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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 六話 アタシをここから連れ出して
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アタシをここから連れ出して その8

「な――何をしているお前達はッ!」


 叫んだ勢いそのままに、私は刀を鞘から引き抜き高く振りかぶった。本来ならばそのまま刃を振り下ろして然るべき事態であったのだが、杏花に羽交い絞めにされていたためそれは叶わなかった。


 なぜ晴海がここにいる? そしてなぜ晴海が秀成に密着している? 私の見ない間にふたりはどんな関係になっている?


 考えれば考えるほどわけがわからず、腸は煮えくりかえるばかりである。私は地団太を踏みながら、「うつけ」「色情魔」「ケダモノ」「助平」と二人を罵倒するが、そればかりでは到底怒りは収まらない。


 ぎょっとしたように固まっていた二人は、やがて思い出したようにお互い距離を取り、必死な弁明を始めた。


「ち、違うんです織田さん! これは木下さんが始めたことで、僕の意思は関係ないことでして!」


「って言っても、アタシだって全然本気じゃなくって! ていうか、むしろ嫌だったし! ただ、こうするしか方法が無かっただけだし!」


「下手な言い訳をしおって! 動くなよ二人とも! 今すぐ叩ッ切ってやる!」


「落ち着いてください、お屋形様。斬り捨てるのは後からでも出来ます。もちろん、まずはしっかり事情を聴くことから始めることをお勧めしますが。ともあれ、今はお二人を連れてここから逃げねば」


「その通りだ。ゆっくりしてる暇はないみたいだぜ」


 壁に寄りかかっていた京太郎がそう言って部屋の外を親指で指す。何かと思って部屋の外を見れば、細長い廊下には刀を持った男が複数人いる。大人しく帰してくれるわけではないということは、敵意の込められた奴らの瞳を見ればわかる。


「秀成に会えたからって騒ぎすぎたな、織田信子。おかげで見張りがコッチに気づいた」


 怒りで我を失っていたとはいえ、なんと迂闊なことだろうか。しかし今は後悔している暇はない。私は「話はあとで聞かせてもらう」と言って秀成達に釘を刺し、それから杏花に「道を拓け」と命令を下した。


「だが、無理はするな。全員で生きて帰るのだからな」


「……まったく、無茶を言いますね、お屋形様は」


 呆れたように笑った杏花は、ゆっくり刀を鞘から引き抜き、その切っ先を敵に向ける。常人ならばそれだけで気圧されてもおかしくないというのに、男達にたじろぐ様子が微塵も見えないのは流石と言えるが、圧倒的な戦力差があるのは変わりない。


「ま、仕方ありません。お屋形様の無茶ぶりに応えるのも家臣の勤め。……存分に、働くことに致しましょうか♡」





 わけもわからないまま木下さんと一緒の部屋に閉じ込められたと思ったら、意味がわからない制約てんこ盛りの生活を強いられて十日が過ぎ、望まないキスと引き換えにこの生活から解放されるまさにその直前、突如現れた織田さんに刀を向けられ……ここまで説明するだけで既に満腹という感じなのに、彼女と共に助けに来たのが柴田さんに加え、いつもと全く雰囲気が異なる京太郎で、おまけにふたりとも当たり前のように刀を持っていて……。寒気、頭痛、恐怖などなどを通り越して、もう笑うしかない状況である。夢なら早く醒めて欲しい。夢じゃないならもう知らない。


 柴田さんの活躍はまさに一騎当千で、数で押してくる誘拐犯の方々をものともしない。惚れ惚れするほどの太刀筋は、時代劇の大立ち回りを見ているような気にさえもなる。道を塞ぐ誘拐犯の方々を次々と斬り伏せる柴田さんの背後に、僕、木下さん、織田さん、京太郎と続く僕達は、傷一つなくマンションの階段を降りていき、ついには五分ともしないうちに外へ出た。しかしこれで逃げ切れたわけではなく、出てすぐのところにある屋外駐車場では十や二十どころではない数の誘拐犯が僕達の到着を待ち受けている。まったくどれだけ数がいるのか。


 ノンストップで戦い続けてさすがに疲れが出てきたのか、柴田さんは肩で息をしているような状態である。「無理はなさらない方が」と声を掛けると、彼女はこちらへ振り返らないまま「そういうわけにいきません」と答えた。


