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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 六話 アタシをここから連れ出して
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アタシをここから連れ出して その6

 秀成が姿を消してからもう十日が経った。捜査は爺並びに晴海の動向を探ることを中心に進めているが、奴らの行方は依然として不明なままだ。どうやら、よほど上手く隠れたらしい。


 事を大きくするつもりは無かったが、私と杏花の力だけでは限界がある。これはいよいよ国家権力の出番もやむなしかと思われ、秀成の両親を通じて警察の協力を仰ごうかとしたが、それは叶わなかった。秀成の母上から「秀成は友人と共に旅行へ行っているだけで、行方不明になったわけではない」と言われてしまえば、無理を言うことは出来なかった。


 ここで気になるのが、秀成は誰と〝旅行〟へ行ったのかということだ。これを母上に尋ねると、聞き捨てならぬ答えが返ってきた。


「京太郎くんって友達とだって。男の子ふたりで長期間の旅行だなんて、仲が良すぎてちょっと不安よね」


 四王天京太郎――よもや、奴もこの一件に一枚噛んでいたとは。事は私の思っていた以上に複雑らしい。


 警察からの協力は期待できない。手掛かりは未だ何一つとして見つからない。しかし、諦めるわけにはいかない。ならばとにかく動く他あるまいと、当てもなく街を走り回っていると、驚くべき男が目の前に現れた。上下黒い服に身を包んだその男は京太郎であった。


 鍵を握っているであろう男が向こうから来てくれるとは。これを逃す手は無いと私は刀を抜き、杏花もそれに続けて抜刀する。


「ちょ、ちょっと。イキナリそれって、アリ寄りのナシっていうか、むしろまったくナシでしょ。いまは戦国じゃないんスからね、マジで」


「心配するな、殺すつもりはない。少々痛い目には遭ってもらうつもりではあるが……これも秀成のため。仕方のないことだ」


「いや、織田さんも柴田さんも、目がマジすぎてヤバイっスよマジ。生きて帰れるとは思えないんスけど」


「だって、本気ですもの」と杏花が一歩前に出て、何かあれば刹那の間に斬り伏せられる距離まで詰める。


「おとなしくすれば半殺し程度で済むかもしれませんけど……もしも抵抗するなら怖いですよ」


「おとなしくします。しますから、それコッチに向けないでくださいよ。生身なんスからね、俺。てか、おとなしくして半殺しってヤバイっていうか、抵抗したら全殺し確定みたいな? それはヤバイ。マジでヤバイ。ま、柴田さんみたいな人に殺されるならある意味本望っていうか、でもどうせやられるんなら窒息死させて欲しいっていうか。でも、やっぱり俺は百歳まで――」


「そこまでだ」と私は京太郎の喉元に刃を突きつけ、無駄話を止めさせる。


 咄嗟に両手を高く上げて敵意の無いことをこちらに示した奴は、口元に浮かんでいたある種余裕すら感じられる笑みを消して、真面目な顔つきになったかと思うと、こちらを見据えて語りだした。その声には先ほど微塵も感じられなかった凄みがあった。


「――単刀直入に言う。織田信子、俺と手を組まないか?」


「馬鹿を言え。お前のような得体のしれない者と何故手を組まねばならぬのだ」


「決まってんだろ、秀成のためだ」


 力の込められた京太郎の表情は、使命を帯びた忍びの顔でない。私達を罠に掛けようという卑劣漢の顔でもない。ただ大切な友の無事を一身に願う、ひとりの男の顔だった。


 この男が信用ならないことは変わらない。しかし、この顔ならば信じてもいい。私の勘がそう告げていた。


「いいだろう、四王天京太郎。秀成のためだ。一時だが、お前と手を組むことに決めた」


「……信子、危険よ。この男は何を考えているのか読めない」


「構わぬ。いずれにせよ手掛かりは無いのだ。今は、この男に賭けるしかなかろう」


 私が刀を鞘に納めると、京太郎はその場に片膝を突き、仰々しく礼をした。


「……信じてたぜ、織田信子。さすが、恋する女の子だ」


「きッ、斬り捨てるぞこのうつけ者ッ!」





 とうとう監禁生活が十日目に突入した。はじめの三日間は「すぐに警察が来てくれるだろう」と思っていたのだが、捜査が難航しているのか、助けは未だ現れない。最近は誘拐犯からのアナウンスも無いが、数々の制約は生きているし、冷蔵庫の食料は木下さんと抱き合うことで随時補充されるので、僕達の監視を止めたわけではないと思われる。


 時刻は十二時を過ぎたところ。リビングの中央に立ち天窓から空を見上げれば太陽が眩しい。壁一枚隔てたところにある灼熱の世界が懐かしい。炎天下で食べるアイスが恋しい。汗をかきながら外を走り回りたい。夏を、夏を味わいたい!


