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幕間之一 刀狩りは突然に 後編

「――どうした秀成、そんな風にぼぅっとして」


 織田さんの呼びかける声で気を取り直した僕は、慌てて「いえなんでも」と首を横に振った。彼女が刀を持ち歩いていないことはもちろん気になる。しかし、それにはきっと大層な理由があるに違いないと考えれば、聞くのはためらわれた。


 今日の織田さんはホットパンツとティーシャツ、それに黒のキャップというラフな出で立ちだ。なんだかとてもロックかつ大胆な香りが漂ってきて、傍にいるだけで思わず顔が熱くなってくる。しかしどこか物足りないと感じてしまうのは、やはりその腰に刀を差していないからだろう。初めて会った時はあれだけ物騒だと感じていた長物が恋しくなるとは、人間、よくわからないものだ。


 今日はこれからまずプールへ行く。午前一杯時間を使ってクロールの練習した後は、駅前に出て昼食を食べる。それから付近にある携帯ショップで、かねてから織田さんが予約していたスマートフォンを受け取る予定になっている。


 そこで僕は突然の刀狩りの理由をなんとなく察した。つまり彼女はスマホを持つにあたって、現代人として一歩踏み出す決心をしたのだ。となれば、僕がとやかく口を出せるわけがない。彼女の場合は刀を持った方が断然素敵に決まっているが、そんなことを言ってしまえば、彼女の覚悟を踏みにじることになってしまう。


 僕は彼女の無手勝流スタイルついては一切触れず、今日も「暑いですね」と言いながら空を見上げた。昨日の夜まで天を塞いでいた雨雲はもうどこにも見えない。


「こんなに暑いのに、毎日のように付き合わせてしまって申し訳ありません」


「構わん」と織田さんはさっぱり答える。


「私とて、秀成から多くのことを教えて貰っている。お互い様だ」


「そう言って頂けると救われます」と言うと、彼女は「うむ」と頷いた。


「そういえば秀成、今日の私の恰好はどう思う?」


 そんなことを織田さんから聞かれるのは初めてのことだったので、僕は少々戸惑った。やはり、彼女も刀を持たないことを気にしているらしい。僕は「よくお似合いですよ」と答え、彼女の決断を後押しする。「そうか」と涼しげに言った彼女は、すいと歩き出した。


 それから僕達は近くの市民プールへと向かった。甲冑を着込んでいた時と違い、今日の織田さんは良い意味で道行く人の目を惹く。腰に刀がぶら下がっていないおかげか、いつもよりもなおさらである。やはり、アレがないと落ち着かないと考える僕の方がおかしいのだろうか。


 いささか僕は、〝ブショー系女子〟に影響を受けすぎたらしい。


 予定の通り午前中で泳ぎの練習を切り上げ、僕達はプールから駅前へと向かった。人目の多いところへ行くと、織田さんへ向けられる羨望の眼差しはなおさらその量を増す。しかし彼女はそんなことを歯牙にもかけず、背筋をぴんと伸ばして悠然と歩く。さすがとしか言いようがない。


 駅前のレストランで食事を済ませ、時計を見れば午後の三時を過ぎていた。携帯ショップへ行き、スマートフォンの受け取りをそつなく終えた僕達は、その足で近所の喫茶店へ向かった。織田さんに文明の利器の使い方を一通り覚えて頂くためである。


 基礎的な知識が無いためか、織田さんはスマートフォンに大変苦戦した。タッチパネルというのがよくわからずにびたんびたんと液晶画面に人差し指を叩きつけたり、文字の入力方法に四苦八苦したり、諸々のパスワードをいちいち覚えるのに面倒くさがったり、指紋がなかなか認識されないせいでロック画面から先に進めなかったり……紆余曲折あったが、二時間ほど時間をかけてじっくり教えると、最低限の操作方法並びに電話の掛け方とメールの送り方だけはなんとか覚えて頂けた。後は追々、使っていくうちに学んで貰えばいいだろう。


 僕の電話番号とアドレスの登録を終えた後、織田さんは「まったく。便利すぎるというのも考え物だな」と大きく息を吐いた。


「過ぎたるは猶及ばざるが如し。ほどほどがちょうどいいというのに。そうは思わんか?」


「確かにそうかもしれません。でも、矢文よりも平和的でいいかもしれませんよ?」


 僕がそんな冗談を飛ばすと、織田さんは無言で腰に右手を掛けた――が、そこにいつもあるはずの刀は無く、彼女はバツが悪そうに唇を尖らせたかと思うと、「いい度胸だな」と呟き、「明日の水連を楽しみにしておけ」と続けた。


 手持無沙汰の彼女の右手がぷらぷらと揺れている。





 秀成は厠へ行ったきり戻ってこない。席を立つ際に「腹が痛い」というようなことを言っていたので、まだもうしばらく掛かるだろう。私は〝すまほ〟の操作をいち早く覚えるべく、秀成から教わった注意事項を心の中で反すうしていた。


