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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第二部 一話 今何か言いかけたでしょ?
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今何か言いかけたでしょ? その1

第二部始まります。

一話に当たる部分は今日中に投稿させて頂きます。

 天下御免の夏休みも、いつの間にか明日で最終日である。


 洛中の会の一件があったため、日数的には一般的な高校生の半分程度しか休めなかったが、しかしそれが充実していなかったわけではない。振り返ってみれば、僕の夏休みは大変意義のあるものだったと言える。


 まず、小江戸倶楽部やら京都会議やら、普通に生活している上では知りえない世界を知ることが出来た。それに、毎日のようにプールに通って、時間こそ掛かるが25mを無事完泳出来るようになった。何より、織田さんの様々な表情を見ることが出来た。


〝ゆっくり〟だとか〝のんびり〟だとかの概念とは縁遠い毎日であったが、楽しい日々であったことは間違いない。ただし、命を狙われることだけはもう勘弁して貰いたいところではあるが。


 さて、京太郎から電話が入ったのはその日の夜のことである。明日は彼と映画を観に行く予定であったので、そのことについてだろうかと思いつつ電話を取れば、一番始めに聞こえてきたのはわざとらしいほど大きな咳だった。


 心配になって「大丈夫?」と声を掛けると、『やべー』という返事が即座に返ってくる。「何がやばいのさ」と訊ねると、彼は待ってましたとばかりに語り始めた。


『ホントやべー。マジでやべー。バカはカゼ引かねーって話だけど、アレ迷信じゃねーわ。俺、ばっちり引いた。現在熱は38度5分ジャスト。意識モーロー鼻水ダラダラ汗ダクダク。喉は痛いし頭も痛い。ポカリがぶ飲みお粥丸のみ。これをカゼと呼ばずしてなんと呼ぶ、ってなカンジでとにかくやべー。夏、侮りがたし、って、さっきからちょっと時代劇入っちゃってるけど、それは夏休みテレ玉でやってた〝仕事人シリーズ〟見過ぎたせいっていうか、まあそもそも俺って学生兼忍者だから、時代錯誤もしょうがなしっていうか』


 恐らく京太郎は〝夏風邪は馬鹿が引く〟という言葉を知らないのだろう。それをわざわざ説明しようとは思わなかったが、延々と続く無駄話を聞くのも嫌なので、僕は早々に「あれかな」と彼の話を遮った。


「明日は行けそうにないってことかな」


『そう、そう、実はそうなんだよ。そりゃ俺だって悪いと思ってるし、見てーと思ってるよ、ジュラシックワールド。ロマン溢れる怪獣大決戦味わいてーよ。でもダメ。マジでムリ。身体動かん。明日の俺は布団の恋人確定。夏休み最終日だってのにマジありえねーけど、でもしゃーなし。背に腹は代えられぬ、って、俺ったらまた時代劇出てた?』


 無駄話が立て板に水でスラスラ出てきてはいるものの、確かに京太郎はどこか鼻声である。要領の得ないふわふわとした喋り方はいつものことだが、いつも以上に何を言いたいのかわからないのは、熱によっていまいち頭が働かない状態だからなのかもしれない。


 既に席は抑えてあったため、必然的に映画代は無駄になる。高校生にとっての千五百円は安くないが、場合が場合であるため仕方ない。僕は「気にせず休んでよ」と言って電話を終わらせようとしたが、京太郎は『待てって』と言って僕を引き留めた。


『チケット無駄にするわけにもいかねーだろ。てことで朗報だ。助っ人を頼んである。ヒデナリは俺の分まで恐竜を楽しんで来い』


「なにさ、その助っ人っていうのは」


 僕の疑問を聞いてか聞かずか、大きく咳き込んだ京太郎は、『明日は9時に池袋駅のいけふくろう前な』と残して電話を切った。





「まことに申し訳ありません、お屋形様」


 私の部屋にやってきた杏花は開口一番そう告げて、畳に額をつけるほど深々と頭を下げた。一も二も無くこれではまったく訳が分からない。謝る理由を述べるように言うと、杏花は視線を上げないままさらに続けた。


