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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 七話 武士 イン•ザ•スカイ
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エピローグ きらきら武士

これにて一部閉幕となります。

エピローグは是非ともレキシさんの「きらきら武士」を聴きながら読んで頂くと幸いです

〝江戸城炎上〟から三日経って、ようやく日常が戻ってきたという感じがある。あの件の後始末については、小江戸倶楽部と京都会議の方々が共同で動いたと織田さんから聞かされた。洛中の会の企みは、却って倶楽部と会議の距離を近づける結果となったわけだ。


 九条老人は未だ行方知れずだが、調査によると、北の方へ湯治に行ったということである。詳しいことはわかっていないとのことだ。


 それにしても、この夏休みは思い出話の貯蓄がだいぶ出来た。休みが始まって早々、母の差し金で捕まって、木下さんとの共同生活を強いられて、ようやく解放されたと思ったら今度は京太郎に捕まって、よくわからない陰謀に巻き込まれた挙句に危うく殺されかけて……。だがしかし、本音を言えばもう少し普通の夏休みを過ごしたかった。


 僕の部屋で京太郎と共に宿題を進める最中、そういった愚痴をふとこぼすと、「ゼータク言うなよ」と呆れられた。自分のせいで諸々起きたということは全く存ぜぬといった様子であった。


「貴重な体験だったろ? こういうのが将来に活きてくんだって。シューカツとかで有利になってくんだって。間違いねーよ」


「殺されかけたって経験が、社会に出るうえで有利になるものかな」


「なるなる。ゼッテーなる。もし俺が社長だったら即採用だから。てか、もう翌日から会社来てよ、殺されかけた経験も無い奴らにイロイロ教育してやってよ、てな感じで、ソッコー課長、ヒデナリ課長。一年後にはもう部長。島耕作もオドロキの出世スピードって具合に――」


「あれかな。京太郎は社長になる気はあるの?」


「あるわけねー。てかヒデナリ、逆に聞くけど俺の会社に入りたいと思うか?」


「いや。もし京太郎の会社に入社したら、江戸城で燃えておけばよかったって後悔するだろうね」


「なんちゅー冗談カマすんだよ」と焦ったように笑い、京太郎が僕の肩を小突いたところで、母が紅茶とクッキーを乗せたお盆を持って部屋に入ってきた。腰を浮かし、「どうもどうも」と恐縮しながらも、どこかとぼけた調子でお盆を受け取る京太郎だったが、一応、〝雇い主〟である母に対してあの態度はいいのだろうか。


 そこへ立ったまま僕達の宿題の進捗状況をじっと見た母は、やがて「じゃあね」と言って扉に手を掛けると、肩越しに京太郎を一瞥してにこりと微笑んだ。


「京太郎、秀成の邪魔をあまりしないこと。でないと、あなたの指を落とすわ」


 おどけたように「コエー」と言って笑った京太郎だったが、僕は彼の額に冷や汗が光っていたのを見逃さなかった。





 その日の夜、私の城には晴海が来ていた。洛中の会の起こした一件に後始末がついたため、その慰労会でもしようと向こうが持ち掛けてきたのである。


 夕食は既に終わり、互いの宗和膳の上には晴海が土産として持参した〝けぇき〟が置かれているばかり。透明感を失った羊羹のような色合いをしており、秀成と共に食した〝しょーとけぇき〟とは全く異なる味であったが、これも中々美味である。


 晴海はけぇきを口に運びながら、どこか浮かれたように「ホンマにいろいろあったねぇ」と言った。その〝いろいろ〟を起こした一端を自分が担っているという自覚があるのか、この女には。


 私が口を開かずとも言いたいことを肌で察したのか、晴海は「わかっとるよ」と唇を尖らせる。


「ウチが悪かったって。でも、雨降って地固まるって言葉もあるやろ? 結果的に倶楽部と会議も仲良くなったんやし、ええやん」


「良くない。呉越同舟という言葉があると同時に、昨日の友は今日の仇という言葉だってある。またいつ元の関係に戻るかわからんのだからな」


「まったく、心配性やなあ、信子ちゃんは。だいじょーぶやって。ウチらが仲良うしてれば、そんなこと起きんから」


 そう言いつつすり寄ってきた晴海の額を、私は無言のまま人差し指で弾いた。「いけずやなあ」と嬉しそうに口元を緩めながら呟いた晴海は、自分の座布団へと戻り再びけぇきを食べ始めた。


「なーあ、信子ちゃん。今日は夜通しお喋りせぇへん? ウチ、とっておきの面白い話があるんよ」


「断る。今日の夜はやることがあるんだ」


「ええー。でも、秀成くんの話やで? ウチと秀成くんが一緒に生活してた時の話、聞きたくないん?」


 興味が無いと言えば嘘になる。しかし、したり顔で秀成のことを話すこの女を前にして私は平静でいられるだろうか。いや恐らく無理だろう。うっかり刀を出す自信がある。


 だが……ここで「聞かぬ」と言えぬのが私の弱さであった。


「……いいだろう。あとで私の寝室へ来い。隣に布団を敷かせておく」


 晴海が「やったー」と両腕を掲げ喜びを露わにしたその時、「なりません」の声と共に杏花が部屋の襖を開けた。


「お屋形様は明日のためのご準備があるでしょう。晴海様と喋りしている暇はありませんよ」


「わかっている。しかしだな、準備など明日の朝でも構わんだろう」


「なりません。朝は朝でご準備があるでしょう」


「しかしだな」「なりません」と押し問答を続ける私達の間に、置いてけぼりにされた晴海が苛ついたように「なんなんよ、その準備って」と割って入る。私は「教えんでいいぞ」と釘を刺したが、杏花はむしろ声を張って事情を説明した。


