよくわからないところではあるのだが……。


 とにかく、わかっていることがひとつだけある。


 洛中の会による騒動は、まだ終わってはいないらしい。



二話終わりです

次回更新はまた少し空きます

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