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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 二話 国盗りは忘れて
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国盗りは忘れて その2

織田さんを彼女の教室まで見送った後、自分の教室まで戻ってくると、京太郎を中心とした男子クラスメイトから囲まれた。逆の立場なら似たようなことをしていると思うし、こうなるのも仕方ない。


「秀成。お前いつから、あの武将系女子と知り合いになったんだよ」と、ミイラ男のように包帯を頭にグルグル巻いた京太郎は不満顔である。織田さんから受けた矢文による傷はとっくに治っているはずなのに、ああやって包帯を巻いたままなのは、本人としてはそれがカッコイイと思っているかららしい。エジプトの美的センスである。


「いつからって、一応、あの子がここに転校してきたその日から」


「なんだよそれ。ズルくね? 俺にも紹介してくれてもよかったじゃんか」


「京太郎が織田さんと会ったら、今度は頭に包帯巻くだけじゃ済まなくなるかもしれないから」


「なんだよそれ」と僕の意見に不服を唱える京太郎だったが、クラスメイトからは「ま、そりゃそうだよな」、「京太郎とか会った瞬間斬られるんじゃね」、「ハリネズミみたいになるまで矢で射抜かれるかも」など擁護の声が上がり、形勢はこちらに有利と見えた。


 それからほどなくして教室に担任の女性教師、中村先生がやってきて、その場は一旦お開きとなった。休み時間のほとんどは、織田さんの人となりを話すのに費やされるのに違いないと、僕は今から予感した。


 教壇に立った中村先生は、「はーい」と気だるげな声でクラスの注目を集めた。


「転校生紹介するから、静かにー」


 途端にクラスがにわかにざわめきたつ。「また武将か?」、「今度はナイトかも」などの冗談が小声で飛び交っている。


 転校生――高校生活が始まって二ヶ月。こんなに短いスパンでふたりとは、珍しいこともあるものだ。それとも、僕が知らなかっただけで、高校というのは頻繁に転校生が来るものなのだろうか。


 クラスの動揺と興奮をよそに、中村先生は「ハイ。入っていいよー」と廊下へ声をかけた。すると扉ががらりと開くのと同時に、「はぁーい!」と馬鹿に明るい声が聞こえてきた。


 教室に入ってきたのは、青く透き通った綺麗な髪を腰の辺りまで伸ばした女子生徒だった。その整った顔立ちに浮かぶのは、新しい環境への緊張など微塵も感じてそうにない満面の笑みなのだが、どうしたことか僕は、悪意の欠片もない彼女の表情に化け狐を連想した。


 というのも、失礼な話だが彼女はとても同い年に見えない。僕達より10ほど歳が上の女性が、制服を着て高校生に化け、何食わぬ顔をして教室へやってきたかのように思えたのである。


 それは彼女が大人っぽい顔立ちをしているというのもあるかもしれないが、恐らく、一番の理由は彼女の胸にある。彼女の胸はなんというか……高校生にしてはあまりに大きすぎた。仮に高校生の平均が高尾山だとすれば、彼女はエベレストである。林檎だとすれば西瓜、仮面ライダーとすればゴジラである。


 ブレザー程度では到底隠し切れない圧倒的な破壊力を持つ肢体の前に、クラスは静かだった。男女共に、しかし互いに別の意味で打ちのめされていた。


「おお、生徒諸君。見事に黙っちゃったねー」


 へらへら笑った中村先生は、「じゃ、自己紹介して」と女子生徒の肩を叩いた。「はぁーい!」とこれまた元気よく返事をした彼女は、口を半開きにして何も言えないでいる僕達を見回した。


「アタシ、柴田杏花っていいまーすっ! オトナに間違われることもあるんですけど、ちゃーんとみんなと同じ15歳でーすっ! ヨロシクねーっ☆」


 そう言って柴田さんは音が出るくらいのウインクをして見せた。不毛な恋に墜ちる音が、クラスのあちこちから聞こえる気がした。





 豊臣秀吉が一夜で建てたと言われている墨俣城の如く、突如現れた超新星、柴田さんの存在は僕の通う高校を瞬く間に席巻した。休み時間はおろか、授業中ですら彼女の噂で持ちきり。武将系女子、織田さんなど初めからいなかったように話題に上がらないというのだから、人の興味というものがいかに移ろいやすいかがよくわかる。


