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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 五話 寝返り注意して
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寝返り注意して その5

 カタンカタンと電車が走る。僕の右手には平手先生。大胸筋を見せつけるようにふんぞり返って座っている。左手には木下さん。扇を扇いで涼しげな顔をしている。二人に挟まれて座る僕は、威圧感の板挟みになって冷や汗を額から流している。


 二人が何も喋りださないものだから、緊張感に耐えられなくなった僕は堪らず「あの」と声を上げた。


「お二人は、どこへ行かれるつもりなのでしょう」


「お前の行く方向だ」


「……なるほど。木下さんは?」


「同じく。秀成くんの行く方へ」


「……つまり、僕についてきているというわけですか?」


「そんなわけがあるか。たまたまだ」


「そーやで。人をストーカーみたいに言うやなんて、いけずやわ、秀成くん。たまたまやのに」


 言いたいことを色々呑み込み、僕が無理やり「なるほど」と頷くと、また沈黙が始まってしまった。一分とも耐えられず、僕は再び「あの」と声を上げようとしたが、それより先に平手先生が「田中」と僕の名前を吐き捨てるように呼んだ。色濃い怒気が含まれた声だった。


「……なんでしょうか」


「お前はずいぶん織田と仲がいいようだな。単刀直入に聞こう。お前、織田をどう思っている」


「ど、どうと言われましても……長く友達でいられたらな、という程度で……」


「嘘ばっかし。信子ちゃんめっちゃかわいいなあとか、考えてるクセに」


「い、いいじゃないですか、かわいいなあと思うくらい」


「駄目だ許さん。教師として命じる。お前は今後一切、織田をそのような目で見るな」


「いくらなんでもそれは職権濫用ですよ、平手先生。なぜそのようなところまで先生に決められなければならないのですか」


「センセの言うことには大人しく従った方がええよ、秀成くん。でないと、最終的に後悔することになるんは秀成くん自身になると思うから」


「そうだぞ、田中。俺達はお前のためを思って言っているんだ」


 織田さんを素敵な方だと思うことの、いったいどこが危険思想だというのか。二人の言い分がさっぱり理解出来ず、思わず閉口していると、目的の駅に電車が着いた。これ幸いと席を立ち、「ではこれで」と二人に別れを告げた僕だったが、案の定と言うべきか、二人もそろって同じ駅で降りた。


 僕が何か言うより先に、二人は「たまたま」と声を揃えた。





 目的の水連場は中々に愉快な場所だと聞いている。水が張ってあり、ただ我武者羅に泳ぐための場所があるのはもちろんのこと、川の如く水が流れており、何をせずとも泳いだ気になれる場所もあると聞いた。さらには、公園に置いてあるような滑り台を何倍にも大きくした、〝うぉーたーすらいだー〟なるものもあると聞かされた。よく男女が共にそこを滑っているらしいが、私には関係の無い話だ。今日はあくまで泳ぎの練習のため。他意は無し、他意は無し!


 待ち合わせ場所の少し前で杏花と別れ、しばし歩くと私の到着を待つ秀成の姿が見えた。すぐに声を上げたかったが、そんな思いはぐっと堪えてあくまで毅然と歩を進める。


 やがて秀成がこちらに気づいて片手を上げた。その仕草からはなんとなく力が感じられない。笑顔もなんだかぎこちない。泳ぐのに緊張しているのか……それとも私と二人きりになることに緊張しているのか。


 やや不安になりながら片手を上げて挨拶を返したその時、私の視界にあり得ない、ここに居てはならないものがあることに気が付いた。さながら阿形吽形の如く秀成を挟むようにして構えているのは、爺と、それに晴海の両名であった。


 頭の中で堪忍袋の緒が切れる音がして、次の瞬間には私は深く息を吸い込み、そして全力で駆けだしていた。腰の刀は既に引き抜かれている。


 跳躍――頭上に掲げた刀を爺の額目がけて思い切り振り下ろすが、寸前、それは白羽取りで防がれる。老いてなおその実力、見事。


「……〝織田〟、教師に刃を向けるとは感心しないな」


「もう口を開くな。言い訳は牢で聞く」


 私が理性というものを取り戻したのは、秀成が「織田さん」と私の名前を呼んだ時であった。


「落ち着いて、まずはその刀を納めてください」


 乱れた自分を秀成に見せてしまったことに恥ずかしくなった私は、「うむ」と頷き刀を鞘に納める。


「しかし、何故にこれらがここにいる」


「いけずやわぁ、信子ちゃん。たまたまやのに」


「そうだぞ、織田。たまたまだ」


 たまたまなわけがあるものか。大方、私が秀成と仲良くするのを良く思っていない爺が、私をからかうことだけに心血を注いでいる晴海と手を組んでこのようなことをしているのだろう。


 日を、そうでなくとも場所を改めようか。――否、それでは奴らの思うつぼではないか。ここは奴らの存在など歯牙にもかけない素振りを見せて、今後こういった策を選ばせないようにせねばなるまい。ここで器量の大きさを見せずして、何が頭目か!


 私は含み笑いと共に「たまたまか」という言葉をその場に吐き捨て、秀成の腕を掴んだ。


「たまたまならばしょうがない。行くぞ、秀成」


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