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恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 四話 そこそこキュートな私と一緒に
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そこそこキュートな私と一緒に その11

 私は秀成と共に駅の方へ向かって歩いている。隣同士、距離は一尺ほど。互いが互いに容易に首を取れる、必殺の距離。しかし私達が交わすのは、刃ではなく言葉である。響き合うのは剣戟ではなく笑い声である。これは戦ではない。繰り返す。これは戦ではない。


 胸の高鳴りを悟られぬように注意していると、そればかりに気を取られて、いま自分が何を話しているのだかよくわからなくなる。そんな浮ついた調子のまましばらく歩くうち、気づけば私は見知らぬ場所の柔らかい椅子に座っていた。


 正面には秀成が座っていて、品書きのようなものを熱心に眺めている。どこからともなく肉の焼ける香ばしい匂いや、香辛料の香りが漂ってくる。


 私は一体どこまで来てしまったのかと思いながら、恐る恐る周囲を眺めてみれば、男女問わず多くの人が、互いに向かい合い、また隣り合いながら食事を取っている。学校内にあるような食堂と同じような役割を果たす場所なのだろうが、しかしその内装はといえば、すっかりくたびれた学校のそれと比べれば雲泥の差があり、小綺麗な西洋風に整えられていた。


 しばし唖然としていると、正面にいる秀成が「注文は決まりましたか?」と尋ねてきた。オウム返しで「注文?」と聞けば、秀成は「選べないのならこんなのはいかがでしょう」と私に献立を見せる。そこにあったのは〝ハンバーグ〟という名の見たことの無い料理であった。聞けば秀成はそれにするということで、私は便乗して同じものを選んだ。


 店員に注文を終えた後、私は秀成に尋ねた。


「して、秀成。ここはどこだ?」


「駅前のレストランです。一緒に来たではありませんか」


「そうだな。ここは〝れすとらん〟だ。いや、ただ確認しただけだ。気にするな」


「大丈夫ですか? やはり、お疲れですか?」


「案ずるな。少し呆けていただけの話」


「ならばいいのですが」


 秀成がまるで雨に濡れた子犬のような心配そうな顔をするので、私はつい「そんな軟弱な顔をするな」と声を荒げてしまった。私の身を案じてくれている相手になんという態度だ。どこまでうつけでいれば気が済むのだ、私は!


 自分に自分で腹が立って、私はついむすくれた表情になる。それが余計に可愛げなく見えるということはわかっているのに、どうしても止められない。


 自分ですら扱いきれない〝織田信子〟という底抜けの阿呆に、どうすればよいものかと悩んでいると、秀成がふいに「本日は申し訳ありませんでした」と卓に額がつくくらいに頭を下げた。


「……何故、お前が謝る必要がある」


「織田さんには色々とご迷惑をおかけしてしまいましたので、やはり疲れたのかな、と」


「あの程度のこと苦労の内に入らん。そもそも、友人を助けるのを苦労と考えるわけがなかろう」


 もはや、増長する織田信子を止めることは叶わない。こうなれば自棄だ。とことんまで可愛げのない存在になって、〝可愛げのない〟の権化にでもなってやるさと、私は卓に頬杖を突いた。



「だいたいだな、秀成。アレだ、お前は少し節操がないぞ」


「節操ですか」


「そうだ。鼻の下を伸ばして、晴海からの〝でぇと〟の誘いなど易々受け入れて……どうせ助平なことでも期待していたのだろう、お前は」


「そ、そんな、誤解です。僕が彼女の誘いを受けたのは、織田さんのことをもっと知りたいと思ったからでして」


「どういう意味だ、それは」


「木下さんに言われたんです。ついてくれば、織田さんが昔どんな子どもだったのかを教えてくれるって」


「何故そのようなことを聞く必要がある?」


「……すいません。好奇心に負けました」


「……まあ、いいだろう。許す」



 私はため息を吐きながら、両手のひらで顔を覆う。


 つまり、秀成は晴海の色香に騙されたわけではないのか。というよりも、私のために〝でぇと〟に来たのか。馬鹿な男だ。まったく馬鹿な男だ。つくづく馬鹿な男だ。


 しかしなんだ――その思いが嬉しいと思っている私の方がずっと馬鹿だ。天性のうつけと呼ぶ他ない。


「……初めから直接聞けばよかった。そうは思わないか?」


「よ、よろしいのですか? そういうことを聞かれることを嫌われる方だと、勝手に思い込んでおりまして……」


「そんなことはない。そもそも、私だって秀成のことをもっとよく知りたいと思っていた」


 言いながら、私は秀成に何を聞こうかと考えた。好きな食べ物か? 好きな本か? 趣味か? 生まれか? 好きなおなごの仕草か?