「そんなとこでボーっとせんと、少しは準備手伝ってよ、秀成くん」


 キッチンに立つ木下さんは、ちょっと呆れたような顔をこちらへ向ける。「すいません」と言いながらキッチンへ向かえば、彼女は煮立った湯にトマトを入れようとしている最中であったので、これには少し驚いた。


「トマトを煮て食べるのですか?」


「んなわけないやん。トマトの皮を剥くときは、こうするんが一番ラクなの」


「なるほど。さすがですね」


「別に。普通やし」


 木下さんが料理上手であったことは、僕にとってはかなり意外であった。手際もよいし、味も美味しい。冷蔵庫から出てくるのが、出来合いの弁当から食材や調味料になった時はどうなることかと思ったが、彼女がいて本当に助かった。


「ほら、口動かすより手ぇ動かしてよ。梅干しの果肉を種から取って潰して」


 彼女の隣に立った僕は、用意された梅干しの果肉を取っては潰していきながら、「今日はなにを作るのでしょう」と尋ねる。


「梅トマトそうめん。せめて気分だけでも夏を味わおうって思って」


「初めて聞きました。そうめんにそのような食べ方があるんですね」


「そんな感心することやないよ。フツーよ、フツー」


「謙遜せずともよろしいじゃないですか。素敵なアイデア料理ですよ」


「……ほら、手ぇ止まってる。話すのはええけど、話すだけはアカンよ」


「す、すいません」


 いつの間にか止まっていた作業を再開した僕は、手を休めないように注意しながら「しかし」と続ける。


「この生活をなんとか耐えられているのは木下さんの手料理のおかげです。ここでの楽しみといえば、美味しい料理くらいですからね」


「なによ、藪から棒に。お世辞言うたってなにも出ぇへんよ」


「お世辞ではありませんよ。本当に美味しいんです」


 その時、僕がふと思ったのは食べ損ねた織田さんの手料理である。彼女はあの日、どんなお弁当を作ってきてくれたのだろうか? 不器用な形のおにぎりや、甘しょっぱい玉子焼き、焦げたウインナーなどと共に、彼女が料理に悪戦苦闘する姿が想像されて、僕は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 一日でも早くここから出て、それで、織田さんに会いたい。あの日、約束を破ってしまったことを謝りたい。


「――秀成くん。また手ぇ止まってる」


 木下さんが肩を肘で小突いてきて、現実に引き戻された僕は「すいません」と頭を下げた。


 それからは何も考えないようにして黙々と作業を進めた。やがて一通り準備が終わり、いよいよそうめんを茹でるために湯を沸かし始めたところで、木下さんがふいに「なあ」と呟いた。


「秀成くん、もしも……もしも一生このままだったら、ウチらどうする?」


「まさか。そのうち警察が助けに来てくれますよ」


「だから、もしもの話。どうする?」


「どうすると言われましても……」


 木下さんとの生活が嫌というわけではないが、一生涯この部屋で、妙な制約に縛られながら、一歩も外に出られないまま暮らすだなんて考えたくも無い。


 僕が答えあぐねていると、木下さんはぽつりと「火の鳥の黎明編って知ってる?」と尋ねてきた。


「火の鳥は知っていますが、読んだことは……」


「そうなん。ウチは、もしかしたらそんな風になるんやないかなって思っとるんやけど」


「……参考までに、どんな話なんですか?」


「さあ、忘れちゃった」


 とぼけた調子で木下さんがクスリと笑ったその直後、キンコンカンと例のチャイムが鳴り響いて、誘拐犯のアナウンスが聞こえてきた。


『お久しぶり、ふたりとも。元気そうでなによりよ』


「さっさとアタシ達をこっから出せーッ!」と地団太を踏む木下さんを羽交い絞めにして落ち着かせ、僕は「なんの御用ですか」と誘拐犯に尋ねる。


『あなた達にそこから出られるチャンスをあげようと思って』


「なるほど。一体何をすれば、僕達をここから逃がしてくれるんですか?」


『簡単なことよ。――キスをしなさい、ふたりとも。そうすれば、あなた達は自由の身になれる』



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