「明日、共にお祭りに行くと約束しておりましたでしょう。それが外せない都合により、どうしても行けなくなってしまったのです」


「なんだと」と呟いた私はしばし絶句してしまった。と言うのも、明日の祭りを私は何より楽しみにしていたからに他ならない。


 私の住む川越では、毎年夏に祭りが催される。そこかしこに屋台が出て、山車が街中を巡り、夜になれば宵山を拝むことが出来るらしい。わざわざ「らしい」とつけるのは、私が祭りに参加したことがないからだ。


 つい数か月前まで文字通りの〝箱入り娘〟であった私は、賑やかなこの時期になっても、部屋の窓を開けて遠くで響く祭囃子に耳を澄ませ、夜風に運ばれてくる僅かな祭りの空気を肌に受けることくらいしか出来なかった。幼少の頃からあの賑やかな音と光に憧憬を抱いたことは一度や二度ではなく、「少しくらいは市井の暮らしを眺めてみるのも良いだろう」と爺を説得してみたものの、あの頭の固い男が私の言葉に耳を貸すはずもなかった。


〝普通の高校生〟になった今年こそ、祭りを存分に楽しめる。そう思っていたのだが……よもや、それも叶わないとは。


 浮足立ったこの思いをどうすればいい?


 祭りを諦めきれなかった私は、「その都合とやらはどうしても明日でなければならないのか?」と、予定を検討させるように促したが、杏花の答えは変わらなかった。


「駄目なものは駄目なのです。明日のあたしに待つのは、命に代えても達成せねばならない使命。お屋形様の頼みといえども、今さらになって予定をずらすなど、とてもじゃありませんが……」


 そこまで言われれば引き下がらざるを得ない。「残念だ」と思わず呟いた私はがっくりと肩を落とした。


 わざわざ祭りへひとりで行くつもりは毛頭ない。そもそも、勝手がわからない場所にひとりで飛び込もうと思えない。秀成を誘おうかとも考えたが、奴は確かあの京太郎とかいう忍びと映画を観に行く予定になっているはず。となれば、それも無理な話である。


 祭りはまた来年に持ち越しか――と、内心で深く落胆している私の肩へ、杏花がそっと手を置いた。


「お屋形様、そうお気を落とさずに。あたし、バッチリ助っ人を用意しておりますので。明日はどうか、その方と楽しんできてください」


「助っ人とやらが誰だか知らぬが、どこぞの馬の骨かもわからん輩と共に祭りなんか行けるか」


「ご安心を。お屋形様のよく知る人物です。本人の希望によってお名前は伏せますが」


 杏花はそう言って〝助っ人〟とやらの正体を濁したが、だいたいの見当はついている。まず間違いなく、助っ人とは晴海のことだ。あれは年中無休で暇な女。私をからかう機会があるのならば、みすみすそれを逃すことはしないだろう。


 私とて、好き好んで晴海と一緒の時間を過ごしたいとは思わない。しかし、枯れ木も山の賑わいである。共に祭りに行ってくれるのなら、この際相手が晴海だって狸だって犬だって構わん。


「仕方あるまい」と私は呟いた。


「ならば、明日はその助っ人とやらと行くことにしよう」


「それはよかった。これであたしも明日は安心して使命を果たすことが出来ます」


 さらりと私の髪を撫でた杏花は、深く一礼した後、私の部屋から出て行った。と思えば、襖の隙間から顔だけ覗かせ、女狐的微笑みで「そうそう」と付け加える。


「申し訳ありませんが、明日は朝の九時に池袋のいけふくろう像の前まで向かってください。そこで待ち合わせとなっていますので」


 祭りは川越で催されるはずだ。わざわざ池袋まで行く必要などどこにもない。「何故そんなところまで?」と私は問うたが、既に杏花の顔は見えなくなっていた。


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