 しかしそれも無理はない。柴田さんは常に笑顔を絶やさず、話上手の聞き上手。見た目、立ち振る舞いからいかにも取っつきにくい存在であろう織田さんとは、そういった点では雲泥の差がある。もっとも、どちらも魅力に溢れる人だとは思うのだが。


 その日の昼休みになって、僕は京太郎他数人の友人と共に空き教室に来た。僕達の教室は柴田さんの存在を一目見ようという人が押し寄せているせいで、食事をするほど落ち着いた環境ではないため、やむを得ずの選択であった。


「いやー、しかしスゲェよなあ、柴田さん」


 弁当の包みを開くより先にそう話を切り出したのが京太郎だった。


「あれ、本当に高校生か? ヤベーだろ、実際」


 僕達は一様に頷いた。『柴田さんはヤバい』。その考えは最早男子にとっての常識である。


「他の女子がかすんで見えるわ」「俺、理想が高くなって結婚できなくなるかも」「なんでこの学校プールねえんだよ」「でも、水着より体操服の方がいいかも」「それ。下手に露出度高いよりアリ。ゼンゼンアリ」「僕は浴衣がいいかな」「おい、それヤベェぞ。夏が待ちきれん」「お前にゃあの人の浴衣見る機会なんてねえだろ」


 弁当にも手をつけないまま世界一頭の悪い会話を楽しんでいると、「食べないのっ?」という声が聞こえてきた。振り返ると背後には、噂の柴田さんの姿があった。


 ほとんど同時に「いえ、そんなことは」と答えた僕達は、一斉に弁当の包みを開いて食事を始める。先ほどの会話を聞かれなかっただろうかという緊張感のせいで、ほとんど味がしない。


 ミートボールやおにぎりなどをぎこちなく口に運ぶ僕達を見て、満足そうに頷いた柴田さんは、僕の席に歩み寄ってきて「ちょっといいかなぁ」と声をかけてきた。


 やはり会話を聞かれていたのだろうかと不安になりながらも、僕は「なんでしょう」と努めて冷静に答える。


「あなた、秀成くんだよね。よかったら、こんなとこ出てお昼一緒に食べようよ」


「お誘い頂くのはありがたいんですけど……ほら、僕、みんなと一緒に食べてるんで」


「えぇー! でもぉ、みんなお昼寝タイムみたいだけど?」


 そう言われて見てみれば、なんと一緒にここまで来た友人達がいつの間にか皆机に突っ伏して寝てしまっているではないか。声をかけても身体を揺すってみても返事が無く、こうなるといよいよ事件の香りがしてくる。


「大丈夫だよぉ。ちょーっと眠って貰ってるだけだから☆」


 まるで自分がこの現状を引き起こした犯人だとでも言うような発言をした柴田さんは、僕の手をきゅっと握った。すると途端に身体に力が入らなくなって、僕は椅子の背に全体重を預ける形となる。


「まあ、とりあえず屋上にでも行こっ♡ あ、でもムリヤリは嫌いだから、もし嫌だったらそう言ってね♡」


 小指の一本を動かすどころか声すら上げられない今の僕は、拒否権を持たないのと同義だった。





 まるで米俵か何かの如く柴田さんの肩に担ぎ上げられた僕は、されるがまま屋上へと連れて行かれた。安全面を考慮して、屋上への扉の鍵は常時掛けられているはずなのに、なぜだかその日は開いていた。


 柴田さんは僕の身体と弁当箱を給水塔の影にふんわり下ろすと、「それじゃ」とお茶目な敬礼をしてみせた。


「すこーしここで待っててね。すぐに戻ってくるから☆」


 笑顔でそう言った柴田さんは、するりと扉を抜けて屋上を出ていった。


 彼女が消えて数分すると、痺れて動かなかった身体が動くようになる。その場にあぐらをかいた僕は、流れる雲を眺めながら考えを巡らせた。


 彼女はどうやって僕の身体を動かないようにしたのか。どうやって京太郎達を眠らせたのか。そもそも、このようなことが出来る彼女は何者だ? 忍者か? 武将の次は忍者系女子なのか? この高校に転校する人は癖のある人でなければならないのか?


 突拍子もない考えが浮かんでは消える中で、ふいに扉の開く音がした。しかしどうしたことなのか、そこにいるのは忍者系女子の柴田さんではなく――。


「……ひ、秀成。お前、何故ここに……?」


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