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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第二部 二話 答えは変わらないよね?
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答えは変わらないよね? その2

〝稲妻の体験入学生〟、ダンジョーさんの登場は、学内における勢力図を大きく塗り変えることとなった。彼女の小悪魔的微笑みと、甘ったるい声による〝センパイ〟呼びのコンビネーションは、数々の男子生徒を次々とノックアウトしていった。今まで一番人気であった柴田さんの立ち位置に、ダンジョーさんは一夜ならず一時間ほどで並び立ち、そして二時間目の授業が終わるころには彼女を二番手へと蹴落とした。


 そんな彼女と僕が元々知り合いで、クラスの男子から恨みを買ったのかといえばそうではない。というのも、彼女が自己紹介の際、僕のことを「いとこなんです」と紹介してくれたからである。これにはナイスプレーと言わざるを得ない。彼女の言葉が無ければ、僕は危うく学中引き回しの上に打ち首獄門だったかもしれない。


 しかし、ダンジョーさんは何故〝体験入学生〟を自称してこの学校へ来たのか? 


 それを訊ねようとしても、休み時間になるたびに彼女の周りに人だかりが出来るものだから聞くに聞けない。教室から連れ出して、ふたりきりになれるところで聞くことも出来るのだろうが、色々と後が怖いのでそれも出来ない。結局、放課後まで待つしかないと僕は早々に諦めた。


 三時間目終了後の休み時間のこと。「それにしても、スゲー人気だな」とダンジョーさんを囲む人垣を遠巻きに眺めながら京太郎は息を吐いた。母に仕えているだけあって、彼は既にダンジョーさんの正体を知っていたという。まさかここへ体験入学生として来るとは夢にも思っていなかったらしいが。



「てか、ヤバくね? 中学生……いや、どう贔屓目に見たって小学生の女の子にあれだけ群がるって、ウチの男子生徒色々ヤバくね? ちょっと間違えれば犯罪、というか、間違えなくても犯罪。『一緒に遊ばない?』なんて言われて、ホイホイついて行った先に警察なんて待ってたら一発アウト。ハウハウハウで人生終了、ハイドボンって。『それでもいい! 俺は真実の愛を追求するんだ!』、みたいな血迷った感じ。まあ、ある意味尊敬だけど、でも相当ヤバくね?」


「同感です、珍しく」と僕達に声を掛けてきたのは柴田さんだ。女狐的笑みは顔から消え、彼女は珍しく神妙な顔をしている。



「肌の張りから、あのくノ一は十一歳と考えていい。世が世ならば成人を迎える年齢の男子が、あまつさえあまりにもあざといボクっ娘系小学生に手を出すとは言語道断。そもそもボクっ娘なんてものは、〝面倒くさい〟、〝腹黒い〟、〝キャラ作りが必死過ぎてヤバイ〟などの意見が真っ先に上がる地雷属性の代名詞。アレに惚れるなど、到底考えられません。まあ、年下に手を出して捕まっていいと、そういう覚悟があるのならば別ですが。メンバーになってクラスメイトに謝罪会見を開かせていいというのならば別ですが。しかし、彼らにそんな覚悟はおありでないに決まっています。ならば、年下に現を抜かしている場合では到底ありません。もっと現実を、具体的に言えば目の前の制服女子を見据えなければ」



 柴田さんの場合は男子生徒の未来や趣味嗜好を嘆いているというよりも、単純に若さへの嫉妬なのではないかと思ったが、そんなことを口に出して言えるわけがない。とりあえず僕は「なるほど」と納得した風を装っておいた。


「そういえば、ふたりとも。ダンジョーさんがわざわざここへ来た理由は知らない?」


「知らねーな」と京太郎があっさり答えるのに、柴田さんが「男どもにチヤホヤされたいからでは?」と続く。


 僕は再び「なるほど」と頷いておいた。





 今日は休み時間になるたびに、教室からごそりと人がいなくなる。はじめのうちは厠へ駆けつけているのかと思ったが、どうやらそうではないらしく、教室に戻ってくる男子生徒が口々に、「いやー噂以上だな」と興奮したように言っているところを見るに、何かがあったに違いない。


 隣の席に座る女子生徒にそれについて訊ねると、「体験入学生が来たらしいです」と教えてくれた。体験入学生というのがなんだかよくわからないが、わからないのならばそれはそれで構わない。どうせ理解に急を要するものではないのだ。


 昼休みになって、私は弁当を片手に教室を出て屋上へ向かった。今日は秀成と昼食を共にする予定になっている。手作りの弁当は秀成にも分けてやれるようにやや多めに作ったが、今朝の話題を思い出せば、食わせていいものか躊躇われる。


「まあ今日はちょうど腹も空いていたし自分で全て食べれば良い」と自らに言い聞かせつつ屋上の扉を開けた私は、眩しい光に目を細めた――と同時に、胸に何やらぶつかったような衝撃と背中に腕を回される感触が走る。


「誰かが私に抱き着き、胸に顔を埋めている」という理解にやや遅れて、「もしや秀成か?!」という気づきが追ってくる。


 白昼堂々と何をしているこの男は! 戦という過程を三段階飛ばしてよもや、こんな――。


「――あ、なーんだ。信子様でしたか」


 胸の辺りから聞こえてきた声は秀成のものではない。慌てて視線を落とせば、そこにいたのは例のくノ一――ダンジョーである。


 慌ててダンジョーの腕を振りほどいた私は、「何をするかッ!」と声で威嚇しながら腰の刀を抜く。ひらりと身をかわして私から距離を取り、両手を後ろにやったダンジョーは、ふてくされたように小さく唇を尖らせた。


