表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋に焦がれて本能寺 ~織田信子の受難~  作者: シラサキケージロウ
第一部 四話 そこそこキュートな私と一緒に
21/68

そこそこキュートな私と一緒に その7

 カッコつけたことをカッコつけた声で言った京太郎は、すぐさま「ジョーダンっスよ!」と自らの発言を撤回してへらへら笑った。僕にとって、京太郎が妙な冗談を言い出すのは相変わらずのことではあるのだが、織田さんと木下さんの両名にしては初めてのことなので、どう反応していいのかわからないらしく二人そろってやけに緊張したような顔をしている。


 僕は二人に「大丈夫ですよ」と声を掛けた。


「アレはただのお調子者です。直に慣れますから」


「おい待てって秀成。その説明無くね? ちと冷たくね?」


「本当のことでしょ」と言い返すと、京太郎は「ありゃー」とおおげさに天を仰いで頭を抱えた。やはりただのお調子者だ。


 僕は京太郎を尻目に、織田さん達に改めて「よろしいのですか?」と尋ねた。


「正直に申し上げまして、京太郎は好き嫌いがはっきり分かれるタイプのヤツです。苦手でしたら苦手とはっきり言ってくだされば、僕がやんわり断りますよ」


「私は構わない」と織田さんは言い、木下さんは「ウチも」とそれに同調した。強張った表情から二人とも本心からの発言でないことは明らかだったが、「本当によろしいので?」と念押ししても答えが変わらなかったので、僕はそれ以上言うことが出来なかった。


 僕達は京太郎の案内に従って、〝大正浪漫夢通り〟の方面へと歩いていった。石畳の通りを歩きながら周囲を眺めれば、なるほど名前の通り、西洋の影響が色濃く見える大正時代のような建物が並び立っている。一見したところ見栄えはいいが、やはりどこか無理に作られた街並みという印象が強い。


 京太郎が独りで延々と語る意味も無い話をラジオ代わりに歩いていると、浴衣姿の人をちらほら見かける。「家からわざわざ着ているんですかね」と僕が思わず呟くと、すかさず木下さんが「レンタルしとる店があるんよ!」とやけに大きな声を上げた。よほど京太郎の話を聞いているのが嫌だったに違いない。


「レンタルですか」


「そ! レンタル! どう? ウチらも着てみない?」


「イイっスね、浴衣。俺的にはアリ。全然アリ。てか、アリを通り越した最高。ゆえに最強、的な?」


 京太郎の言葉は興奮のせいなのかいつも以上に早口になっているが、無理もない話である。僕だって、織田さん達の浴衣姿は是非とも拝みたい。元より魅力的な彼女達が浴衣を着れば、それはもう鬼に金棒、弁慶に薙刀、虎に翼、カステラに牛乳。健康的高校生男子がこれに抗えぬ道理はどこにも無い。


「要するには賛成らしいです」と織田さん達に京太郎語を翻訳して伝えた僕は、淡い期待を持ちながら「どうしましょうか」と尋ねる。


 険しい顔で「まあいいだろう」と織田さんが頷いたことで僕達の意見はまとまり、浴衣をレンタルしている店へ行くことになった。


 その店は、大正浪漫夢通りを抜けたところに繋がっている、蔵造の家が並び立つ通りに入ったところすぐにあった。市松模様の暖簾をくぐると、入り口の脇に立っていた店の主人が「いらっしゃい」とにっこり微笑み僕達を出迎えた。


 店の内装は蔵造の外装に合わせられて設計されたらしく、嘘くさいほど日本的である。一段上がったところに畳が敷かれていて、左右両側に並べられた棚には節操なくカラフルな浴衣がぎっしり詰まっている。詳しいことはわからないながらも、「これでは趣深さというものが無いのでは?」と思いもしたが、木下さんが「ええ店やねぇ」とうっとり呟いたので、こんなものなのかと独り納得した。


「じゃ、早速選ぼーか」という木下さんの言葉を皮切りに僕達は浴衣選びを始めた。入口のところでじっと固まり、やけに怪訝な顔つきで店内を見回していた織田さんも、柴田さんに促されたことによりようやく動き始めた。


 陳列された浴衣を眺めながら店内を一周した僕だったが、なにぶん浴衣を選ぶなんて初めてのことだったため、どれが自分に合うものかさっぱりわからない。和装に詳しいであろう織田さんに助けを求めようかとも思ったが、まるで親の仇のように浴衣を睨む彼女の横顔を前にしては、中々話しを切りだせない。


 そんな僕の迷いを読み取ったのか、助け舟を出してくれたのが木下さんであった。


「浴衣、選べないんやろ? アドバイスしてあげよっか?」


 まったく願ってもいない申し出であった。僕は「お願いします」と頭を下げ、彼女に助言を求めた。


 それから僕は彼女の勧めに従って、いくつかの浴衣を選んだ。それらを畳に広げてしばし眺めた木下さんは、「とりあえず一回着てみよか?」と言って僕に試着をするよう促した。