 ……いや、そんなつまらないことよりも聞きたいことがある。ずっと、ずっと心の奥底で不安に思っていたこと。引っかかっていたこと。聞かなければいけないこと。



「……秀成、聞きたいことがある」


「なんなりと」


「こんな私と一緒にいて、つまらなくはないか?」



「楽しいに決まっていますよ。飽きるわけがありません」



 私は指の隙間から秀成の表情を見た。その顔に浮かぶ人懐っこい笑顔は、噓偽りの香りなど毛ほども感じさせなかった。


 その言葉が嬉しくて、ただただ嬉しくて、私は唇を固く噛みしめながら「よかった」と呟いた。





 その日の夜。私は部屋に杏花を呼びだした。今日の一件について詳しい話をさせるためである。

何故、あのような場所にいたのか。何故、あのような男と共にいたのか。……それに、何故、私と秀成を二人きりにしたのか。聞かねばならぬことは多い。


 部屋でしばらく待っていると、約束の時刻きっかりになったところで杏花がやってきた。手に持った盆に乗せられているのはほうじ茶の入った湯飲みである。


 私の前に座した杏花は、湯飲みを手渡しながら「さて」と話を切り出した。


「どこからお話しましょうか。あ、ちなみに、あたしがあの後すぐに消えたのは、お屋形様と秀成殿を二人きりにするためですからね。理由は言わずともわかるでしょうから言いませんけど、それでも言わせます?」


「心を読むなというのだお前はッ!」


「てへ」などと言って小さく舌先を出した杏花は、ふと真面目な顔をして静かに語り出した。



「……まず、あの四王天京太郎という男。軽薄な語り口に騙されることなかれ、あれはただの秀成殿の友人ではありません。あの男は明智の手駒、忍びです」


「まさか。〝あれ〟がか?」


「ええ。だってあたし、昨晩戦闘になりましたもの。秀成殿の家を見張っていたら突然襲われて……まったく驚きましたよ」


「何故そこで仕留めなかった」


「お屋形様には仕留めろとは言われていませんでしたし、表向きは秀成殿のご友人ですし……それに、言うほど簡単には仕留めきれませんよ、あの男は」


「……お前にそこまで言わせるほどの手練れか、あれは」


「相当な」と杏花が囁くように答える。なるほど、どうやら仕留められなかった言い訳をしているわけでもないらしい。


「あたしが武器を持っていなかったこと。それに、街中という忍びにとっては有利に働く戦場であったことを考慮してもなお強い。戦いは朝まで続きましたが……仮にあのまま数時間ほど戦いが続いていたら、あたしはいまこの場にいなかったでしょう」


 普段はどうしようもない女であるのに、いざとなれば鬼神の如き強さを見せる、〝一騎当万〟の杏花にそこまで言わせるとは。あの京太郎とかいう男、まさに現代に産まれた服部半蔵とでも言うべきか。であれば、杏花が無事に帰ってきたことを喜び、そして私がそんな危険な命を課したことを詫びるべきだろう。


 私は畳に拳を突き、ぐっと頭を下げた。


「ずいぶん無理をさせたらしいな。すまなかった」


「いいのです。こうして生きているのですから。それに、いくら強いとはいえど万全の態勢で迎えれば勝てない相手ではありません。ですから頭を上げてください」


 茶目っ気混じりでそう言って、杏花は私の肩に手を置いた。安堵した私が頭を上げると、杏花は話の続きを始めた。



「で、何故あたしがあの忍びと共にいたのかですが。実はあたし、晴海様がなにやら企んでいるのではと思い、ダブルデートを楽しむお屋形様達の後をこっそりつけさせて頂いておりましてね。その最中に後ろから声を掛けられ、何事かと思い振り返るとあの忍びがいたわけです。話を聞くに、どうやらあの男も主に命じられてあたしと同じようなことをしていたらしく、協力を提案されたというわけです」


「よく受けたな、それを」


「正直、殺されかけた相手と組むのはイヤではありましたけどねぇ。でも、昼間から刃を交えるわけにもいきませんし。それに、あの忍びは目の届く範囲に置いた方がイロイロと安全そうですしね」


 説明を終えた杏花はほうじ茶の湯飲みを一気に傾け中身を飲み干し、「疲れたーっ!」と叫びながら五体を畳に投げ出した。まったく、この女は本当に、いま自分が主の前にいるということがわかっているのか?


 辟易した私の胸中など露知らず、杏花は寝ころんだ姿勢のままやけに親しげに「ねぇ」と私に声をかけた。


「お屋形様ぁ、ご褒美くださいよぉ、ご褒美。あたし今回、イロイロ頑張ったんですからね」


「わかったわかった。臨時で給金を出しておく」


「要りませんよぉ、そんなの」


 そう言うや否や、杏花は獣のように四つん這いになったかと思うと、突然跳躍して私に抱きついた。あまりに急なことに動揺した私は「なにをするっ」と言いながら必死にもがいたが、杏花の力に抗えるわけもなく、無駄に体力を消耗した挙句、ついには陸に打ち上げられた魚のように大人しくならざるを得なかった。


 抱きしめられたままじっとしていると、無駄についた胸の脂肪の奥の方から、とくんとくんと強く響く心臓の音が聞こえてくる。そこで私は改めて、「ああ、よかった」と実感した。


 よくぞ生きて戻ったな、杏花。お前がいなければ、私は――。


「久しぶりに、抱きしめながら眠らせてください。それが今回の件のご褒美ってことで♡」


「……その程度でいいなら好きにしろ」


「とか言っちゃって、本当は嬉しいくせに☆ もう、信子ったら甘えん坊ちゃん♡」


「なんでお前はそうやって余計なひと言が多いんだッ!」


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