そこそこキュートな私と一緒に その5
散々迷った挙句、とうとう私は待ち合わせ場所に指定された校門まで来てしまった。我ながら馬鹿なことをしたと思う。晴海にからかわれているだけでは、とも思う。しかし、逢引の件が真実であるとするのならば、それはおいそれと捨て置けない事態だ。
秀成を晴海と二人きりにしてなるものか! あの女と二人でいたら、秀成が何をされるかわかったものじゃないぞ!
一寸ばかり待っていると、やがて「お待たせ~」という晴海の声が聞こえてきた。逢引の件、どうやら本当だったらしい。こうなると、ここへ来た甲斐があったというものだ。
声のした方に視線を移す。瞬間、私は額に火縄銃を突き付けられたように硬直した。
そこにあったのは、晴海と腕を組む秀成の姿だった。奴は恥ずかしそうに頬を染めながらも、決して晴海の腕を拒んではいない。むしろ全面的に受け入れている! 互いの肌が触れ合う感触を楽しんでいる! こんな日も高い時間から! 恥を知れ!
あまりの怒りに言葉を失いながらも、いつ二人の腕を斬り離してやろうかと半ば本気で思案していると、秀成が「もうやめましょうよ」と言いながら晴海の腕を振りほどいた。
「織田さんが本気で驚いてますから」
「あら、もうちょっとやってもよかったんやない?」
「駄目です」と首を振った秀成は私に向かって頭を下げる。
「からかってしまってすいませんでした。『こうして織田さんの前に現れれば面白いんじゃないか』って木下さんの提案に、僕が乗ってしまったもので」
秀成の言葉を聞いて、怒りの奔流が徐々に穏やかになっていく。無論、「よくも騙してくれたな」という思いはあるが、それ以上にただただ「よかった」という安堵が強く、文句を言ってやろうという気にはなれなかった。
私は「次は斬るぞ」とだけ言って秀成を許した。晴海のことは許さなかった。
学校を出た私達は駅の方に向かって歩いた。道中、「これからどこへ行こうか」という話になり、これに晴海が「川越なんてどう?」と提案した。
「ウチ、久々に行ってみたいわぁ」
これは晴海が出したにしては中々いい案であった。川越であれば私の城も近い。晴海が何かを企んで問題を起こしたとしても、すぐに家の者を呼ぶことも可能だ。
私は「いいぞ」と晴海の案に賛成し、秀成もこれを了承した。
「やったぁ。楽しみやわぁ」と目を細めて喜ぶ晴海は、相変わらず怪しげだった。
〇
織田さんが怖い。いや、正確に言えば木下さんを前にした織田さんが怖い。
彼女の視線はいつだって鋭いが、木下さんを見る時に限って眼光に僅かな殺気が宿る。木下さんが言葉を発した時、織田さんは不自然な間を空けて言葉を返すものだから嫌な緊張が走る。互いに距離を空けたいのかは定かではないが、歩いていても電車に乗っていても、必ず僕を挟んだ状態になるので、否が応でも神経が磨り減る。
両手に花は喜ばしいが、それはあくまで向日葵、あるいは百合などの穏やかな種類の花を手にしていた時の話である。〝両手に花〟の言葉を作った人は、素手に薔薇をぎゅっと握って、いつ棘が刺さるかわからない現状を想定していなかったのだろう。
ふたりは本当に幼馴染なのだろうか? もっと因縁めいた、例えば家同士が政治的に争っている関係なのでは? ちょうど源氏と平家のように、遠い昔に生まれた因縁を未だ引きずっている関係なのでは?
いくら疑問に思ったところで、それを口に出す勇気はなく、僕は電車の窓から空を見上げながら「いい天気ですね」などと言うしかなかった。木下さんは「本当やねぇ」と、織田さんは「うむ」と反応してくれたが、それ以上は続かなかった。
やがて僕達は川越に到着した。相変わらず織田さんは不機嫌で、木下さんはそれを知ってか知らずかご機嫌である。いくら織田さんのことを知りたいからといって、来るのではなかったと僕は既に後悔を始めた。
喋らなくては気まずい思いをするばかりなので、僕は「どこか行きたいところはあるのですか?」と木下さんに尋ねた。
「商店街が近くにあったやろ? そこをゆーっくり歩いてって、あとは流れ出ええんやないかな」
木下さんの提案に従って、僕達は駅を出てすぐのところにある商店街に向かった。
クレアモールと呼ばれるその商店街は、昼夜を問わず人通りが非常に多い一本道で、様々な店が看板を構えている。雑多な音と匂いに溢れるその光景は、昔と姿を違えども、まさしく〝小江戸〟と呼ぶにふさわしい。
きらきらと目を輝かせながらごちゃごちゃした街並みを眺める木下さんは、「懐かしいねぇ」「変わってないねぇ」と呟きながら織田さんを見る。当然の如く彼女はそれを無視する。殺伐、ここに極まれりである。
「信子ちゃんも、ちぃとも変わらんねぇ。昔からそうやって不愛想で……」
「お前も変わらないな。昔から狸みたいな奴だった」
「いけずやねぇ、ホントに」
商店街を歩いていると向こうの方に人だかりが出来ているのが見えた。何かあったのだろうかと思って寄ってみれば、人だかりの中心には男の人が倒れている。半袖が筋肉で盛り上がった、やけに屈強な人だった。
「何があったんだろう」「突然倒れたんだってよ」などの声が聞こえてきて心配になったが、救急車は呼んだとのことなので安心した。
空はよく晴れている。最近はだんだんと暑くなってきて、日射病で倒れたという話もニュースで耳にすることがある。きっとあの人も、夏の訪れに対応できなかったのだろう。
僕は「水分補給だけはしっかりしなくちゃいけませんね」とふたりに言った。何故かぎょっとしたような顔つきをしていた木下さんは、「そうやね」と笑顔を取り繕い、織田さんの方は怪訝そうな顔で「うむ」と頷いた。
☆
倒れていた男の顔に私は見覚えがあった。間違いない、あれは晴海の親衛隊員の一人だ。あれがいるとなると、やはり晴海は何かを企んでいるということなのだろう。何が起きるかわからん、気を引き締めてかからねば。
しかし不思議なのは、あの男が無様にも倒れていたことである。杏花ほどではないにせよ、あれは中々に手練れの男で、太陽の光にやられるような軟弱者ではないはず。とすれば、晴海の考えを読んだ杏花が秘密裏に動き、先んじて障害を排除していたということだろうか?
わからん。しかし、そう考えるのが極々自然のことである。普段はお茶らけているように見えて、仕事はきっちりとこなす女。それが杏花だ。帰ったら褒めてやらねばならぬ。