「あなた達を無事に逃がすと決めたのです。多少の無理は覚悟の上――」


「いや、秀成の言う通りだ。止めておきな、柴田杏花。時間の無駄だ。どうせここで終わりなんだからな」


 柴田さんの心意気に水を差すようなことを言ったのは、しんがりを務める京太郎である。


「何を言うんだ」と振り返れば、刀の切っ先をこちらに向けている京太郎の姿と共に、彼の足元で気を失って倒れ込んでいる織田さんと木下さんの両名の姿が視界に入ってきた。


 何故あのようになっているのか理解出来なくて、僕はしばし固まったが、彼の周囲を誘拐犯達が守るように囲むのを見てようやく気が付いた。


 ――京太郎は僕達を裏切ったのだ。


「……どういうことなんだい、京太郎」


「どうもこうも、見た通りだろ。俺はお前らの敵で、お前らは俺の敵。それ以上でもそれ以下でもねぇよ」


「なるほど。やはり、あなたは信用ならない人物のようだ」


 柴田さんは依然として振り返らないままであったが、その声は怒りに満ちている。直接怒りを向けられているわけではないのに、今の彼女の顔を見るのが怖い。


「悪いな、俺は忍びだ。裏切ってナンボの世界で生きる存在よ。恨むなら、俺を信用したオヤカタサマを恨みな」


「……生きて帰れると思うな。たとえ四肢が千切れようと、たとえ首を斬られようと、貴様だけはここで七度殺す」


「怖いねぇ。でも、無理だと思うぜ、それは」


 柴田さんがその場で急に膝を突いたのはその時のことだった。京太郎の方へとゆっくり振り返った彼女の表情は苦痛に歪んでおり、額には汗が光っている。


「ようやく効いてきたみたいだな。まったく、なかなか倒れないもんだからヒヤヒヤしたぜ」


「……何をした、四王天」


「言っただろ、卑怯な戦い方はお手の物だってよ。お前を襲わせた奴らの刀に粉末状の痺れ薬を仕込ませておいたんだ。たとえ直接斬らなくても、近づくだけでじわじわ薬が効いてくるって寸法よ」


 京太郎の説明が終わるより先に、柴田さんはゆっくりと倒れ込む。慌てて彼女に駆け寄ろうとしたが、一歩踏み出したその瞬間に身体が膝からガクンと崩れ落ちる。脳味噌を直接かき混ぜられているかのように、意識と身体が全く結びついていない。


 唯一はっきりしているのは、ただ哀しいという思いだけだ。僕は感情のままに、「なんで」と繰り返し呟いた。


「勝てる方につく。それが忍びの生き方でな。悪く思うなよ、秀成」


 さらわれ、助けられ、裏切られ……。はじめてでいっぱいの今年の夏休みは、ほとほと飽きる暇がない。





 四王天京太郎、突然の裏切りの同日夜のこと。秀成の母――明智灯光は平手の操る白凰に乗って夜の街を疾走していた。その日は薄雲に隠れた月が趣深い夜であったが、追われるふたりには空を見上げる暇などない。


 ふたりを追うのは黒い忍び装束に身を包みながらもバイクに乗る集団である。見てくれこそ異様であるが、その実力は本物だ。彼らはさながらイタチの如く執拗にふたりを追いかけ、そして決して逃がそうとしなかった。


 奇妙な刺客の正体。それは、洛中の会からの刺客である。灯光の計画していた策を――否、元より灯光の存在を快く思っていなかった〝会〟は、彼女と彼女に与する者を消そうとしていたのである。


 逃げ続けて二時間余り。ふたりを乗せて全速力で走る白凰にはもう限界が近い。また、追われ続けて神経を擦り減らした灯光、平手の両者にも疲れの色が見えていた。


「申し訳ありません、平手殿。わたしのせいで追われる羽目になってしまい……」


「構わん。これも俺が選んだ道だ」


 平手は肩越しに刺客を見て、大きく舌を打った。


「しかし、このまま逃げ切れるとは思えん。いっそのことどこかで迎え撃つか?」


「か弱いおなごと年寄りのふたりで相手できるほど、あの者達は軟弱ではないかと思われますが」


「ならばどうするつもりだ。このままではいずれ追いつかれるぞ」


「……ご心配なく。策はあります」


「ならば早急に頼む。白凰の体力もそろそろ厳しい」


「ええ、もちろん。……ですがその前に、ひとつお願いが」


「なんだ」


「あなたのお屋形様に謝っておいてください。わたしが間違っていた、と」


「突然何を言って――」


 次の瞬間、灯光は鋭く息を吐くと共に跳躍し、白凰から飛び降りた。平手は咄嗟に手綱を引いて白凰を止めようとしたが、灯光の「止まるなッ!」という叫びがそれを制する。


「行ってください平手殿ッ! 今はこれしか打つ手がありませんッ!」


 平手は逃げることが何より嫌いな男であった。仮に敵前逃亡と切腹の二者択一を迫られれば、迷うまでもなく切腹を選べる男であった。しかし、だからといって覚悟を持って下された決断を無下に出来るような男でもなかった。


 平手は白凰に鞭を入れる。だんだんと小さくなっていく灯光の姿を振り返って視界に入れようともしない。彼女の思いを一片たりとも無駄にしないための、彼なりの配慮である。


 エンジン音とヘッドライトが背後に遠くなっていくのを感じながら、平手は血が滲むほど奥歯を噛みしめた。


 ――お前の願い、聞き入れるつもりはない。お屋形様に謝りたいのならば勝手に謝れ。


「……だから、生きて連れ戻してやる。必ずだ!」


第六話終了

物語は佳境を迎えますが、例の如く少しお休みします

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