 画面は強く叩くべからず。文字を入力する際はひと文字ひと文字慎重に打つべし。知らない番号からの電話には出ることなかれ。反応するのが楽しいからといって、不用意に「〝ヘイシリ〟」と叫ぶな。画面上にゆっくりと現れる種類の広告には気を付けよ。その他、諸々。


 覚えることが多すぎて難解だ。便利なのはわかるが、もっと単純にならないのだろうか。その点、刀は良かった。「斬る」「突く」「払う」と、やれることが単純でいい。それに美しい。真っ直ぐで、凛としていて……。


 おもむろに自らの腰に手を当ててみる。いつもはあるはずのそれが無いのは、なんとなく物寂しい。しかし秀成がそれについて何も言わないということは、やはり刀なぞ持たない女の方がいいということだろうか。少し、寂しい。


 ふと、私の背後に誰かが近づいてくるのを感じた。秀成かと思い振り返ればまったく違う。人としての芯を持たないことが一目でわかる、いかにも軽薄そうな笑みを浮かべた男だ。


「ねえ。いま一人なの?」とその男は話しかけてくる。刀を持っていればそれを抜くだけで済むのだが、今日はそうもいかない。


「人を待っている。早く消え失せろ」


「うわ、コワイねー。でも、そういうのが逆にカワイイかも? 的な?」


 何を勘違いしたのか男は私の隣の席に腰掛ける。殴ってもいいし投げ飛ばしてもいいが、店の中で騒ぎを起こすのも面倒だ。こうなると、無視を決め込む他は無い。私は〝すまほ〟を弄るふりに徹する。それに構わず男は話しかけてくる。


「ねえねえ、キミさ、モデルとかに興味あったりしない? 俺さ、スカウトやってる友達がいるんだよねぇ。キミさえよかったら紹介してあげるけど――」


 言葉が意味を伴わずに、右から左に流れていく。よくもまあ、無視をされている相手にここまで必死に話しかけられるものだ。ある意味では尊敬する。その才能は恐らく生涯役に立たないだろうが。


 我慢を続けるうちに、男の声がだんだんと耳障りになってきた。苛立つ心を抑えきれなくなった私が、持っていた〝すまほ〟をついに卓へと叩きつけようと腕を振り上げたその瞬間――「大変お待たせ致しました」という声と共に、秀成が席へと戻ってきた。その手には、ここを離れる際には持っていなかった袋が握られている。


 秀成は私を見て、それから軽薄な男を見た後で、「お知り合いですか?」と敵意の無い笑顔を携えながら訊ねる。その邪気の無い笑顔を見て却って消沈したらしく、男は「別になんでも」ともごもご言い訳をしながら席を立つ。去って行く男の背中に向けて、不思議そうな表情のまま「では」と手を振った秀成は、改めて私の正面の席へ座った。


「申し訳ありません。だいぶ時間が掛かってしまいまして」


「構わん。それより、腹の調子は問題ないか?」


「それなんですが……実は、トイレに行っていたわけではなくてですね」


 言いにくそうにそう告げると、秀成は私に〝すまほ〟を自分に貸して欲しいと頼んできた。言われたままに手渡してやると、「どうも」と言いながらそれを受け取った秀成は、持っていた袋から何やら取り出し、それを私の〝すまほ〟に装着させた。何かと訊ねれば、「スマホのケースです」という答えがあった。聞くに、〝すまほ〟というのは高価な割に大変壊れやすいものらしく、故にこういった鞘のようなものは必須らしい。


「せっかく買ったんですから、壊すといけないと思いまして」と言いながら、秀成は私に鞘に納めた〝すまほ〟を私に手渡す。「感謝する」と言ってそれを受け取って見れば――その鞘には、交差された日本刀の飾りが施されていた。


 刀を捨てた私に何故これを? 刀の似合わない女に何故これを? 何かの当てつけか?


 わけがわからず唖然としていると、秀成は「すいません」と頭を下げた。


「僕の趣味で変なものを選んできてしまって。やはり、お気に召しませんでしたでしょうか」


「いや……そういうわけではないのだが、何故これを選んだ?」


 そう訊ねると、秀成は恥ずかしそうに頬をかいてはにかんだ。


「刀があっても無くても織田さんは織田さんです。でも、刀があった方がずっと織田さんらしくて素敵だなと思いまして」





「しかし、本当にそれ、持っていかれるのですか?」


「くどいぞ、杏花。もう決めたことだ」


「ですが……せっかく昨日は卒業できましたのに。もったいない」


「もったいないことはない。むしろ昨日の刀狩りこそが気の迷いだ。私には、これが必要なのだからな」


「……まったく。秀成殿もとんだ色男ですね。ヤダヤダ」


「何か言ったか?」


「いえ、なんでも。――それでは、いってらっしゃいませ、お屋形様」



「うむ。行ってくるぞ」




筆慣らし&織田さん強化イベント


二部は現在ネタ出し中……!

大団円に向けてなかなか難産になりそうな予感です。

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