 店の主人の案内に従い、僕と木下さんは店の奥へと続く通路を歩いていった。その最中、木下さんが何やら主人に耳打ちしていたのは、何か用意すべきものがあるからなのだろう。


 奥まで進むと、カーテンの閉められた試着室がふたつ並んでいた。「着付けの仕方もわからんやろ?」と言った木下さんは僕の腕から浴衣を一着取っていくと、左の試着室のカーテンを開けてすらりと中へと入っていった。


「秀成くんは右な。ウチもこれを着ながら、横から指示してあげるから」


「もしかして、手取り足取り着付けを教えてくれるつもりなのでは?」などと一瞬でも考えたのが猛烈に恥ずかしかった。


 右の試着室に入った僕は、手始めに紺色の浴衣に手を付けた。姿見を前にしながら木下さんの言う通りに浴衣に袖を通し、帯を締めていく。やや苦戦はしたものの、着付け自体は五分ほどで終わった。しかしやはりと言うべきか、経験不足が祟って全体的にどこか格好がつかない。最終的には店員が着付けてくれるだろうからいいのだろうが。


 木下さんは隣の部屋から「どう?」と尋ねてくる。


「ウチの見立てだと、紺色が一番似合うと思うけど」


「ちょうどいま、その紺色の浴衣を着ているところです。木下さんからも見て頂けませんか?」


「ええよー」という声が隣から返ってくる。


「ちょーっとそこで待っててな。すぐ行くから」


「お願いします」と答えたその時、僕の眼に映ったのが、天井からぶら下がっている一本の紐であった。見たところ照明のスイッチではないようだし、いったいこれはなんだろうか。


 好奇心に抗えず、紐に向かって手を伸ばした次の瞬間――足場が消えた。「何を馬鹿な」と思うだろうがそれは僕だって同じことだ。


 藁にもすがる思いで必死に紐を掴んだ僕だったが、せいぜいタコ糸程度の強度しかないそれが高校生男子の体重を支えられるわけもなく、僕の身体は重力に逆らわず暗闇の中へと落ちていった。





 短めの落下後、僕はどこかに尻もちをついた。助かったと思いきや、僕が落ちたのは滑り台のようにきつい傾斜のある場所で、物理法則に抗うことの出来ないただの人間である僕が出来ることと言えば、ずるずる滑り落ちながら、頭上の光が遠くなるのをただ眺めていることばかりだった。


 僕の身体は徐々に速度を速めながら、下へ下へと滑り落ちていく。頭上を見上げても既に光は見えないばかりか、辺りには光源になるようなものがないため一寸先すら見えない状況だ。先ほどから心なしか悲鳴のようなものまで聞こえてきて、こうなるといよいよ、自分はこのまま地獄へ行くのだという確信が強くなってくる。


 父さん、母さん、先立つ息子をお許しください。あと、息子の死を哀れんでくれるのならば、パソコンの履歴は決して見ないでください。


 遠い天に祈りながら固く目をつぶってからおよそ十秒、僕の身体は宙へと投げ出され、そのまま柔らかいところへと着地した。恐る恐る目を開けば、周囲一面には古びた布団が幾重にも敷かれており、安全性を考慮された造りとなっていた。どうやら、あの装置を作った人間には人を殺すつもりはないらしい。しかし悪ふざけにしておくには度が過ぎる。


「これはいったいどういうことだろうか」と僕がしばし唖然としていると、先ほど聞こえていた悲鳴が徐々に大きくなっているのに気づいた。「なんだ」と思い、僕と共に滑り落ちてきたスマートフォンの明かりを悲鳴の聞こえてくる方へ向けてみたその瞬間、木下さんが「ひょぇぇえ」と悲鳴を上げながら飛んできたので僕は心底驚いた。


 顔面から布団へと落下した彼女は、「ぶぇ」と小さく声を上げ、そのままぱったり動かなくなった。心配した僕が慌てて「大丈夫ですか」と声を掛けると、彼女は怖々面を上げ、今にも泣き出しそうな顔をして僕を見た。


「……な、なんでウチがこんなことに……」


「わかりません」と言いながら、僕は周りを見渡す。


 僕達が滑り落ちてきた穴は3mほど頭上にある。なんの足場も無いこの場所では、よじ登るというのは無理だろう。だが、ここに布団が敷いてあるということは、誰かがここへ来たということだ。となれば――と、案の定、這いつくばれば人が通れるほどの横穴がぽっかり空いている。あそこを通れば、外へ通じる道が見つかるかもしれない。


 木下さんに手を貸して立ち上がらせた僕は、スマートフォンの明かりで横穴を指し示した。


「しかし、道はあります。こうなってしまえば進むしかないでしょう」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=97148763&si
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