「明日、お屋形様には秀成殿とのデートが控えているのです! そのためのお洋服選びをしなくてはなりません! 朝は早起きしてお弁当をこしらえねば……つまり! 夜通しお喋りなんてとても無いのです!」


 すかさず晴海は「なにそれ!」とこちらへ食って掛かる。だから教えなくてよいと言ったのだ。恨みを込めた視線を杏花に投げれば、奴は素知らぬ顔である。まったく、何が目的だ。


〝でぇと〟ではないということを説明するのも億劫で、「聞いた通りだ」と晴海を突き放した私は、「今日は諦めろ」と最後通告を突きつけたが、奴は全く聞く耳持たない。


「イーヤっ! イヤったらイヤ!」


 駄々をこねる子どもの様に「イヤ」をひたすら繰り返す晴海は、とうとうその場に寝転がり、手足をじたばたさせ始めた。こうなるともう手に負えない。かくなる上は部屋から引きずり出すしかなかろうと思い、晴海の腕を掴んだ矢先、杏花が「そうです!」と声を上げた。嫌な予感しかしない。


「晴海様にも一役買って頂きましょう! お屋形様に似合う、最高のお洋服を選ぶお手伝いを!」


「ならん!」と私が声を上げたのと、「やるーっ!」と晴海が嬉しそうな声を上げたのは同時のことである。私が文句を言うより先に、「助かります!」と言った杏花は晴海の手を掴み、さっさと部屋を出て行った。杏花の奴、さては初めからそのつもりだったな。まったく主君の知らぬところで手を組んで、何を考えているあの女は。


 ……しかし、この程度の裏切り許そうではないか。平和的な裏切りならば却って心安らぐというものである。


 食べかけのけぇきを平らげ、さてふたりの下に向かうかと部屋を出れば、爺が廊下を雑巾がけしながら「なりませんぞ!」と五月蠅く怒鳴り散らした。


「平手はまだあの男とお屋形様の交際を認めたわけではありません!」


「こ、こ、交際ではないっ! お前は黙って雑巾がけでもしていろッ!」


「なりません!」と繰り返しながらも雑巾がけの手を休めない爺は、廊下の奥へと消えていった。

相変わらず私と秀成との仲について口うるさい爺であるが、あれでいて中々反省しているのか、今回の件の罰として命じた城内の清掃は真面目に取り組んでいる。またいつ爆発するかわからない男だが……その時は、また相手をしてやるしかなかろう。これも上に立つ者の勤めだ。


 ふとため息を吐き、私はそこでようやく実感した。


 嗚呼、騒がしくも平和な日々がまた戻ってきたのだ、と。





 空を見上げれば、雲ひとつない空は太陽の独擅場である。日の光が眩しすぎると感じるのは、きっとまともに外へ出るのがずいぶんと久しぶりだからだろう。 


 風は無く、湿度は高く、ミンミンゼミがうるさい。青葉が無暗に光を反射しながらさんざめいている。車が横を通るたびに、運ばれてきた蒸し暑い空気が全身に当てられる。


 現在、僕がいるのは市民プールの入場口前である。今日は今までの遅れを取り戻すべく、今日はみっちり時間をかけて織田さんに泳ぎを教えて頂く予定だ。昼に僕を待っているのは、いつぞや食べ損ねた彼女手製の弁当。どんなものが出てくるのか、今から期待半分不安半分である。


 残りの休み日数を指折り数え、『25m完泳計画』をどう段階的に進めていくか思案していると、やがて織田さんが現れた。純白のワンピースを着て麦藁帽を被る彼女は、どこの深窓のご令嬢がやってきたのかと思うほど可憐である。その腕からかけられた猫の絵柄が描かれたトートバッグには、きっとお手製のお弁当が入っているのだろう。


「待たせたな」と織田さんは右手を挙げる。僕は「いえいえ」と答え一礼した。


「主君を待つのも家来の役目です」


 そんな冗談を挨拶代わりに飛ばしてみると、彼女はトートバッグから小刀を出して僕の喉元に向けた。暑さのせいで流した汗が冷や汗に変わる。


「あの言葉はほんの気の迷いだ。つい先日、忘れろと言ったはずだが?」


「……申し訳ありません。つい出来心で」


「まったく」とぼやきながら織田さんが小刀をバスケットに収める。その頬は少しだけ赤い。


 トートバッグと、ワンピースと、麦わら帽子と、それに小刀。どう考えたって合うわけがない組み合わせなのに、彼女だと不思議と様になるので笑ってしまう。



「何を笑っている。ほら、早く行くぞ秀成。夏休みは限られているのだからな」



 太陽の光を受けてきらきらと輝く武士がいる。僕は「すいません」と答えながら、ゆっくりと歩き出した彼女の背中を追いかけた。


これまでお付き合いくださりありがとうございました。

前書きの通り、これにて一部閉幕とさせていただきます。

続きはしばらく後になるかもしれませんが、需要とモチベーションとインスピレーション次第で早まる可能性があります。

それでは、また。

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