「そんな目くじら立てなくってもいいと思うんですケド。ちょっと間違っちゃっただけなんですから」


「な、何と間違えればこのようなことになるッ!」


「落ち着いてくださいよ、信子様。刀なんて向けられたら、緊張しちゃいますって」


「くノ一が刀を向けられるだけで緊張など――」


 その時、のんびりと扉を開けて屋上へ現れたのは秀成である。その手には何やら袋を下げており、その中にはおにぎりがいくつか透けて見える。


 奴は私とダンジョーを交互に見てしばし沈黙した後、血相を変えて私に駆け寄った。


「お、織田さん! 落ち着いてください! 殿中です!」


 ここはちっとも殿中ではないが、秀成に言われれば怒りを鎮めないわけにはいかない。とりあえず刀を鞘に納めると、秀成は安堵したように息を吐き、「どうされましたか」」と私に訊ねた。


「どうしたもこうしたもあるか。このくノ一が、突然私に抱き着いてきたのだ」


「だからぁ、間違っちゃっただけなんですって。お兄ちゃんが帰ってきたんだと思ってぇ」


 つまりこれは、この女は、秀成に抱き着こうとしたわけか? 

瞬く間に湧いてきた怒りによって再び刃を引き抜こうとした私を、寸前のところで前に出てきた秀成が両腕を広げて必死に止める。


「どうか織田さん! 子どもの悪戯ですから! どうか堪忍を!」


「えぇ? ボクは本気でしたけど? 好きな人をぎゅっとしたいっていうのは、当然のことじゃないですか?」


 どうやらこの女はよほど私を煽りたいらしい。しかし、秀成の言う通りこれはただの幼稚な悪戯。私は大人なのだから、乗ってやる方が馬鹿を見る。


 そんな風に自らを納得させ、怒りを奥歯で噛みしめた私は、なんとか柄から手を離した。


「……いいだろう、許す」


「それはよかった。仲良しが一番ですからね」


 そう言って胸を撫で下ろした秀成は、おにぎりの入った袋をダンジョーに手渡した。


「さあ、みんなで一緒にお昼にしましょうか」


 私は再び刀を鞘から引き抜いた。





 秀成曰く、「休み時間になるたびに人に囲まれて困っていたダンジョーさんが、少しは落ち着きたいと言い出したため、昼休みにこっそり屋上まで連れだした」とのことである。


 そもそも何故このくノ一がここにいるのかと訊ねれば、この女が例の〝体験入学生〟で、自分の教室で勉強しているという答えがあったので、私は唖然として何も言えなくなった。


 何を考えているこの女は! 何故そうまでして私と秀成の間に割り込む!


 文句は色々とあったし、怒りは一向に収まらなかったが、しかし秀成とダンジョーを二人きりにするわけにはいかないと思えば屋上を去ることも出来なかった。必然、私達は三人で昼食を共にすることになり、その最中にもダンジョーは秀成にべたべたとくっつくものだから、私の心にはますます苛立ちと怒りが募った。


 怒りの昼食を終えて教室へと至る廊下を歩く私は、ふと足を止めて窓の外を眺めながら考えた。


 ダンジョーを早いところどうにかせねばならぬ。でなければ、秀成に万が一の事態が起きてもおかしくない。


「――まったく同感です。ええ、その通りですとも」


 心の声に同意されたことに驚き振り向けば、杏花が腕を組んで立っていた。いつもながらの神出鬼没だが、しかし今日はどうしたことか、女狐的笑みは消え失せ険しい表情をしている。


「どうした、杏花。顔が険しいぞ」


「当たり前でしょう。むしろ、これでもまだ抑えている方ですよ」


 杏花は私にずいと顔を寄せ、眉をひそめた。その顔は既にほとんど般若である。


「ダンジョーです。あのくノ一です。あれをどうにか致しましょう、早急に」


「そ、それは私だってそうしたい。だが、策が無い」


「簡単なことです。あたしに命じてください。あれを学校から排除せよ、と。そうすればすぐにでも――」


「待て待て、待つんだ。実力行使は今のところ考えていない」


「ならば、秀成殿を取られてもいいと?」


「そ、そんなわけがなかろう!」


「でしたら、ご決断を。天下布武を実現するまでには血を流すことだってあります」


 なんだか杏花はやけに必死である。眼は血走っているし歯ぎしりの音まで聞こえる。きっと私の預かり知らぬところで何かあったのだろう。しかし、いくら働くのが杏花といえども、実力行使は御免被りたいというのが本音である。あの女が突然消えれば秀成が不審に思うだろうし、戦わずして勝つというのが一番の上策だ。


 ならばどうする? どうやってあのくノ一をこの学校から追い出せばいい?


 その時、私の横を〝すまほ〟を弄る女子生徒が通り過ぎた。そうか、〝あれ〟ならば――。


「……杏花、安心せよ。妙案を思いついたぞ」


「ほう。ならばどうかお聞かせ願いたい。あのおすましイライラぶりっ子をここから叩き出す最良の案を」


「簡単なことだ」と答えた私は懐から〝すまほ〟を取り出した。


「〝ジュラシックワールド〟で学んだ。怪物には怪物をぶつけるべし、と」



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