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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 四話 そこそこキュートな私と一緒に
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そこそこキュートな私と一緒に その12

 織田さん達と川越へ遊びに行った翌日のこと。校門をくぐった僕の視界に飛び込んできたのは、昨日撤去されたはずの『希望の像』であった。もしかしたら、今までこの高校の歴史を長らく見守ってきた希望の像の不当かつ急な立ち退き命令に対して生徒から抗議が入り、撤去が取りやめになったのだろうか。もしそうだとすれば、手を叩いて喜ぶほどのことでもないにせよ何となくは嬉しい。やはり、あるべき物はあるべき場所に収まるのが一番である。


 そんなことを考えながら教室まで行くと、僕は京太郎を始めとする数人の男子生徒に囲まれた。


 口々に「テメー木下さんと遊びに行くなんてどういうことだよ」「この裏切り者」と言い出すところを見るに、どうやら京太郎が昨日の一件について口を滑らしたらしい。「言わないって約束じゃないか」と目で訴えかけると、京太郎は愛想笑いで誤魔化した。今日は大変な一日になりそうである。


 厳しい詰問の時間がしばらく続き、やがて中村先生が教室に来たところで、僕は一旦解放された。しかしこれが少なくとも昼休み辺りまで続くことは、「まだまだ聞かせてもらうからな」と皆が口々に言って自分の席に戻っていったことから明らかである。


 着席した皆をぐるりと見回した中村先生は、出席簿で教卓をばしんと叩き注目を集めた。


「はーい、みんなに発表がありまーす」


 先生の言葉に「なんだ」「なんだ」と教室がざわつく。転校生、季節はずれの体育祭、京都からの交換留学生ときて、次はどんなとんでもないことを言い出すのかと、不安半分、期待半分といったところであろう。


 中村先生は大きく息を吸うと、どこか嬉しそうに言った。


「ずいぶん急な話なんだけど、交換留学生の木下さんが昨日のうちに京都に帰っちゃいましたー」


 唖然とする僕達。沈黙する教室。数瞬後、「マジだからね」と中村先生がにやにやしながら言ったのを皮切りに教室のあちこちから「は?」「早すぎじゃね」などの声が連鎖的に上がった。先生はそれに「いやー、早すぎるとは思ったんだけどさ。でも、学校側から通達されたことだからしかたないよねー」などと笑いながら適当に答え、肩の荷が下りて清々したという思いを後ろ手に隠そうともしない。


 確かにみんなの言う通り、交換留学生にしてはいくらなんでも帰るのが早すぎるとは思う。しかしそもそも京都からわざわざ埼玉まで来ても、学ぶことなど皆無に等しい。特に吸収するものが無いのならいくらいても無駄。つまり、木下さんが京都に帰るのは必然と言える。


 ならばいったい木下さんはなんのためにここまで――そう思った僕の頭に思い浮かんだのが織田さんの顔だった。木下さんはきっと、織田さんに会いに来ただけなんだろう。それだけでわざわざ交換留学生となるのはいかがなものかと思われるが、昨日垣間見た彼女の織田さんを慕う心を思えば、彼女ならばその程度のことはやりかねないと思えた。


「ていうかセンセー、交換留学生ってことは、ウチらの高校からも誰か京都に行ったんだよね。誰が行ったの?」


「ああ、それ。なんか、ウチからは希望の像が京都に行ったらしいよ。ほら、今日戻ってきてたでしょ?」


 その時、僕はある確信を呑み込んだ。やはりこの学校は、色々と間違っている。







 とある日の夜。そこは広い座敷の宴会場であった。卓の中央で火にかけられているのは、黒い鉄製のすき焼き鍋。その周りにはねぎ、白菜、えのきなどの季節の野菜に加えて、血の滴るほど新鮮な赤身の肉が塊で置いてある。


 卓を囲む四人の老人の顔に刻まれた深いしわは、彼ら全員かなりの高齢であることを伺わせる。たゆたう白い煙に包まれる彼らは、一見年老いたナマズであるが、しかしその瞳に輝く野性味溢れるぎらついた光ときたら、まるで幽鬼のようであった。


 部屋にはじうじうと肉の焼ける音ばかりが響いている。老人達は黙々と箸を動かし、目の前の肉、あるいは野菜を手元の小皿に溶かれた生卵につけては口に運ぶを、まるでからくり人形のように正確な動きで繰り返している。


 沈黙が解かれたのは断りもなしに部屋の襖が開かれた時だった。部屋に入ってきたのは、下がった目尻が穏やかな印象を持たせる女性である。


 彼女は老人達をゆっくり見回すと、「すき焼きなど食べているのですか」と僅かな軽蔑すら込められた調子で言った。


「特別に取り寄せたあざらしの肉でな。なかなか馬鹿にならんぞ」と老人のうち一人が答える。長い白髪を一本にまとめた、爬虫類めいた冷たい気配を持つ老人だった。


「して、何をしに来た、明智の娘。お主は家を出奔したはず。我らとは、一切無縁のはずだ」


「木下のところのお嬢さんが、貴方達の命をしくじったと耳に挟んだものですから。落ち込んでいらっしゃらないか、様子を見に来たのです」


「……白々しい。お主のところの忍びが一枚噛んでいるのを、知らないとでも思ったか?」


「あらあら、これは失敬。とっくに〝もうろく〟しているものだと思っておりましたわ」


 老人はどこか嬉しそうに、「ふん」と鼻を鳴らす。


「よもや、我らを挑発するためだけに、わざわざここまで来たわけでもあるまい?」


「ええ。貴方達の企みに、私も協力しようかと思いましてね」


「家を捨てたお主にとって、織田と明智の血が交わることに、今さら何を思うこともあるまいに。いったいどのような心変わりだ?」


「私がここにいる理由はただひとつ。息子のため。母としては息子の自由な恋愛は、是非とも許したいところではありますが、仮にあの子と織田が繋がれば、厄介なことになるのは目に見えております。ならば、出来る限りそうならないように努めるのが母心というもの」


「……人は変わるものだな。〝鉄夜叉〟と呼ばれたお主が、母心とは」


「このご時世、犬型のからくり人形とて心を持つ時代です。ならば、人間である私が母になるなど造作もないこと」


 彼女は自嘲気味な笑みを口元に浮かべ、「それで」と続けた。


「私もこの一席に加えて貰えますか?」


「断れば、お主はまた我らの邪魔をするのだろう?」


「ええ。だって、貴方達の乱暴なやり方では私の息子まで怪我をしてしまいそうなんですもの。息子の身が傷つくのは、母として放っておけませんから」


 老人達は互いに目配せを送り合った後、「いいだろう」と声を揃えた。


「歓迎するぞ、明智の娘。お前は今日から〝洛中の会〟の一員だ。存分に働け」


「もちろんです。全ては可愛い息子のためですから」


木下さんはかっこいい織田さんが大好きです

追記…会社のアレコレにて書けない日々が続きまして、少しばかりお休みします

今週の土曜日には再開予定です


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